「1月15日あたりが『この世界は』、7月3日が『この道の先に』。『この◯◯』シリーズのお題はこれで3回目、か?」
前回と合わせれば「誰もがみんな」「この場所で」、なんて長文になるんだろうけれど、俺、あの投稿の続編、書ける自信無いぞ。
某所在住物書きは己の前回投稿分をチラ見して、いわゆる「続編」の投稿を断念した。
「この場所で、『過去◯◯が発生した』、『今後◯◯が開催される予定だ』、『今まさに◯◯が行われている最中』。時間軸はいくらでも変えられるな」
問題はその、「この場所」を、どこに設定するかだが。どうしよう。
物書きは自室の天井を見上げ、己の加齢で固くなった頭から、なんとか柔軟なネタを引き出そうと――
――――――
3連休も最終日。生活費節約に理解のある職場の先輩のおかげで、これまでの2日間、出費を最小限に抑えることができた。
あんまり遠出せず、あんまり欲を出さず、アパートで一人暮らしの先輩宅に現金と食材持ち寄って、シェアランチだのシェアディナーだの。
本当は昔々一緒に二次創作してた友達と、二次のオンリーイベに行って、原作者様の聖地巡礼もしてくる予定だったんだけど、諸事情で延期アンド中止。
しゃーないったら、しゃーない。
で、そんなこんなの、3連休最終日。
今日も先輩のアパートにご厄介になって、更にお金を節約して、今月末に備えようと、
思ってた、ワケだけど。
何があったか職場の先輩、今日は地下鉄乗って区を越えて、ちょっと遠くまで珍しく……?
「解体途中の、コレ、なに?」
「古いアパートだ。取り壊しが決まったと聞いて、ずっと、気になっていた」
都内某所。乾燥した晴れの、お昼頃。
祝日でお休み中の解体工事現場は、ひとつの区画を防音パネルとシートで覆っていて、中が見えない。
東京では、別に珍しくもない光景だ。毎日どこかが解体されて、どこかが新しくなってる。
先輩はそんな、ありふれた防音パネルのひとつに、
懐かしそうに、右手で触れて、軽くポンポンと。
「初めて契約したのが、このアパートだったんだ」
先輩が言った。
「十数年前。上京にあたって、一番安い家賃を自分で探して、契約して。……狭い部屋だったよ」
この場所だ。
この場所で、私の東京が始まったんだ。
先輩はポツリ、そう付け足して、まるでパネルの向こう側が見えてるように、2階か3階あたりだろう角度を見上げた。きっと「そこ」に住んでたんだ。
「この場所で、先輩何年住んでたの」
「8年前まで。つまり、今の職場に来るまでだ」
「うるさかった?」
「うるさかった。慣れるのに半年以上かかった。だから8年前、新しい今のアパートに決めるときは、ともかく防音防振性能を第一に」
「ここから始まったんだ」
「そう。このアパートの、あの部屋から」
ものの数分で気が済んだらしい先輩は、吹っ切れたようなため息ひとつ吐いて、防音パネルから離れた。
「近くに昔よく通っていた軽食屋がある。寄るか」
「オススメ is 何」
「昔懐かしいミルクセーキとコスパ最高パフェ」
「みるくせーきとは……?」
知らないミルク料理に誘われて、私は久しぶりの外食にくっついていく。
あったかい雰囲気の昭和なエモエモ軽食屋さんでファーストコンタクトした「ミルクセーキ」は、ちょっとオシャレな練乳かき氷みたいで、
これを昔々、上京1年目の先輩が、幸せそうな顔してこの場所で食べて、その日の仕事と心の疲れを癒やしてたのかなって想像すると、
少し、なんとなく、かわいかった。
「なんだその顔」
「なんでもないです」
「何を想像している」
「なんでもないでーす」
「誰もが、『皆全員』、『見ないだろうな』、『見るな』、『見るんだろうな』。パッと考えただけだと、『みんな』はこの4種類、か?」
ひらがな表記は解釈捻じ曲げの大好物。某所在住物書きはアプリからの通知画面の「みんな」を見て、首を傾けた。「全員」以外にどう読める?
