あなたは特別な存在、と彼に告げる。同じように返してほしいのだけど、彼は「ありがとう」と答えるだけだ。
しびれを切らして、「ほれ、ほれ」と手を動かして催促をする。彼はそれを察して「ああ」と言い、続けた。
「君は、特々別な存在」
「なんか、お得感があるんだけど」と不満を口にしたけれど、
「そりゃあ、君に出逢えた人生だもの、めっちゃ得してるよ」と言うので、悪い気はしなかった。
うまく丸め込まれてる気がするけれど。
小説家は原稿を書き上げると、妻に読んでもらうことにしている。
「バカみたいな話だね」
と妻が言ったときは、売れるとき。
「いい話だね」
と言ったときは、売れないとき。
最近は、いい話しか書けていない。
「シェフの胸の高鳴りサラダでございます」
とウェイターが前菜のサラダを持ってきた。気まぐれじゃないそのサラダを食べると、確かに、シェフの胸の高鳴りを感じた。
「胸が高まるサラダですね」
と、ウェイターに告げると、
「シェフの娘さんの、出産予定日なんです」とウェイターは答えながら、スープを置いた。
「シェフの胸の高鳴りスープでございます」
きっとデザートまで、高鳴り続けるに違いない。
停電が長引いている。明るいうちに復旧する見込みが、夜までずれ込んだ。暇なのでもう寝ようかと思っていたとき、玄関のチャイムが鳴った。
「これ、おすそ分け。いる?」
お隣さんが、両腕に溢れんばかりの星を抱えている。
「ありがとうございます!」
と、それを受け取り部屋に戻ると、たちまち部屋は明るくなった。一つでじゅうぶんなので、他の星は空に投げる。空が瞬くと、誰もが窓から顔を出した。
電気のいらない夜だ。
彼の瞳の奥には、湖がある。
ときおり、その水面を魚がジャンプしたりする。
それを見ていると、なんとも安らかな気持ちに、わたしは、なる。
でも彼の瞳に、わたしは映っていない。