かたいなか

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「歌のタイトル、ドラッグストア等々の店名、某事務所、『笑顔』ということで花言葉、『脳は、嬉しい→笑顔もあるし、笑顔→嬉しくなる』、もある。……まぁ色々あるわな」
そうだ。スマイルマークがロゴのブランドもあるわ。
某所在住物書きはスマホの検索結果を眺めながら、検索先の多さにパックリ。口を開けた。

「漫画は、一括で『ザ・笑顔』っつーより、感動も共感も、その他諸々詰まってるもんな」
検索を終えた物書きは、トレンドの調査へ。どこかの水道管が破裂した今日は、漫画の日らしい。
「……『スマイル』がタイトルに付いてる漫画は?」
漫画の日に漫画のネタを書けないだろうか。物書きは早速検索するが――

――――――

都内某所、某アパートの一室、夜。日付が変わり、時計の長針が最初の周回を、ようやく1回終えた頃。
部屋の主を藤森といい、
何故か、物言う不思議な子狐が餅を売りに来ている。
非現実的だが、気にしてはいけない。
強引な物語進行だが、突っ込んではいけない。
そういうフィクションなのだ。しゃーない。

「きょう、29の日、フクの日!」
葛のツルで編んだカゴには、甘味塩味多種多様な大福餅がズラリ。子狐の住処たる稲荷神社の加護をたっぷり含んで、こころなしか、穏やかな光を、
放っているように見えなくもない、かもしれない。
「おとくいさんにも、福をいっぱい、いっぱい」
どうぞ、たんと買ってください。
子狐コンコン、目を輝かせ、尻尾を最高速のワイパーかサーキュレーターのごとく振り回して、唯一のお得意様たる藤森に、最上級のスマイルを向けている。

「福?」
「稲荷のごりやく、いっぱい振った。ひのよーじん、ごこくほーじょー、しょーばいはんじょー」
「私に五穀豊穣の福が来てもだな……」

「れんあいじょーじゅ」
「恋などしていない。今後する予定も無い」
「あんざんきがん。こだくさん」
「あん、……なんだって?」

運気上昇、武運長久、ビタンビタン。
子狐は稲荷のご利益ゆたかな大福を、一生懸命手作りした可愛らしい大福を、
これがフクハウチ大福、これがフグノショッパイ大福と、誇らしげに、小ちゃい前足おててで。

「私は事務職だ」
藤森が少々申し訳無さそうに言った。
「それほど多く、糖質を必要としない。お前が望むほど多くの大福は買ってやれない」
すると子狐コンコン、キラキラした目を更に輝かせ、満開のスマイルで藤森に返した。
「おヨメさんおムコさんにも、おすそわけどーぞ」

「待て。誰がお嫁さんお婿さんだ」
「キツネしってる。おとくいさんのコーハイさんとシンユーさん、おとくいさんのおヨメさんおムコさん」
「私の後輩は私の嫁でも婿でもないし、そもそも恋人ですらない。だいいち親友の宇曽野は妻子持ちだ」
「キツネうそいわない。キツネ、ぜんぶしってる」
「あのな子狐……?」

この子狐、はたして「恋」と「恋人」と「結婚」と、「嫁婿」の概念をちゃんと理解しているのだろうか。
向けられている笑顔に対して、藤森は少々困り顔。
しかしながら、不思議な稲荷神社在住の、不思議な子狐が、今日のために頑張って作った大福である。
嫁婿どうこうを抜きにして、週末の職場の休憩時間、いつも一緒に飯を食っている後輩におすそ分けしてやっても、まぁまぁ、良いかもしれない。

「……とりあえず、イチゴとミカンとあんクリームと、それからチーズの大福、1個ずつ貰おうか」
しめて税込み800円。藤森はコインケースを確認して、100円玉が1枚足りないことに気付き、
小さく優しいため息をついて、マネークリップから野口英世を1枚引き抜いた。
「釣りはいい。少しだが、お前にも福のお駄賃を」

子狐は野口1枚受け取ると、200円の小さな紅白大福を嬉々として差し出したが、
意味するところを知る藤森、紅白を丁寧に辞退して、代わりに豆大福をひとつ、オーダーに追加した。
大福はその日の昼休憩、後輩と親友に2個ずつ提供され、大好評だったとさ。 おしまい、おしまい。

2/9/2024, 3:17:59 AM