かたいなか

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「『太陽の下』って言葉の第一印象が夏なのは、だいたい理由分かるけどさ。
『月の下』って言われても、そういえばいまいち、特定の季節と結びつきづらいよなって」
なんでだろうな。不思議だけど、俺だけかな。某所在住物書きはポツリ呟き、太陽と夏の妙な結びつきを引き剥がそうと、懸命な努力を続けていた。

今は冬である。一部地域は平地で雪が降った。
東京の明日が20℃超え予想だろうと、どこかで寝ぼけた桜が狂い咲こうと、今は冬である。
寒空の太陽の下はさぞ、さぞ……どうであろう。
「放射冷却?寒い?それか道路の雪が溶ける?」
ヤバい。分からん。物書きは首を大きく傾けた。

――――――

最近最近の都内某所、某職場の、完全に倉庫かゴミ置き場と化した支店、朝。
お題回収役を藤森といい、まさしく「おてんとさまの下」すなわち「緒天戸」という男の下で、彼の指示に従い、本店から業務用車両で、ここに来た。
『混沌倉庫支店の整理をせよ』とのお達しである。

制服の上着を脱ぎ、汚れないように車に収納して、
ひとり、腕まくり、腕まくり。
「で?」
どこから手をつけろとのご命令だったか。
無人支店のドアを開け、一歩踏み出すと、
カサリ、靴と紙との接触音。
足をどける。 踏んだのは数年前の競馬新聞だ。

…――発端は昨日、本店の昼休憩にさかのぼる。
「おい。藤森」
緒天戸と藤森、ふたりで昼食を食っていたところ、
藤森の上司のお天道、もとい緒天戸が言った。
「お前このまま、俺の下で仕事しねぇか」
藤森の職場において、役員であるところの緒天戸。
藤森が今年の春まで抱えていた「職場内の恋愛トラブル」の一時的な避難先として、己の部屋の整備役という立場を提供していた。

「茶ァ淹れるのうめぇし、掃除丁寧だし、電話もすぐ出るから、総務課連中が助かっててよ」
「一時的」で終わらせる仮の仕事が、絶妙かつ高効率的に機能・貢献を果たしてしまい、
今ではお天道の下、もとい緒天戸の下で、藤森が緒天戸の仕事部屋を完璧に整えていることが「あたりまえ」になってしまった。

「『ヒラ』の私には、荷が重過ぎます」
あくまで自分は、「一時的」なのだ。藤森は緒天戸の残留の指示に、「否」を突きつけた。

「そこをなんとかしてくれよ。俺の下の方が、給料良いだろ?有給もとりやすいだろ?」
「ごもっともですが、私にできることは、誰でもできる雑用です。私のトラブルが解決して、ここに置いていただく必要が無くなった以上、」
「その『誰でもできる雑用』を、総務課の連中はお前ほど完璧には、やってくれねぇんだって」
「あの、」
「考え直せよ。藤森。

あ、そうそう。お前のウデを見込んで頼みてぇことがあってだな。『混沌倉庫支店』、『ブラックホール倉庫』のことは知ってるだろ。あそこの――」

――…「さすが『混沌倉庫支店』だ。置かれているもののラインナップが酷い」
時は進み場所も変わって、現在。
「競馬新聞、雑誌、本来なら廃棄されているべき契約書と解約書のセットにポテチの袋……
なんだこれは。『コンコン稲荷ブライダル』?」

その混沌倉庫に放り込めば、二度と戻ってこないが、確実にありとあらゆる物がそこに眠っている。
ブラックホールの異名と噂はダテではなく、混沌の比喩は直喩かと疑うほどのごちゃつき。
ひとまず「確実にゴミと断定できるもの」の回収から、藤森の混沌整理が始まった。

「あの人の下で、こんな酷い『ゴミ箱』が残っているとは……あー、20年前の退職届けまである」
菓子の袋、タバコの箱、ペットボトル。
紫外線に焼けた紙には昭和の日付が記されていたり、あるいはつい数ヶ月前の、「本来各支店・本店に並べられて在るべきチラシ」が数枚落ちていたり。
「いや、その『支店と本店に在るべきチラシ』が『ここにある』のは一大事では?」
ゴミとゴミでない物、正体不明と出所明確な物。
分けて、まとめて、袋の山が1時間も経たずにどっさり。撤去にはトラックが必要だろう。

「これ、今日で終わるのか……?」
「太陽」の下で働くのも、ラクじゃない。
大きなため息をひとつ吐いた藤森の手に、複数枚の紙の束が当たる。ほこりの付き具合から、最近置かれたものだろうと、藤森は推理した。
「えっ?」
それは現在、実際に効力を持っている最中であるところの、本店の従業員が取った契約書。
契約を取ってきた者の枠には、すべて、同一人物の名前が手描きで記入されている。

従業員の名前は、
「『藤森 礼(ふじもり あき)』……、」

藤森は業務用のスマホを取り出し、
「お疲れ様です。藤森です」
緒天戸に電話をかけた。
『お前の契約書、見つけたか』
太陽もといお天道、緒天戸はお見通しだった様子。
『お前が俺の下で働いてるのを、よく思ってない総務課のいち派閥、数名の悪いイタズラさ』
緒天戸が言った。
『「それ」をやったヤツの証拠が欲しい。
お前もちょっと手伝えよ。藤森』

11/26/2024, 4:48:08 AM