気付けば二人分の食事を作っている。
食器や歯ブラシ、様々な物がそのまま置き去りになっている。
歩く時、同じように歩幅を合わせようと、少しゆっくりになる。
好きだったテレビ番組を、ソファ一人分空けて見ている。
今日の出来事を、思わず語りかけるように話してしまいそうになる。
夜、ないはずの温もりを、隣に探している。
『忘れたくても忘れられない』
カーテンの隙間から射し込む、朝のやわらかな光で目が覚めた。
ぼんやりした頭で横を向くと、肩に君の頭がもたれかかっていた。
あぁ、そうか。
昨夜は君と二人で飲んで、ソファに座ったまま気付かぬうちに寝てしまったのか。
週末の仕事帰り。「明日休みだし、今からうちで飲もーよ!」と、こちらのことをなんとも思ってないからこそ、気軽に誘ってくる君。
おいおい、一応俺だって男なんだ。襲われたって文句は言えないぞ。とは思うものの、君のことを大切に想っているから、絶対にそんなことはしないのだが。そして君も、そんなことはしないって俺を信頼してくれているからこそ、こうして誘ってくれているのだろうが。
それが、嬉しくて、でも、少し寂しい。
そうして結局二人で君の家で飲んで、こうして何事もなく平和に朝を迎えたのだ。
君はまだ眠っている。幸せそうな顔をして、一体どんな夢を見ているのだろう。
この射し込んでくるやわらかな光のような、明るく、そして優しく俺を照らす君の存在。
もたれかかる右側の温もりが心地良くて、まだしばらくこのままの関係でいいかと、俺もまた幸せな気持ちで再び目を閉じた。
『やわらかな光』
真っ直ぐ見つめてくるその刺すような鋭い眼差しが、私の心ごと射止めてきて、とても苦しい。
それでもこっちを見てほしい。その危険な香りとどこか悲しさを纏った瞳で、私のことを見ていてほしい。
近付いてはいけないのはわかっていた。
あなたのその瞳が怯えたようにこちらを見ていた。ずっと見ていたくて近付き過ぎた。そして私は殺された。
あの一瞬、安心した表情を浮かべた。それがもしあなたの本心だったのなら、それでもいい。私がいない世界でなら笑うことができるなら、その世界で幸せになってほしい。
死んでも忘れない。
研ぎ澄まされた細い刃のような、とても痛々しい、全てを貫こうと見つめてきた。私の心を捉えて離さないあの眼差し。
『鋭い眼差し』
高く高く、上を目指して登り続けた。
気付けば、誰も手が届かないような場所にいた。
誰も自分には敵わない。ここにいるのは自分だけ。
下は見えない。もう誰も見えない。
横を見ても誰の顔も合わせられない。気軽に声をかけてくれる人も。誰もいなくて。
たった一人。ここは、寂しい。
頂点へ辿り着いた代わりに、仲間を見失った。
『高く高く』
どうして、いつからか、上手くできなくなってしまうんだろう。
素直に楽しんだり、喜んだり、怒ったり、悲しんだりすることが。
空気を読んで、社会を円滑に回す為に、仮面を被って生きている。
本当は、子供のように、誰かに甘えてみたい。わがままを言って、困らせたりしてみたい。
全力で好きなことを楽しんで笑いたい。
理不尽には怒って、嬉しいことがあれば純粋に喜びたい。
大声を上げて、人目を気にせずに泣き出したい。
いつしかできなくなってしまったこと。また、子供のように、してみたい。ただの夢でしかないけれど。
『子供のように』