「『星が溢れる』、『星空の下で』、『流れ星に願いを』。4度目の星ネタよな」
某所在住物書きは過去投稿分を辿りながらガリガリ首筋をかき、天井を見上げた。
そろそろ、ネタも枯渇する頃である。
「溢れる星は、『星みたいなフクジュソウ』が花畑に溢れてるってことにして、星空の下の話は桜の花を星に見立てて花見ネタ。流れ星は桜吹雪書いたわ」
王道の星空ネタに、星を別の物に例えた変化球。他に何を書けるやら。物書きは今日もため息を吐き、固い頭でうんうん悩んで物語を組む。
――――――
最近最近の都内某所、某職場某支店、朝。
ポケっと狐につままれたような、あるいは納得いかないものを抱えているような、ともかく複雑至極の寝不足顔が、ひとり、席につく。
「おはよー……」
ふわわ、わわぁ。大きなあくびをかみ殺し、ノートとタブレットの電源を入れてから、眠気覚ましをイッキ、刺激強めグミのサイダー味を数粒。
「頑張ってよ〜後輩ちゃん」
今日は土曜日、午前でお仕事終わりなんだから。
寝不足顔を「後輩」と呼ぶのは、「彼女の先輩と、先輩の前々職で一緒に仕事をした友人」。
名前を付烏月、ツウキという。
「昨日俺、藤森と一緒に深夜まで、猛暑吹き飛ばす系のポッピングぱちぱちアイス仕込んだから」
休憩室の冷凍庫に入れといたよ。あとで皆で食べようよ。付烏月がそう付け足して、「後輩」を見る。
「『昨日』、『深夜まで』?『藤森と』?」
後輩は一気に目が覚めた――悪い意味で。
藤森とは先輩の名前である。
「私、その先輩と『深夜に』稲荷神社で会った」
何故先輩が異なる場所で同時に存在しているのだ。
後輩はすっかり目が覚め、己の体験を話し始めた。
――「昨日の夜も、ほら、熱帯夜だったじゃん。私、ちょっとお酒飲んでお散歩してたの」
後輩の主張する、付烏月が昨晩一緒に居た筈の先輩と稲荷神社で会った筈の証言。
後輩は当時暑さのせいで寝付けず、一旦就寝を諦めて、低アルコール度数の缶チゥハイなどキメて夜風の散歩と洒落込んだ。午前2時頃のことだという。
『わぁ。涼しい。涼しい気がする』
酒が体にまわり、体温がそこそこ上がって、ゆえに外の微風を冷涼に感じる。
ほろり、ほろり。上機嫌で歩く後輩は上機嫌で、己の先輩がよく花の写真を撮りに行く稲荷神社まで歩いて歩いて、鳥居をくぐった。
「それ絶対、お酒に酔ってて別の誰かを藤森と見間違えたってオチじゃないの?」
「いや、ホントに藤森先輩に見えたんだって。声も似てたし。そもそも稲荷神社に居たし」
深めの森の中にある神社は涼しく、居心地が良い。後輩は軽快な足取りで、整備された参道を歩き、
木々の間から少し星空の見える気がする花畑で、何かの小さな石碑に腰掛け、胸に白い花を飾り、わずかな星空を見上げている「先輩」を発見した。
『あれ。先輩も寝苦しくて、散歩?』
『こんばんは』
「先輩」は少し首を傾け、他人行儀に挨拶を返した。
『少し酔っていらしゃるようだ。この時間帯にひとりで出歩いては危ないと思うけれど、大丈夫?』
石碑の下にはキンポウゲ科がさらさら揺れており、
神社在住の子狐が、ドッキリ企画風の横看板を、「過去投稿分6月16日」と書かれたそれを、前足で器用に掲げ持っている。
『悪いオバケに、心魂を食われてしまうよ』
ところで「先輩」は何故こうも他人行儀なのか。
「だから。酔っ払って見間違えたんでしょって」
「違うもん。絶対、声は似てたもん」