「一応、中国の王朝にからめて、『ミンみたいな』も可能っちゃ可能なんだろうけど、」
まぁ、俺、世界史赤点常習犯だったし。
さすがに歴史系は書けねぇな。物書きは呟く。
「そもそも『誰もが』『明みたいな』って、どういう状況だ。春節イベントか何か……?」
個人的に一番書きやすい嘆きは「誰もが皆ダイエットだのアダルトだのの広告に寛容と思うなよ」。
広告削除オプション実装が切に待たれる。
――――――
丁度1か月前のハナシ、職場の先輩が私の愚痴に対して、言った言葉がある。
更年期の影響だと思うけど、バチクソな毒親だった私のお母さんと、久しぶりに会ってご飯食べたら、
お母さんが私の少しの親切に対して、諭吉2枚の大げさな感謝をしてきたっていう、
「大げさ過ぎてドン引きした」って愚痴への言葉だ。
誰もがナントカ、小さな火花がどうとか。
クソで毒な私のお母さんにも、実は謝罪と感謝の火花が残ってて、それをお母さんなりにカタチとして示したかった結果が、諭吉だったんじゃないかって。
サラっと聞き流してたせいで、よく覚えてない。
でも、ふと突然、先輩の言葉の全文が気になって、「誰もが 火花 名言」で検索かけてみたけど、
出てくるのは、映画化された小説の名言ばっかり。
先輩の本棚に、小説や漫画は無い。雑誌も写真集もエッセーも無い。あるのは専門書や実用書だけだ。
ダレモガヒバナの名言、元ネタは何だったんだろう。
小説でもアニメでも、芸能でもスポーツでもなくて?
「――いや、小説が出典だ」
三連休2日目。
諸事情で、本来の聖地巡礼とかイベント参加とか諸々全部キャンセルになって、完全フリーな私は、
生活費節約術として、職場の先輩のアパートでシェアランチをしてた。
「有名どころさ。お前も確実に名前は知っている」
予算5:5想定。現金なり食材なりを持ち寄って、どうせお互い一人暮らしだから、まとめて作ってシェアすれば、光熱費も水道代も材料費だって節約できる。
今日のメニューは、フリーズドライのミネストローネを流用した、ケチャップオムライスだ。
「『誰もがみんな』、」
先輩が言った。
「『なにか小さな不滅の火花を、彼等のその内に秘め持っている』。……原文は忘れた。『四つの署名』、シャーロック・ホームズのセリフだ」
私も記憶があやふやだから、誤訳もあると思う。
英文と本来の和訳は自分で確認してくれ。
先輩はそう付け足して、オムライスをぱくり。
ひとくち、胃袋におさめた。
「で、ホームズのセリフがどうしたって?」
「せんぱいが、しょーせつネタ、だした」
「まぁ、そうだな」
「マンガもしょーせつも、えーがも、ドラマもみないせんぱいが、ゲームもやらないせんぱいが」
「科学捜査の原点、先駆けになった作品だ。小学校の頃に漫画版を読んだ程度だが、ネタは知っているさ」
「先輩、組織モノとか『保全と多様性のジレンマ』とか『誰もが皆、そちら側に立つに至った背景を持つ』みたいなの、ヘキだったりしない?」
「へ?」
「先輩が好きそうなゲーム知ってるんだけど、プレイしてみない?ハードも貸すからやってみない?書籍が良いなら設定資料集あるよ、来たれ保全サイド沼」
「謹んで辞退申し上げるがひとまず落ち着け」
実は今そのゲームの二次のイベントやってて云々、
だから茶でも飲んで落ち着きなさい云々。
たとえ今守備範囲外でも、読んだのが小学校時代の昔々でも、「先輩も漫画読んでた時代があった」って事実がぐるぐる回って、今頃オンリーイベが開催されてるだろうゲームの原作布教スイッチがオン。
私のスピーチは、私のダレモガヒバナの時みたいに先輩にサラっと聞き流されちゃったとは思うけど、
そのゲームの原案作った人、原作者様が、先輩の故郷と同じ雪国出身って部分だけは、ひとつ、記憶に残してくれた、とは思う。
「ハツカネズミの墓に花束、本来の大きさよりバチクソデカいけどオオアマナの花束、ショットガンを隠したバラの花束に、ブーケっつーより花籠のカタチで贈られてるようにしか見えない某フォルムチェンジアイテムの花束。結構いろんな場面で使われてるのな」
