andy

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5/23/2025, 9:08:43 AM

〈昨日と違うわたし〉

 昨日のわたしはひどかった。きみに踊らされて、滑稽だった。きみに言われたひどい言葉も、きみの冷たい眼差しも、すべて受け止めた気になっていた。悲観したわたしは風呂も入らず、横になって、泣いていた。涙がただただ溢れてきて、あっというまに身体中の水分が足りなくなった。がんがんとひどい頭痛がおそい、代わりに涙は引っ込んだ。ああ、と思った。これでよかったんだろうか。
 一昨日のわたしは、もう少し明るい気分でいられた。カフェでコーヒーを飲みながら、なんでもない話をした。あのとき、きみも笑ってくれていたと思う。いつのまにか声が大きくなっていて、店主に声をかけられ、二人で目を見合わせて苦笑いしたのも、思い出の一つだ。
 今日のわたしはどうだろう。特に何もしないまま、だらだらと過ごしてしまっている。何か、変わっただろうか。これから、何か変わるだろうか。

4/19/2025, 1:11:57 AM

〈物語の始まり〉

 物語の始まりはいつも春だ。新学期。見慣れない教室に、緊張した顔ぶれが並ぶ。知り合い同士がこそこそと話している程度で、静かな空間だ。窓際の席で良かったと僕は思った。外の景色を見ていれば、目のやり場に困らないからだ。喋りかけようか、どうしようか、お互いにぎこちなく距離を図っているやつらから、少し目を離して、ぼうっと校庭を見た。グラウンドの向こうに桜が咲いていた。春だ。

4/13/2025, 10:19:46 AM

〈ひとひら〉

 やっと桜が咲いた。今年は気温がなかなか上がらず、春らしい陽気もこの頃になってやっと感じられるようになってきた。ごおっと強い風が吹き、思わず目を閉じる。薄ピンクの花びらがもう風に流されて散っている。なんと儚いものだ。桜の見頃は一瞬だ。君の方を見ると、頭にひとひらの花びらがくっついていた。

3/11/2025, 11:44:13 AM

〈星〉

 ふたりで星を見上げていた。静寂。息を潜めて星を探す。「あ、あれ」右の空を指す。ふっと吐いた息が白い。
「え?」
 近づいてくるきみの髪の毛がくすぐったい。
「あれ、あの三つ並んだ星があるでしょ」
 夜空を指でなぞると、もう片方の手をきみがぎゅっと握りしめた。僕はどきっとして、視線を移した。きみは表情を変えず、空を眺めている。
「どれかわからないなぁ」
 歌うようにきみが呟く。
「見つける気がないでしょ? 手を繋ぎたかっただけで」と僕が繋いだ手をわざとらしくぶんぶんと振ると、きみはにこっと笑って僕を見た。
「ばれた?」
 ははは、ときみが歯を見せて笑う。

3/7/2025, 11:53:34 AM

〈ラララ〉

 目を開くと、そこは一面の向日葵。一面の向日葵。そして、じりじりとした夏の陽。Tシャツが汗で張り付く不快感と、むせ返るような土と花の匂い。耳を澄ますと蜂の羽音が聞こえる。一面の向日葵。額の汗を拭いながら、ああ、暑いと呟く。向日葵は太陽の方を向きながら、ぐりんと首を回すので少し怖い。茶色のぎっしり詰まった種のところも、綺麗に並んでいて不気味だ。僕はあまり向日葵が好きではなかった。向日葵畑は一つの観光名所になっているようで、時々、道端に車を停めわざわざ降りて、写真を撮るような家族やカップルもいた。窓の開いた車のカーステレオからラララと伸びやかな声が聞こえてくる。自分たちの世界に入り込んでいる男女が、向日葵畑に突っ立っているこちらに気づかずに写真を数枚撮り、満足げに車に乗り込んで行った。

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