『最近どう?仕事押し付けられてない?』
『私個人としては、「仕事」はしょっちゅう押し付けられているけれど……多分いや確実に、あなたの知りたい方ではないなぁ』
『知りたい方って?前部署のクソ上司だけじゃなく、今の緒天戸からも仕事バチクソ押し付けられるようになったってハナシ?』
『あなたの先輩は随分苦労人のようだね』
『他人事じゃないでしょって。先輩自身のことでしょって。いっつも無理しちゃうんだから』
『そうなのか。大変だね』
話がかみ合わない。後輩も不思議に思い始めたが、ほろ酔い気分で推理してもロクに頭が回らない。
『あのね、』
いつもは花を愛でるのに、今日は星空で珍しいね。
後輩が話題を振ろうと「先輩」に視線を向けると、
『……せんぱい?』
午前2時半。「先輩」はいつの間にか姿を――
――「うん。ひとりで静かに星空見てたのに酔っぱらいに絡まれて、付き合いきれなくなったんだね」
はい、はい。 話を聞いた付烏月は大きく頷いた。
同情の表情は昨日星空を見上げていたであろう「先輩」もとい「誰か」への小さな謝罪。
ウチの後輩ちゃんが、ご迷惑をおかけしました。
「だって私、本当に、ホントに……」
本当に、私は「先輩」と星空を見ながら、話をしていたのだ。なおも反論したい後輩だが、段々自信が無くなって、声が小さくなっていく。
「……『誰』と星空見てたんだろ」
付烏月はただ、大きくため息を吐くだけ。
「だから藤森と見間違えた別の誰かでしょ」
「4月14日のお題が『神様へ』だったわ」
なんとなく、もう1回くらいは神様系のお題来そうな気が、しないでもないわな。某所在住物書きは今日もぽつり呟き、相変わらず途方に暮れている。
己の執筆スタイルがエモ系スピリチュアル系の題目と微妙に、至極微妙に相性が悪いのだ。
「まぁ、日本にはいろんな神様がいるからな。赤い隈取の白狼とか、お客様は神様系神様とか、神絵師神文豪とか、御神木御神体もギリセーフか?」
東京都立川在住の「あのお二人」は、バチクソ厳密には「『神』様」じゃないんだっけ?物書きは不勉強ゆえに仏教とキリスト教の根本が分からなくなり、スマホでまず釈迦を調べ始めた。
――――――
そういえば神道では、迷惑かけたり悪いことしたりした「神様」が、懲らしめられ、やっつけられたりしていますね。という小ネタは置いといて、「神様」をお題に、物書きがこんなおはなしを閃きました。
都内某所、某稲荷神社には、人間に化ける妙技を持つ化け狐の末裔が家族で暮らしており、
その神社の敷地には、とてもとても大きな1本のヒノキが、御神木として生えておりました。
このヒノキはとても不思議なヒノキで、自分からは花粉をちっとも出さず、敷地内のどんな花粉にも悪さをさせない、善いヒノキでした。
花粉知らずな実らずのヒノキは、神社に来るものを見守り続け、いろんなことを知っておりました。
ある時ヒノキは稲荷神社に、雪国出身の常連参拝客が来るのを見つけました。
常連さんが神社の花を愛でて、美しい写真を撮って、少しゴミ拾いなんかもしていると、
神社に住む子狐が跳び出して、尻尾をぶんぶん振り叩き、常連さんの鼻をベロンベロン舐め回しました。
ヒノキは常連さんの過去を知っていました。
常連さんは去年の今頃、数年前縁切った筈の初恋さんが粘着して執着してきて、大変だったのでした。
