「8月に、『鏡』1文字のお題なら書いたわ」
当時はたしか「言葉は鏡」で書いたかな。
某所在住物書きは、ひとまず昔のお題の「何月だったか」だけを確認して、過去作の確認はやめた。
結局今日も今日だったのだ。
物語を仮組みして、納得いかず崩して組み直して、また崩して。今鏡を見れば、その中の物書きは、まぁ、まぁ。察するほかあるまい。
「かがみのなかのじぶんねぇ……」
過去のお題「安らかな瞳」で、その瞳どんな瞳だと、鏡を見たらその中に居たのがバチクソ妙ちくりんな顔の物書きだった事はある。
――――――
最近最近のおはなしです。都内某所のおはなしです。某稲荷神社敷地内の一軒家に、人に化ける妙技を持つ化け狐の末裔が、家族で仲良く暮らしており、
そのうち都内で漢方医をしている父狐の書斎には、
子狐禁制の、隠し部屋があるのでした。
『この隠し部屋に開いている、黒穴の中に落っこちると、世界線管理局の怖い怖いおじさんに捕まって二度と帰ってこられなくなるぞ』
という設定で、コンコン父狐、長いこと子狐の侵入を阻止しておったのですが、
数日前、具体的には過去作10月30日投稿分の頃、ひょんなことからコンコン子狐、父狐の脅しの一部の嘘に、ガッツリ、気付いてしまいまして。
ちょこちょこ、ちょこちょこ。
父狐の隠し部屋に、侵入しようと画策するように、なってしまったのでした。
「こわいこわいオジサンなんて、どこにも、いなかったやい!なんにも、こわくないやい!」
困ったのは父狐です。なんとかして、子狐を父狐の隠し部屋から、遠ざけなければなりません。
別に、隠し部屋に父狐の秘蔵のお酒やおつまみが隠されているワケではないけれど、
別に、隠し部屋に父狐のナケナシのへそくり封筒が隠されているワケでもないけれど、
別に、隠し部屋に、母狐に黙って買った、狐の妙薬調合器具セットがあるワケでも、ないけれど。
コンコン父狐、なんとかして、子狐を父狐の隠し部屋から、遠ざけなければならぬのです。
雲外鏡の鏡屋さんからは、その手の警備・防衛に使える隠し扉機能付きの魔法の鏡は、レンタル料が父狐のお小遣いの半年分だと言われました。
「はんとしは、ちょっと、考えてしまうなぁ」
コンコン父狐、別に安月給ではありませんが、母狐と数匹の子供たちをとても、とても愛しているので、お給料の通帳は、茶葉屋店主の母狐に丸投げ。
月◯万のお小遣い制を採用しておるのです。
「高いお金払って、鏡をレンタルして、それでもあの子が部屋に入ってきたら……」
たまったモンじゃない。
たまったモンじゃ、ないのです。
隠し部屋に繋がる仕掛け扉に、鏡のトラップを置いといて、子狐が隠し部屋に来ないように。
その作戦を、安く、やすく試す方法は無いものか。
コンコン父狐、自分の書斎の鏡の中の、鏡の書斎の自分と一緒に考えます。
「そうだ」
コンコン父狐、鏡の中の自分を見て、閃きました。
「化け狸の和菓子屋さんとこの、子狸くんに頼んでみよう。鏡に変身できた筈だ」
鏡そのもので子狐が怖がって、帰ってくれれば、それに越したことはないのです。
でも、そうそううまく、いくかしら……?