ぶっちゃけ第一印象、「結婚してください」のバラの花束くらいしか思い浮かばなかったわ。
某所在住物書きは「花束」に映画やらゲームやら、他の単語を付け加えて、愛の告白以外の花束使用例を探した。某名探偵の映画は、花束ではなく花嫁らしい。
「哀悼、隠蔽、物語のキーアイテムに、それから?」
他には何があるだろう。物書きはスマホを見続けた。
――――――
2月も残り約3分の2。今日は3連休の最初の日。
本当は、昔々一緒に二次創作で盛り上がってた友達と一緒に、ちっちゃいオンリーイベントに行って聖地巡礼の旅に出て、原作者様の生家がある県まで行こう、ってハナシだったんだけど、
なんか、友達が勤めてる職場でバチクソ面倒なことが急きょ発生したらしくて、延期になっちゃった。
東京から聖地までのキャンセル料とか、連絡とかは、全部友達側がするってすごく謝られたけど、
しゃーないのは、しゃーない。
また今度一緒に行こうって、リアルで泣いちゃってるらしい友達をグルチャでなだめて、
要するに、今日の私は、フリーになった。
何しよう。どこに行こう。
ぶっちゃけ東京は暇つぶしに事欠かない場所だけど、
なにせ、物価が高いし、だいたいお金がかかる。
「100均あたりでウィンドウショッピングでもすれば良い」? だって買いたくなるじゃん(真理)
別のグルチャで確認したら、職場の長い付き合いな先輩が同じくフリーらしくって、
予算5:5想定で、お金と食材少し準備して、
つまり100円の残高と半額大容量サラダだけ持って、先輩のアパートへシェアランチに行った。
今日はポトフの予定。300円でお腹いっぱいポトフとスイーツとお茶楽しめるとかすごい。
結局ここが、イチバン安いし、イチバン気を使わないし、居心地が良いのだ。
ハイグレードな防音防振だからほとんど無音だし。
先輩もあんまり干渉してこないし。
なによりごはんが低糖質。おいしい。
「せんぱーい。おはよー」
もうすぐ朝11時だから、全然朝じゃないけど、
アパートのドアを開けて、リビングに目を向けると、
先輩は、なにやら少し小さめの花束を手に持ってて、
じっと見て、バラみたいな花をひとつプッチリ取って、シーリングライトの照明に当てて、
それの、花びらを、2枚かじって食べた。
先輩いわく、先輩の故郷の雪国は、「エディブルフラワー」なんて言葉が出てくるずっとずっと前から、
花を、食べてきたらしい。
「先輩!それ!?」
「行きつけの茶葉屋から貰った」
「ゼッタイ食用で先輩に渡したんじゃないよ!飾ってほしいんだよ!バンパイアしちゃダメだよ先輩!」
「キャンディーブーケだぞ。食うだろう」
「きゃんでぃー、ぶーけ……」
ほら、お前にも。 近づいて、先輩の手の中のブーケを見る私に、ひとつ青いバラをプッチリ。
貰った青はすごく精巧な飴細工で、透き通ってて、宝石みたいに光ってる。
「キャンディーだ」
ポツリ言って、私も、花びらを2枚かじった。
パキッ、パキリ、ぱりぱり。
「サイダー味だ。おいしい」
とうとう先輩がバンパイアになった。そんな早とちりが、実は飴細工の花束でしたのオチ。
「茶葉屋の近所の和菓子屋が、バレンタインの企画として作った試作だとさ」
私に花束を渡して、先輩が種明かししてくれた。
「お前がこの前、『ここの宝石飴がバチクソ綺麗』と言っていた、あそこだ。今日中に試食を食って、3個の良いところと6個の改善点を見つれば、500円分の割引券をプレゼント、らしいぞ」
せっかくだから、見つけてみろよ。
先輩はそう言って、私から半額大容量サラダを受け取って、キッチンへ。
「3個6個、500円……」
先輩がシェアランチのポトフを作ってくれてる間、私は500円の割引券が欲しくて、
パキリ、パキリ。花束をかじったり、光に当てたり、香りをかいだり、メモを打ったりしまくった。
「歌のタイトル、ドラッグストア等々の店名、某事務所、『笑顔』ということで花言葉、『脳は、嬉しい→笑顔もあるし、笑顔→嬉しくなる』、もある。……まぁ色々あるわな」