去年の7月バッタリ会って、追っかけ回され疲れ果てて、11月に再度縁切り、今年の5月25日ようやく完全決着の大団円。
常連さんがたまにゴミ拾いもするのは、自分の心を傷つけ魂を蝕んだ初恋さんとのトラブル解消を見守り、力添えしてくれた神社への、お礼でもありました。
またある時ヒノキは稲荷神社に、お年をお召しのおじいさんが来るのを見つけました。
神社のひとに許可を貰って、お礼に季節の野菜をどっさり渡して、花畑の花を仏花用に少し切って。
「死んだばあさんが、ここの花大好きだったんだ」と、嫁さんの自慢話を始めました。
ヒノキはおじいさんの現在を知っていました。
おじいさんの隣で今まさに、おじいさんの目にはちっとも見えないけれど、嫁さんが顔も耳もまっかっかにして、小さくなって居るのでした。
「世界で一番綺麗だった」、「一番料理が美味かった」と涙を浮かべて話すおじいさんに、『もうやめて照れちゃう』と、でもとっても嬉しそうでした。
それからある時ヒノキは稲荷神社で、人間の姿をした花の亡霊が星空を見上げるのを見つけました。
ヒノキは亡霊の未来も知っていました。
この亡霊はその日の深夜、その亡霊を別の人と見間違えた参拝客に絡まれて、ちょっとダベって、
最終的に話がサッパリ噛み合わないので、翌日「実は昨晩神社でこんなことがあってさ」と、朝の雑談のネタになってしまうのでした。
しゃーないのです。だって別人なのです。そもそもそのとき参拝客は、チゥハイなど数本キメて、ほろよい気分の散歩中なのです。
人の過去と現在、涙と照れと笑顔、それからちょっと不思議な未来。化け狐住まう稲荷神社の御神木は、実らずのヒノキは、それらをじっと見届けて、
そのいずれも、ヒノキだけが知っているのでした。
おしまい、おしまい。
「歩道の先、サイクリングロードの先、ロードマップの先、柔道茶道等々の先。『道』にも色々あるわな」
その計画の先には云々、信じた道の先には云々。
なんか壮大な物か書けそうで、己の頭が固いゆえに無理。某所在住物書きはお題を見つめてポツリ。
要するに物語の引き出しが少ないのだ。
「……そういや今でも、ナビを信じて進んだ道の先が難易度エクストリームハード、なんて例とか」
いや、俺は経験、無いことにしとくがな。物書きは過去の「『道』路案内」のその先を思い出し、物語にできないかと画策するも、結局挫折してため息を吐く。
――――――
スマホの予報によると、今日から東京は1週間くらい、常時25℃以上で最高36℃程度らしい。
ふぁっきん(訳:それは、とても暑いです)
最高気温が体温、常時熱帯夜、「酷暑」。
異常な気温変動に感じられるこの道の先に、8月が控えてるワケだ。ふぁっきん( :あついです)
私が今年の3月から勤めてる支店では、別に都から要請されてるワケでもないけど、
ウチのトップが「コレ開設してる本店・支店の従業員に手当金出そうぜ」のスタンスだから、
去年から率先してエアコン稼働させて、飲み物用の氷も余裕もって備蓄して、
それから、去年ここに居た従業員が作ったっていう「涼み処」の小さなタペストリーも飾ってる。
ウチの支店は、それでもお客さんが少なくて、
そもそものハナシとして、来る人がみんな濃ゆい。
常連率が7割9割で、高齢だの中年だののマダムにムッシュが多い。
今の時期は示し合わせたように突然ウチの支店に来て、お菓子まで持参して、従業員がお茶を用意してワイワイ自由に涼み始めることがある。