――「ということで、子狸くん」
ひとまずコンコン父狐、子狸のご両親から承諾を得て、子狐の友達の子狸を、鏡バイトにご招待。
「1日で、いいんだ。鏡に化けて、ウチの末っ子の通せんぼのバイト、してみないかい?」
「僕は、別に、かまわないけど……」
子狸としては、和菓子の修行の、丁度スランプ真っ最中。優しくも厳しい店長さんから、1日2日の気分転換を、勧められておりました。
別の仕事をやって、ちょっと和菓子から離れることで、何か見える物もあるかも。
ポンポコ子狸、考えたのでした。
が、子狐の親友であるところの子狸。
鏡程度であの子狐の、父狐の書斎の隠し部屋への、侵入を阻止できるとは、思えないのです。
そりゃあ、鏡を見てびっくりして、鏡の中の子狐自身に威嚇したり、体当たりしたりはするでしょうけれど、それだって、きっと最初だけなのです。
「だって稲荷の狐も化け狸も、賢いから……」
「そこを、なんとか!」
「別の方法を、考えた方が、僕は良いと思います」
「たのむよ、その『別の方法』を、閃くためでもあると思って、私の半年分を助けると思って!」
「はんとしぶん……?」
はんとしぶんって、なんだ。 ポンポコ子狸、雲外鏡の鏡屋さんの背景を知らないので、さっぱり。
仕方がないので父狐のために、隠し部屋に繋がる仕掛けの前で、鏡に化けて通せんぼ。
結果としては子狐、子狸を「子狸」と気付きまして、鏡に化けてる子狸と、化かし合い合戦を開始。
妨害計画は完全に失敗したものの、1日中、2匹して、隠し部屋の外で遊んでおったとさ。
「やっと書きやすいお題が回ってきた」
眠りにつく前に着るのがパジャマ、眠りにつく前に食うのが夜食、眠りにつく前に飲むのが晩酌。
考え方次第でいくつかネタは考えられそうである。
某所在住物書きは毛布に包まれながら、スマホを見て、時折記憶が飛び、かっくり、こっくり。
ベッドの上で完全に昼寝の体勢をとっている。
せっかくの日曜である。昼寝も良かろう。
「眠りにつく前に、ソシャゲやると、高確率で寝落ちてスマホが顔に落っこちてくるよな」
今日は、そういうこと、無いようにしねぇと。
物書きは己の思考が眠気で千切れてバラバラになるのを感じながら、結果的にスマホを額に落とした。
――――――
最近最近の都内某所、某アパートの一室、夜。
部屋の主を藤森といい、花咲き風吹く雪国の出身。
某アタタカイウォームで揃えたベッドの中で、完全な眠りにつく前に生じる例の独特な浮遊感を、
こっくり、こっくり。心地よく受け入れている。
時刻は気が付けば23時。日付が変わる頃合い。
明日は休日である。明後日は仕事である。
その仕事用に準備すべき書類は?有っただろうか?
(だめだ。あたまが、まわらない)
夢に落ちる直前は、思考が千切れて散らかって、
最終的に意識はフワフワ。静かに霧散していく。
突然、藤森の腹の横に潜っていた熱源が動いた。
のぼってくる。毛布の中から、藤森の視線の前まで、もぞもぞも、もぞもぞ。移動してくる。
「おとくいさん。おといれ」
ここココンコンコン。藤森の鼻先を舐めるその熱源は、近所の稲荷神社の狐、化け狐の子供。
「おといれ、ついてきて」
「化け狐の子供」??
「ひとりで、……1匹で、行けないのか」
己の部屋に狐が居るのに、日本語を発しているのに、
藤森は一切驚かない。慣れてしまったのだ。
細かいことを気にしてはいけない。
「こわい。ついてきて」
段々覚醒してきた藤森に、子狐コンコン。
夜の手洗いへの同行を、健気に求めてきた。
ため息ひとつ吐いて、着る毛布のミドル丈を羽織り、子狐を抱いて要望通りのドアまで運んでいくと、
「……」
毛布の暖かさと柔らかさに負けたらしく、藤森の優しい腕の中で、コンコン子狐は夢の中。
「こぎつね?」
二度目のため息。藤森はトントン、ぽんぽん。
子狐の背中を叩いて起こした。
――そもそもどうしてこうなったのか。
藤森の部屋に、藤森の実家からキノコと野菜のどっさりが届いたことを、感知したのだ。
1人では食いきれないので、親友家族と後輩と友人と、それから日頃得意先として世話になっている茶葉屋の女店主、合計4名+αに、
おすそ分けしようとナイロン袋にそれぞれゴソゴソ、田舎から届いた秋冬を詰めていたところ、