そうだ。スマイルマークがロゴのブランドもあるわ。
某所在住物書きはスマホの検索結果を眺めながら、検索先の多さにパックリ。口を開けた。
「漫画は、一括で『ザ・笑顔』っつーより、感動も共感も、その他諸々詰まってるもんな」
検索を終えた物書きは、トレンドの調査へ。どこかの水道管が破裂した今日は、漫画の日らしい。
「……『スマイル』がタイトルに付いてる漫画は?」
漫画の日に漫画のネタを書けないだろうか。物書きは早速検索するが――
――――――
都内某所、某アパートの一室、夜。日付が変わり、時計の長針が最初の周回を、ようやく1回終えた頃。
部屋の主を藤森といい、
何故か、物言う不思議な子狐が餅を売りに来ている。
非現実的だが、気にしてはいけない。
強引な物語進行だが、突っ込んではいけない。
そういうフィクションなのだ。しゃーない。
「きょう、29の日、フクの日!」
葛のツルで編んだカゴには、甘味塩味多種多様な大福餅がズラリ。子狐の住処たる稲荷神社の加護をたっぷり含んで、こころなしか、穏やかな光を、
放っているように見えなくもない、かもしれない。
「おとくいさんにも、福をいっぱい、いっぱい」
どうぞ、たんと買ってください。
子狐コンコン、目を輝かせ、尻尾を最高速のワイパーかサーキュレーターのごとく振り回して、唯一のお得意様たる藤森に、最上級のスマイルを向けている。
「福?」
「稲荷のごりやく、いっぱい振った。ひのよーじん、ごこくほーじょー、しょーばいはんじょー」
「私に五穀豊穣の福が来てもだな……」
「れんあいじょーじゅ」
「恋などしていない。今後する予定も無い」
「あんざんきがん。こだくさん」
「あん、……なんだって?」
運気上昇、武運長久、ビタンビタン。
子狐は稲荷のご利益ゆたかな大福を、一生懸命手作りした可愛らしい大福を、
これがフクハウチ大福、これがフグノショッパイ大福と、誇らしげに、小ちゃい前足おててで。
「私は事務職だ」
藤森が少々申し訳無さそうに言った。
「それほど多く、糖質を必要としない。お前が望むほど多くの大福は買ってやれない」
すると子狐コンコン、キラキラした目を更に輝かせ、満開のスマイルで藤森に返した。
「おヨメさんおムコさんにも、おすそわけどーぞ」
「待て。誰がお嫁さんお婿さんだ」
「キツネしってる。おとくいさんのコーハイさんとシンユーさん、おとくいさんのおヨメさんおムコさん」
「私の後輩は私の嫁でも婿でもないし、そもそも恋人ですらない。だいいち親友の宇曽野は妻子持ちだ」
「キツネうそいわない。キツネ、ぜんぶしってる」
「あのな子狐……?」
この子狐、はたして「恋」と「恋人」と「結婚」と、「嫁婿」の概念をちゃんと理解しているのだろうか。
向けられている笑顔に対して、藤森は少々困り顔。
しかしながら、不思議な稲荷神社在住の、不思議な子狐が、今日のために頑張って作った大福である。
嫁婿どうこうを抜きにして、週末の職場の休憩時間、いつも一緒に飯を食っている後輩におすそ分けしてやっても、まぁまぁ、良いかもしれない。
「……とりあえず、イチゴとミカンとあんクリームと、それからチーズの大福、1個ずつ貰おうか」
しめて税込み800円。藤森はコインケースを確認して、100円玉が1枚足りないことに気付き、
小さく優しいため息をついて、マネークリップから野口英世を1枚引き抜いた。
「釣りはいい。少しだが、お前にも福のお駄賃を」
子狐は野口1枚受け取ると、200円の小さな紅白大福を嬉々として差し出したが、
意味するところを知る藤森、紅白を丁寧に辞退して、代わりに豆大福をひとつ、オーダーに追加した。
大福はその日の昼休憩、後輩と親友に2個ずつ提供され、大好評だったとさ。 おしまい、おしまい。
「『呟きックスにもイン◯タにも、ティック◯ックにも投稿できないこと』なのか、『この出版社以外、あるいはこの作家以外、どこにも誰にも書けない文章』なのか。少なくとも2通りの解釈は可能よな」
俺としては第一印象、前者だったが。某所在住物書きはマイナー系SNSアプリのタイムラインを眺めつつ、その投稿内容に共感をポチポチ。