時折投資と貯蓄目的で商品を契約してって、
私が半年働いても貰えないような額を、
平然と、顔色ひとつ変えず、ポンと置いてく。
これが、この支店のお客さんが少ないのに何故か潰れない、2個の理由のうちのひとつ。
もうひとつは客層が安定してて、静かだから、心の弱い、あるいは弱った従業員の避難所の役割。
実際、今年度入ってきたばっかりの新卒ちゃんが、「2個目」の理由に該当して、この支店に来た。
で、新卒の若い子ちゃんなものだから、
常連のマダム数名にバチクソに目をつけられた。
今日はどうやら「ひとまず覚えとくと便利な薄化粧」の講座が開かれてるらしい。
化粧っ気の無い新卒ちゃんは、人付き合いが酷く苦手で怖くて少しビクつきながらも、
きゃいのきゃいの、昔々化粧品業界に勤めてたっていう70代さんを筆頭に、そのマダムの私物(総額だいたい◯◯万円)を使って、お化粧が必要になったときのためのスキルを仕込まれてた。
「そうよ、そうよ!上手だわ。それで良いの」
「ほら見て。こんなに顔色良くなって」
「リップは?嫌いかしら?ならこれで十分ね」
きゃいのきゃいの、きゃいのきゃいの。
お客さんによる従業員へのメイク講座は進む進む。
この支店に新卒の、男性にせよ女性にせよ、新しい子が入ったときの恒例行事らしい。
支店長を見たら顔が完全に「アレは放っとくしかない」って諦めてた。
今年の新卒ちゃんに限ったハナシじゃないんですね覚えました(諦めの伝播)
「別に、普段からお化粧しなくたって、今の時代多分どうってことないわよ」
総額◯◯万円の魔法で一気に肌の透明度の上がった新卒ちゃんに、マダムのひとりが言った。
「ただね、方法だけ、覚えておけば良いの。
人生はね、寄り道脇道たくさん開拓してナンボよ。
あなたが今勤めてるこの道の先に、暗闇しか見えない。なら脇道に行けば良いの。その道の先にも暗闇しか無かったら、戻って一旦寄り道すれば良いの。
色々覚えれば、それだけ別の道は増えるわ」
頑張って。あなたの脇道をたくさん増やしてね。
マダムはニッコリ、人生の先生か聖母みたい。新卒ちゃんに穏やかに笑ってみせた。
新卒ちゃんはマダムの言葉が腑に落ちたらしく、メモ帳にそれをメモしてる。
支店長は相変わらず虚ろなチベットスナギツネ。
小さく、ゆっくり、首を振った。
支店長の目と唇と浅いため息は、新卒ちゃんが落ちたこの道の先に何があるか、知ってるようだった。
「支店長。してんちょ」
「ん?」
「アレ、止めた方が良い?」
「できるならやってみろ。私には無理だったがね」
「放っといて大丈夫?」
「放っておくしかあるまい。実害は無い。約9割の確率で社会の基礎が身につき自己肯定感も少し上がる」
「残り1割は?」
「あの道の先に『落ちる』」
「『おちる』……?」
「考えりゃ当然なんだろうが、今更、日本のどの地域に居るかで、日の出と日の入りが違うって知ったわ」
「日差し」の3文字をどう自分の投稿スタイルに落とし込むか。苦悩して葛藤してネタが浮かばず、己の加齢による頭の固さを痛感した某所在住物書きである。
「ひとまず、スマホの天気予報見たんよ」
天気といえば、明日と明後日の東京、猛暑予報だってな。物書きは画面を見てぽつり。
「例えば今日は、札幌なら4時に日が昇って19時17分に沈む。対して東京は4時半日の出、19時1分日の入り。沖縄は5時41分に19時26分。同じ7月3日でも日差しの時間、こんな違うのな」