『こんばんは!』
「茶葉屋の店主の子供」がやってきた。
『キノコ、やさい、たべる!』
子狐である。 食べ盛りの食いしん坊である。
電子ロックも鍵もセキュリティーも、監視カメラの警備だって、稲荷の狐には意味を為さぬ。
もぐもぐもぐ、ちゃむちゃむちゃむ。
コンコン子狐は藤森に、稲荷のご利益の対価を支払い、キノコ鍋とキノコの味噌汁とキノコの天ぷらと、申し訳程度の動物性タンパク質であるところのししゃもを、もちろん白米も、ぺろりと完食。
それがいけなかった。
『えほん、よんで、読んで』
眠りにつく前に、子狐は藤森に、持参したお気に入りの絵本の読み聞かせをせがんだ。
冒頭が少し怖いタイプの絵本である。子狐の住まう稲荷神社の由緒にして、子狐の祖父母が活躍する、怖いおばけを退治するタイプの絵本である。
詳細は過去作6月16日投稿分参照だが、スワイプが酷く面倒なので、気にしてはいけない。
『昔々、あるところにあった大きな花畑を、』
藤森は絵本を読んだ。ユリによく似た形の白い花が、見開きいっぱいに描かれた美しいページから、
ぱらり1枚、厚紙のページをめくる。
『人間が壊して慣らして道をひいて、家とお店を建てて、欲望渦巻く街に変えてしまいました』
おどろおどろしい絵が現れた。
それも、いけなかった。
眠りにつく前に大量に汁物を摂取して、怖い本を浴びれば、そりゃあ子供はこうなるのだ。
――「稲荷の狐でも、オバケは怖いのか」
用を済ませ、おててを洗い、スッキリして御狐ドリルなどする子狐を、藤森が優しくドアまで運ぶ。
「えほんよんで。ねむりに、つく前に」
こやん、こやん。子狐が鳴いた。
「こわくないえほん、読んで」
一応、夜のオバケの本は懲りたようではあった。
「子狐。私の部屋の本棚に、絵本は無い」
「よんで。よんで」
「読み聞かせのための本が無いんだ」
「ある!絵がなくて、文字ばっかりで、むずかしくて、聞いてるとすぐ、ねむくなるえほん」
「それは専門書だ……」
「去年もバチクソに難産だったんよ。このお題」
だって、「永遠に」だぜ。何書けってよ。
某所在住物書きは今回の投稿分を読み返し、よみかえし、もう一度誤字脱字を確認してため息。
「書く習慣」のアプリは今回のように、エモ系のお題がそこそこ多い。エモ系のお題とこの物書きが執筆する日常ネタは少し相性が悪い。
仕方がないのでこちらも厨二な物語を書いたのだ。
その厨二で誤字など爆死もいいところであった。
「まぁ、まぁ。どうせ、数時間後には他の投稿がこの物語を下に下に埋めてくれるし」
羞恥心も永遠には続かない。どうせ一瞬さ。
物書きは腹を括った。 ボタンを押し、投稿する。
――――――
ルリビタキをビジネスネームに持つ喫煙者が、稲荷神社の子狐に聞かせた話。過去作10月30日投稿分の、いわば「裏話」、「もう一つの物語」。
物書きの数だけ世界があり、物語がある。
あちらの雪の魔女は己の愛したものの二次創作を、
そちらの春の車掌は永遠に走り続ける機関車を舞台に繰り広げる、主に食堂車の日常を。
生まれた物語、概念、設定や生き物や鉱物等々は、
時に他の物語に影響を与え、別の世界に流れ着き、
意図的にせよ不本意にせよ、「もう一つの物語」の方で、発生・産出・活動を始める場合がある。
今回のお題回収用品であるところの「それ」は、
かつての昔に「閉鎖」した物語で生まれた設定。
別の世界に流れ着く前に、世界線管理局によって保護・収容された、材質不明の宝石。
「永遠」に特別なあこがれを持った物書きが遺した、ありとあらゆる永遠、永久、永劫を付与し、実現させる可能性を持つ、魔法の宝物。
永遠に老いない。あるいは永遠に太らないのだ。
怪物に永久を与えて不死の兵器を生むことも、
もしくは、無限の電力で環境問題の解決も。
世界線管理局収蔵、「永遠宝石の飾り駒」。
本来それを収容し、記録し、別世界に影響を与えぬよう保管する立場であるところの管理局員、
ビジネスネーム「兎」が、今回それを盗み出した。
「こんなチートアイテムを持ちながら、管理局が一切活用しねぇから、俺の世界は死んだんだ!」
永遠が付与された銃はチートの代表格。
「永遠に尽きない電力、永遠に尽きない水量、永遠に尽きない木材、永遠に尽きない燃料!
