「やっと書きやすいお題が回ってきた」
眠りにつく前に着るのがパジャマ、眠りにつく前に食うのが夜食、眠りにつく前に飲むのが晩酌。
考え方次第でいくつかネタは考えられそうである。
某所在住物書きは毛布に包まれながら、スマホを見て、時折記憶が飛び、かっくり、こっくり。
ベッドの上で完全に昼寝の体勢をとっている。
せっかくの日曜である。昼寝も良かろう。
「眠りにつく前に、ソシャゲやると、高確率で寝落ちてスマホが顔に落っこちてくるよな」
今日は、そういうこと、無いようにしねぇと。
物書きは己の思考が眠気で千切れてバラバラになるのを感じながら、結果的にスマホを額に落とした。
――――――
最近最近の都内某所、某アパートの一室、夜。
部屋の主を藤森といい、花咲き風吹く雪国の出身。
某アタタカイウォームで揃えたベッドの中で、完全な眠りにつく前に生じる例の独特な浮遊感を、
こっくり、こっくり。心地よく受け入れている。
時刻は気が付けば23時。日付が変わる頃合い。
明日は休日である。明後日は仕事である。
その仕事用に準備すべき書類は?有っただろうか?
(だめだ。あたまが、まわらない)
夢に落ちる直前は、思考が千切れて散らかって、
最終的に意識はフワフワ。静かに霧散していく。
突然、藤森の腹の横に潜っていた熱源が動いた。
のぼってくる。毛布の中から、藤森の視線の前まで、もぞもぞも、もぞもぞ。移動してくる。
「おとくいさん。おといれ」
ここココンコンコン。藤森の鼻先を舐めるその熱源は、近所の稲荷神社の狐、化け狐の子供。
「おといれ、ついてきて」
「化け狐の子供」??
「ひとりで、……1匹で、行けないのか」
己の部屋に狐が居るのに、日本語を発しているのに、
藤森は一切驚かない。慣れてしまったのだ。
細かいことを気にしてはいけない。
「こわい。ついてきて」
段々覚醒してきた藤森に、子狐コンコン。
夜の手洗いへの同行を、健気に求めてきた。
ため息ひとつ吐いて、着る毛布のミドル丈を羽織り、子狐を抱いて要望通りのドアまで運んでいくと、
「……」
毛布の暖かさと柔らかさに負けたらしく、藤森の優しい腕の中で、コンコン子狐は夢の中。
「こぎつね?」
二度目のため息。藤森はトントン、ぽんぽん。
子狐の背中を叩いて起こした。
――そもそもどうしてこうなったのか。
藤森の部屋に、藤森の実家からキノコと野菜のどっさりが届いたことを、感知したのだ。
1人では食いきれないので、親友家族と後輩と友人と、それから日頃得意先として世話になっている茶葉屋の女店主、合計4名+αに、
おすそ分けしようとナイロン袋にそれぞれゴソゴソ、田舎から届いた秋冬を詰めていたところ、
『こんばんは!』
「茶葉屋の店主の子供」がやってきた。
『キノコ、やさい、たべる!』
子狐である。 食べ盛りの食いしん坊である。
電子ロックも鍵もセキュリティーも、監視カメラの警備だって、稲荷の狐には意味を為さぬ。
もぐもぐもぐ、ちゃむちゃむちゃむ。
コンコン子狐は藤森に、稲荷のご利益の対価を支払い、キノコ鍋とキノコの味噌汁とキノコの天ぷらと、申し訳程度の動物性タンパク質であるところのししゃもを、もちろん白米も、ぺろりと完食。
それがいけなかった。
『えほん、よんで、読んで』
眠りにつく前に、子狐は藤森に、持参したお気に入りの絵本の読み聞かせをせがんだ。
冒頭が少し怖いタイプの絵本である。子狐の住まう稲荷神社の由緒にして、子狐の祖父母が活躍する、怖いおばけを退治するタイプの絵本である。
詳細は過去作6月16日投稿分参照だが、スワイプが酷く面倒なので、気にしてはいけない。
『昔々、あるところにあった大きな花畑を、』
藤森は絵本を読んだ。ユリによく似た形の白い花が、見開きいっぱいに描かれた美しいページから、
ぱらり1枚、厚紙のページをめくる。
『人間が壊して慣らして道をひいて、家とお店を建てて、欲望渦巻く街に変えてしまいました』
おどろおどろしい絵が現れた。
それも、いけなかった。
眠りにつく前に大量に汁物を摂取して、怖い本を浴びれば、そりゃあ子供はこうなるのだ。
――「稲荷の狐でも、オバケは怖いのか」
用を済ませ、おててを洗い、スッキリして御狐ドリルなどする子狐を、藤森が優しくドアまで運ぶ。
「えほんよんで。ねむりに、つく前に」
こやん、こやん。子狐が鳴いた。
「こわくないえほん、読んで」
一応、夜のオバケの本は懲りたようではあった。
「子狐。私の部屋の本棚に、絵本は無い」
「よんで。よんで」
「読み聞かせのための本が無いんだ」
「ある!絵がなくて、文字ばっかりで、むずかしくて、聞いてるとすぐ、ねむくなるえほん」
「それは専門書だ……」
11/3/2024, 3:53:25 AM