ゆるい繋がりをコンセプトとするそこは、繋がり過ぎないゆえに、まさしく「どこにも書けない悩み」が複数。 世間はなかなか、せちがらい。
「『どこにも書けない悩み』を繋がり過ぎるSNSで書いちまうから崩れる、って関係、結構多い説……」
まぁ、俺も、思い当たるけど。
物書きは小さく首を振り、アプリを閉じた。
――――――
最近最近の都内某所、いつもの投稿分とは舞台の違う、比較的閑静な住宅街、夜。
宇曽野という30代後半の既婚が、己の職場の人事担当同士で共有しているグループチャットに、別部署の人間ながら参加している。
発言はせず、見ているだけ。誰も宇曽野がグループに紛れ込んでいることに疑問を呈さない。
メンバーはただ、新年度4月1日初日から採用予定の中途採用10名を決めるべく、
その10枠に対して殺到した履歴書データ53件を共有し、誰を落とすか誰の履歴書が特徴的か、中途採用枠と新人採用枠双方に履歴書を送付したのは何人居たか等々、議論している。
特に発言が多いのは、リーク好きで知られる陸須木。
多くの職場を経験し、人脈も広く、ゴシップ調査に余念の無い陸須木は、
そいつはともかく物覚えが悪いらしい、あいつは昔一緒に仕事をしたことがある、
人材派遣会社で一緒だった奴の話だと、こいつは過去二度デカいミスをしたらしい等々と、
彼以外誰にも知り得ないことを暴露し、
彼以外どこにも書けないことを書いている。
人事関係者には「陸須木砲」として有名だとか。
「ビデオチャットじゃないの?」
父の秘密会合への潜入を察知して、一人娘が宇曽野の座るソファーを訪れた。
「それだと、隠れて酒が飲めないだろう」
多分2〜3人、今頃スマホの前で酔いつぶれてるぞ。宇曽野は即座にスマホを伏せて、娘の目から画面を隠し、かわりに己の食べていた酒のつまみを、その袋の中身を小皿に分けて、差し出した。
「仕事中にお酒飲んでるの?ダメじゃない?」
「そもそも、こういう隠れた場所で、営業時間外に、あいつダメこいつダメと陰口言って、それで採用落とすか落とさないか決まるの、どう思う」
「あんまり良くないと思う」
「じゃあ、お前はそういう大人にはなるなよ」
「この人たちも、父さん、父さんの実家のひいじいちゃんにチクるの?炎上させて辞めさせるの?」
「役に立つ間は泳がせる」
「どこかの組織の情報部みたい」
「どこにも書くなよ?『私の父さんの実家が父さんの職場のトップ』とか?」
「そう言うとなんかチート系小説。安っぽい」
おやすみ、 おやすみ。
双方が双方に夜の挨拶を交わし、父はそのまま、娘は炭酸飲料と小皿を手に自分の部屋へ。
「……おっ。やはり応募してきたか」
再度スマホを眺め、数分の未読をスワイプしていた宇曽野の目に、1名、彼のよく知る名前を記した履歴書の画像が、彼の予想通りに。
リーク大好き陸須木の評価は上々。書類選考を突破し、一次面接へ通したようであった。
宇曽野が反応した履歴書は、名前を加元という。
宇曽野の親友、藤森に狙いを定めてその心を奪ったのが9年前、自分から藤森に恋したくせに、SNSでボロクソにディスってその心魂を壊したのが8年前。
加元から離れた藤森を追って、職場にまで押し掛けてきたのが、丁度、去年。
去年の11月、藤森が加元を正式にフッて、それでこの恋愛トラブルは終了、と思われていたのだが。
「せっかく縁が切れたんだから、藤森に執着しないでとっとと次の恋に行けよ……」
あんまり店に押し掛け過ぎて、迷惑千万だったため、客として出禁を食らっていた筈の加元。
しかし職場がバレている以上、執着の強い加元は、客ではなく従業員として、自分と藤森の職場に潜り込もうとしてくるかもしれない。
そう予測して、数ヶ月前から始めていた、人事担当グループチャットの覗き見。
予測は的中し、藤森の元恋人は行動を開始した。
「今年も、騒がしくなるな」
ハァ。 宇曽野はため息をひとつ吐き、その息と声はどこにも届かず、誰と共有されることもなかった。