日の出時刻、日の入り時刻の違いで、何かハナシのネタが降りてきたりしないかって。少々期待したんだがな。どうにも難しかったわな。
物書きはうなだれて、窓の外を見た。
――――――
都内某所、深めの森の中にある某稲荷神社のおはなし。大池のスイレンが見頃を迎えた朝。
近所に住まう雪国出身者の、名前を藤森というが、
朝から容赦の無い日差しと季節外れな暑さから逃げるため、その神社の木陰の椅子用に置かれた大木に腰掛け、膝に神社在住の子狐をのせていた。
藤森と、その隣に座る友人たる付烏月(つうき)の手には、それぞれクリスタルガラスの涼しげな器に盛られたかき氷がひとつずつ。
それはその稲荷神社の隠れた名物であった。
昨今の気温の変動により、神社では例年より早めに冷涼スイーツの販売、もとい授与を開始。
清く冷たい湧き水から作られた氷に、勤労温厚なニホンミツバチたちが敷地内で集めたハチミツをひとさじ、ふたさじ。常連にはオマケでもう少し。
彼等が受粉を手伝った果実のジャムも添えて、それは妥当といえば妥当な価格で提供されている。
少し溶けて水滴をつけた氷は、ジリジリの日差しから減衰した木漏れ日によって弾け、スイレン咲く池の反射と共に、いわゆる一種の涼しさを輝かせていた。
「スイレンといえばさ」
シャクシャク。かき氷を食べながら付烏月が言う。
「ひとつ、ハナシのストックがあるんだけどね。
去年の夏、初めてここのスイレン見に来たら、全部閉じかけてたの。朝咲いて午後閉じちゃうんだね」
俺、それ知らなくてさ。見事にやらかしたよね。
付烏月はそう付け足して、またシャクシャク。
優しくも甘酸っぱいジャムが好ましかったのだろう。にっこり一度だけ、穏やかに笑った。
「閉じかけたスイレンも、綺麗といえば綺麗だったろう。それで、その後どうしたんだ、付烏月さん?」
「『朝じゃないと咲いてないよ』って、ココに住んでるっぽい子供にアドバイス貰ったんだけどさ」
「『だけど』?」
「その子、俺のこと狐の窓越しにじーっと見てて」
「きつねの、まど?」
「アレだよ。指を組んで作るやつ。
『妖怪でもバケモノでもないよ』って言ったら、その子、『善いニンゲン。おぼえた』って。『明日の朝、池ポチャに気をつけて』って。
次の日スイレン見に来て写真撮ろうとして危なくスマホを池ポチャするとこだったってハナシ」
くわぁ〜ぁん、クシュックシュン。
藤森の膝の上のコンコン子狐が、わざとらしく大きなあくびをして、小さなくしゃみに首を振る。
視線を向けた藤森に、キラキラ玉の目を一瞬合わせ、再度くしゃみしてすぐ顔を戻す。
『だって初めて見た参拝客だったもん』
『悪いニンゲンじゃないか、確認しただけだもん』
『キツネ、狐の窓で、いろんなこと分かるもん』
子狐はどうやら正当な弁明をしたい様子であった。
「結局、写真は?」
「撮らなかった。バックアップもクラウド保存もしてないデータ多かったし。そこで水没されちゃ、俺、完全にゼツボーしちゃうし」
「USBやSDで保険も保存していなかったのか?」
「メモリでどうにかなるサイズじゃないもん」
「めもりで、どうにかなる、サイズじゃない?」
「どしたの藤森。何に驚いたの」
「何テラバイト保存しているんだ、付烏月さん」
「『テラ』?え、今メモリ、『テラ』??」
嘘言ってないよね、藤森?俺のこと騙してない?