管理局の業務は、世界同士の橋渡しと取り締まりと管理監視だけ。死に逝く世界を助けやしない!」
己を危険因子として捕縛・確保しに来た同僚に、
すなわち「ツバメ」と「ルリビタキ」の両名に、近づく機会を一瞬も与えない。
「管理局がもっと干渉して、手を差し伸べてさえいれば、俺の住んでいた世界は延命できたのに!」
「その過干渉で私の世界は滅んだ!」
もっともらしく聞こえる兎の慟哭に、よく似た慟哭で返したのはツバメであった。
「別の世界が示した正解、別の世界から貰った完璧、別の世界に敷かれたレール。
永遠に約束された成功と発展は魅力的だろうさ。
その永遠を持ち込んだ世界に、正解を押し付けてきた過干渉に、私の世界は閉鎖させられたんだ!」
ルリビタキが防弾用の結界を張り、ツバメが兎にちょっかいを出して、捕縛の可能性を伺い続ける。
永遠宝石の飾り駒が付与するのは「永遠」であって「最強」ではない。永遠に撃てる銃は用意できても、防御結界を貫通できる威力は授けてくれない。
一瞬だ。一瞬でいい。
兎が一瞬ヘマをするなり、注意と緊張を乱されたりするだけで、ツバメは銃をはたき落として兎を無力化し、彼を拘束することができる。
永遠を、打ち倒すことができる。
(どうすればいい、どうすれば……!)
「これが正解だ。滅んだ世界が遺したこの宝石こそが、全世界に自由をもたらす救世の最適解だ!」
「違う!お前が持っているのはただの永遠だ!
世界に必要なのは干渉ではなく秩序と尊重だ!」
「その永遠に……!」
その永遠に、ソノ、エイエンニ。
兎が続けて何を言いたかったのか、ツバメとルリビタキが聞くことはなかった。
過去作10月30日投稿分の「もう一つの物語」が、ここで突然合流したのだ。
つまり突然黒い穴が数秒開いて、閉じて、兎の頭の上にコンコン子狐がポトンと落下。
前足もとい前あんよで必死に髪にしがみ尽き、しかし滑って、ぶらりんちょ。
兎の顔を、視界のすべてを、ポンポンおなかとモフモフ狐毛で覆い隠したのである。
「ぎゃー!? けものくせぇ!!
なんだ!!何が起きた!?」
何が起きたって、それはこっちのセリフだが。
状況が掴めないのは、ツバメも一緒。なにせ突然のコンコンである。突然のモフモフである。
「確保!!」
ツバメが緊張を取り戻したのは、低く鋭利なルリビタキの指示が刺さったから。
なんやかんやあって、ツバメは兎を押し倒し、銃をはたき落として永遠宝石の飾り駒を奪い、
そして、兎の拘束に成功したのだった。
「理想郷、ウィキに一覧存在すんのな……」
エルドラド、シャングリラ、ニライカナイ。
カタカタカタ。脳内にパズルゲームの、玉を動かす幻聴響く感のある某所在住物書き。「理想郷」カテゴリの一覧を、指でなぞっている。
「無制限のの酒とメシと娯楽が俺の理想郷だろうけど、ぜってー暴飲暴食してりゃ体壊すじゃん」
理想郷で病気になるのは、ねぇ。物書きはスマホから顔を上げ、ニュース番組を観て、ため息を吐く。
「あと、理想郷って天ぷらとか鶏皮とかバチクソ食っても、胸焼け、しねぇのかな……」
それは単純に老化と脂質代謝能力の限界だと思う。
――――――
前々回から続いているっぽく見える一連のおはなしも、ようやく次回で完結の予定。
今回のおはなしはその「完結」の導入。
カッコいいものダイスキーな物書きの、厨二心が垣間見えるおはなしの、はじまり、はじまり。
最近最近のおはなしです。都内某所のおはなしです。
某稲荷神社敷地内にある一軒家に、人に化ける妙技を持つ化け狐の末裔が家族で仲良く暮らしており、
その一軒家には、「もう一つの物語」、「別の世界」、世界線管理局とかいう建物に繋がる黒穴が、ぽっかり存在しておったのでした。