かき氷の器を膝に置いて、自分が先日されたのと同じように指を組み、窓を作り、片目を閉じて窓越しに藤森を凝視してズーム、それからズームアウト。
時折木漏れ日で落ちてくる日差しがまぶしいらしく、目を細めている。
藤森は藤森で、そんな付烏月をじっと見て、まばたき少々して、ふらり。視線を子狐に移す。
(狐の窓か)
それで、人の本性が分かるものなのかな。
子狐の背を撫でる藤森に、子狐は何も答えない。
ただ大きく口を開いて舌を出し、木漏れ日に吠えるようなアングルで、あくびをするばかりである。
「まず1回、その日のお題のハナシ投稿するじゃん」
パリパリパリ。某所在住物書きは己の自室で、ポテチをかじり窓の外を見た。
「バチクソ悩んで投稿すんの。もっと良いネタ書けるんじゃねーのとか、もっと別の切り口とか角度とかあるんじゃねーのとか考えてさ。
長いこと修正して削除して追加して、新規で書き直して。それから投稿すんのに、終わった後で『こっちの方がイイんじゃね?』ってネタがポンと浮かぶの」
俺だけかな。皆一度は経験してんのかな。物書きは首を傾け、ため息を吐く。
窓越しに見えた景色は心なしか、気だるげであった。
「ドチャクソ時間かけて頑張ったハナシより、その後パッと出てスラスラ書いたハナシの方が良く見える現象、なんなんだろな……」
あるいは今年の投稿より去年の同じお題で書いた文章の方がよく見えるとか、何とか、かんとか。
――――――
「先輩どうしたの。指なんか組んで」
「『狐の窓』だ」
「どゆこと」
「私のような捻くれ者に、懲りもせず引っ付いてくる。そんなお前の本性が、これで見えやしないかと」
今日で、1年が折り返しらしい。
昨日に引き続き、雪国の田舎出身っていう職場の先輩のとこに、ちょっと時間を潰しに行った。
先輩は「東京の寒さ」には眉ひとつ動かさないくらい寒さに強いけど、代わりに「東京の暑さ」にはともかく、バチクソ、雪だるまか雪女みたいに弱い。
体温超えの最高気温の日とか、そこそこ過ごしやすい気温だった前日から一気に暑さがトンと跳ねる日なんかは、在宅でリモートワーク籠城してる。
何度も言うけど、先輩は、暑さに弱いのだ。
先輩の部屋は去年まで家具が完全最低限だたけど、「諸事情」のトラブルが解決してから、少しずつ、最低限以外が揃ってきた。
触り心地の良いクッションがある。寝っ転がってスマホいじるのに丁度良いソファーもある。
去年より更に増えた堅っ苦しい本と本棚と、長い間先輩を見守り続けてきたひとつだけの底面給水鉢と、
相変わらず、低糖質低塩分スイーツとお茶がある。
仕事の手伝いをすれば、あるいは材料費とか手間賃とか食材とか渡せば、先輩はスイーツとお茶を、たまにお昼ごはんや晩ごはんも、分けてくれる。
なにより防音防振の部屋だから、とっても静かだ。
「窓なら、私に向けないと見えなくない?」
「そうだな」
「見ないの?」
「見なくたってお前がアイスティーに琥珀糖4個入れたのは分かる」
「低糖質万歳」
「適量にしておけ」
今回、先輩の資料作成サポートのお礼に貰ったのは、小麦ブランのチョコクッキーと、オーツブランのアーモンドクッキー。それから台湾茶の茶葉で作ったアイスのモロッカン風ミントティー。
砂糖を入れて飲むって聞いたから、朝焼け色と茜色のステビア入り琥珀糖を氷入りの台湾茶に落として、カラカラ、ストローでかき混ぜた。
「……やはり分からない」
その間に、ぽつり、先輩が呟いた。
「私より優しいやつも、面白いやつも、楽しいやつも。いくらだって居るだろうに」
言ってる言葉のわりに、別に苦しそうでも悲しそうでもないし、ただ表情は平坦で、穏やかで、普通。
独り言以上の意味は無さそうだった。
「それは先輩の解釈でしょ?」
先輩は相変わらず、指と指を組んで、人さし指と中指の隙間から、私でも自分でもなく、どこかを見てる。
「私は先輩のこと、一番お人好しで真面目で、誠実だと思ってるし。引っ付いてて落ち着くけど」
ちょっとイタズラして、先輩の手首をとって指の隙間を――狐の窓とかいうのを私に向けると、つられて、先輩の顔がこっちに向いた。
「どう?見えた?先輩の言ってる『本性』とやら?」
狐の窓越しに見えた先輩は、キョトンとしてて、もしくは大型犬が驚いて思考停止してるみたいで、
ちょっと、かわいかった。