「世界線管理局って、なんだ」。何かのカッコイイ組織です。厨二心な機関です。それだけです。
細かいことは気にしてはいけません。
さて。前々回のおはなしで、稲荷の一軒家に住まう子狐が、この黒穴にころりん落っこちて、
なんやかんやで何かの事件を解決しまして、
世界線管理局の職員さんから、何故かお礼にジャーキーだのクッキーだの、それから稲荷寿司なんかもどっさり貰ったワケですが、
この子狐、丁度食べざかりの食いしん坊でして。
「黒穴の中に落っこちると美味しいものが貰える」と、妙な学習をしてしまったのです。
子狐は管理局を美味食べ放題の理想郷とでも勘違いしているのでしょう。 しゃーない。
「ジャーキー、ジャーキー!」
コンコン子狐、前回投稿分のおはなしの後、ジャーキーもお稲荷さんも全部食べてしまったので、
早速父狐の隠し部屋から、黒穴のぽっかり開いてる部屋へ侵入。こっそり理想郷へゴーです。
「おいなりさんも、たべたい!」
黒穴の中をゆっくり落ちて、辿り着いた先は、なんやかんやありまして、世界線管理局の喫煙室。
なんだか、煙たいですね。 誰かがひとり、タバコをすぱすぱ、吸っていたようです。
「おまえ、あの時の子狐か」
突然喫煙室に出現した子狐に、びっくりして、むせて、タバコを落としてしまった喫煙者1名。
サビを含む少々かすれ声のテノールが、バチクソにビビったのをナイショのショ、知らんぷり。
コホンとひとつ、咳払いして、言いました。
「あの時」とは前々回、子狐がなんやかんやの事件を解決してしまった「あの時」のこと。
この喫煙者こそ、子狐に「世界線管理局=食べ放題の理想郷」と学習せしめた張本人なのです。
ジャーキー渡さなけりゃ、稲荷寿司渡さなけりゃ、
落としたそのタバコの1本、全部吸えたのにな。
ザンネンでした、喫煙者1名。
「おじちゃん!リソーキョーのおじちゃん!」
「おじっ、……『理想郷』?」
「おいしいおいしい、ジャーキーもおいなりさんも、クッキーもどっさりある、リソーキョーのおじちゃん!おいなりさん、ください」
「アレはお前が、結果として俺達の危険因子確保に貢献した礼だ。ウェルカムフードじゃない」
「おじちゃん説明むずかしい。キツネわかんない」
「そりゃ申し訳ありませんでしたな。あと俺はまだギリギリ『おじちゃん』じゃない」
「オッサン!」
「…… おっ さん ……」
管理局は稲荷寿司バイキングでもジャーキービュッフェでもないんだがな。
なんなら「理想郷」とはかけ離れた、「舞台装置」以外のナニモノでもないんだがな。
「オッサン」に思うところがある喫煙者1名。それとも心に引っかかったのは、「理想郷」の方かしら。
「稲荷寿司も、ジャーキーも手元には無いが、」
落としたタバコを潰して、子狐を抱えて、ひとまず喫煙室から出た理想郷のオッサンは、ビジネスネームで「ルリビタキ」と名乗りました。
「お前が先日、お前の言う『理想郷』の『何』に貢献したかを、土産に聞かせてやることならできる」
聞いていくか、お前の世界から離れた別の世界の、「もう一つの物語」。
ルリビタキのオッサンは、前々回のおはなしの裏話を、今更になって、話し始めるのでした。
「事の発端は、管理局職員1人による収蔵品横領。
閉鎖したどこかの世界、どこかの物語から収容された、『永遠』の概念の残滓を、盗んで逃げたんだ」
「懐かしく思う事、懐かしく思う琴、懐かしく思う古都。……『古都』っつったら、京都の修学旅行がバチクソに記憶に残ってるわな」
はい、来ました、俺の不得意なエモいお題。
某所在住物書きは相変わらず、天井を見上げて途方に暮れ、しかし予想できていたことではあったので、淡々と今回投稿分に対する作業を開始した。
去年の「懐かしく思うこと」では、東京の「14年ぶり、11月の夏日」なるネタを書いたらしい。
記憶にない。
「千枚漬け。数珠作り体験。まだインバウンドの比較的少なかった頃。懐かしいわな」
今京都に行くなら、絶品というほうじ茶の茶漬けを現地で賞味してくるのに。 物書きは思う。
「食わなかったもんなぁ……」
仕方無い。修学旅行はそういうものである。多分。
――――――
前回投稿分からの続き物。
最近最近の都内某所、某不思議な稲荷神社の敷地内にある自宅兼宿坊の大座敷、真っ昼間。
今回のお題回収役であるところの雪国出身者は名前を藤森といい、「ジャーキーパーティー しょうたいけん」と書かれていると思しき小さなクレヨン画をポケットに入れ、宴会に好意的に招かれて、
子狸と子猫2匹と、子イタチと一緒に
大皿に大量展開された稲荷寿司とジャーキーと、それからバタークッキーとを囲み、
「で、そのおじちゃんは、キツネのこと、『けものくせぇ!』って言ったの!」
マンチカン立ちしながら興奮気味に人語を喋る子狐の話を聞いている。
子狸は化け狸。子イタチは薬を持ったカマイタチ。
子猫は一匹が化け猫でもう一匹は尻尾が2本。
完全に、現実をガン無視している。
藤森はそれらを一切気にしていない。
慣れてしまった。具体的には、去年の3月頃から。
「キツネ、おじちゃんに言ったの。『イナリのキツネにくせぇとは、フケー、不敬であるぞ!』
で、おしおきに、この牙でガブッ!してやったの」
前回投稿分に関する「有ったこと」「無かったこと」を爆盛りして話すウルペスウルペス。
オスだかメスだか知らないが、この子狐と藤森が出会ったのは、去年のひなまつりの丑三つ時。
子狐が藤森の部屋のインターホンを鳴らしたのだ。
『お餅を買って』『このご時世、だれもドアを開けてくれない。1個で良いから、おねがい』
よもやその子狐、藤森が茶っ葉を買いに通っている茶葉屋の店主の「末っ子」だったとは。
誰が信じようか。 誰も信じるものか。
去年の藤森は早々に思考を放棄して、「人語を話し人間に化ける狐」を受け入れた。
細かいことをいちいち気にしていたらキリが無い。
きりが、ないのだ。
「くせぇのおじちゃんを、こーやって、こーやって、キツネ、こらしめて、つかまえてやったの。
そしたら別のおじちゃん、『オキツネさま。悪者をつかまえてくれて、ありがとうございます』って、ジャーキーとクッキーとお稲荷さんをくれたの」
そのとき貰ったものの半分の半分が、今、目の前の大皿に並べてるご馳走なんだよ。えっへん!
コンコン子狐は誇らしく、稲荷寿司とジャーキーとクッキーで膨れたポンポンを、もとい胸を張る。
子狸はただただ羨望の眼差し。藤森は「盛っているんだろうな」とチベットスナギツネ。
そうだ。この子狐とも、かれこれ1年と半年だ。
藤森は「懐かしく思うこと」を、すなわち去年のひなまつりから続く子狐とのふれあいを、
しみじみと、静かに、思い返し、思い返し。
大皿からバタークッキーを1枚取って、しゅくり、ひとくち噛んだ――なかなか美味い。
「くせぇじゃない方のおじちゃん、すごくキレイなとこで、お仕事してたの。お花も木も、果物もいっぱいあって、キレイな川が、流れてたの」
コンコン子狐の話はまだまだ続いている。
「きゅーけーじょ、休憩所には、金色のチョウチョと銀色のチョウチョが飛んでたの」
日本の花と草木と自然の風景を愛する藤森としては、「子狐の証言が事実であれば」、「くせぇじゃない方のおじちゃん」の職場は理想郷そのもの。
で、その理想郷とやらは、どこにあるのか。
「……」
知らない。細かいことを気にしてはいけない。
藤森は思考を放棄して、クッキーを噛んだ。