あの日、黄金色に輝く花畑で、君を見失った。
背が高い向日葵の間を駆け抜けていく。
僕はそんな君を必死に追いかける。
向日葵と向日葵の影に紛れて、君はどこまでも行ってしまった。
笑いながら遠ざかった声がいつしか聞こえなくなって、君の姿を全く見つけられなくて。本格的にまずいことになったと、たくさんの大人達が慌てる姿を見て、ようやく気付いて震えた。
そしてそのまま、今でも君に出会えていない。あの背の高い向日葵が並ぶその隙間に、君を奪われてしまった。
あの日、黄金色に輝く花畑で、君を見失った。
未だに消えたあの後ろ姿を忘れられずにいる。
『花畑』
雨が降る。号泣でもしているかのように。
でも、空よりもずっと私の方が泣きたい。
どれだけ頑張っても報われない。なんでこんなに大変な目に遭わないといけないの。たいした見返りもないのに。もう疲れた。死にたい。死んで楽になりたい。楽しいことすら楽しくできない。辛い。
涙の一つも出ない。上手く泣けない。ただ辛いという気持ちだけが降り積もる。
私も空みたいに、こんな風におもいきり泣きたいのに。
『空が泣く』
スマホを開き、時間を確認する。
あぁ、もう深夜だ。今日もこんな時間になってしまった。
なんとか仕事を終え、日付が変わる頃にようやく帰れる毎日。終電に飛び込んで空席に座ると、振り返り、窓から外に視線を移した。見上げた空はすっかり深い闇色に染まっている。
今日、何か変わったことがあったかと聞かれても、答えは決まっている。「何もない」
毎日この繰り返し。ただ、朝起きて、仕事をして、家に帰って、眠るだけ。
小さな溜息を一つ吐いて瞼を閉じる。
うとうとしながらしばらく終電に揺られていた。遠くから聞こえる家の最寄り駅のアナウンス――……やばい、降りる駅だ!
慌てて立ち上がるが時既に遅く、無情にもドアは音を立てて閉じてしまった。肩を落として「ついてねぇ……」と力なく呟く。
やってしまった。まったく最悪だ。毎日楽しいと思えることもなく、何の為に生きてるのかさえ本当にわからない。
楽しいって何だった?
そんなことが頭をよぎった瞬間。終電で寝過ごしてしまい遅くなった俺に「お疲れ様」と優しく笑ったあの顔を思い出しかけて、慌てて首を左右に振った。
とにかく早く家へ帰ろう。隣駅でも歩いて帰れる距離だ。それに、明日は休みだ。遅くまでゆっくり眠ろう。
やっとの思いで家に辿り着くと、すぐさまベッドに倒れ込んだ。
このまま何をする元気もなく眠りについて、また朝がやって来る。そんな生活にも慣れた。これが俺に見合った、当然の生活。
そうしてやはりいつの間にか眠っていたところを、突然、LINEの通知音に起こされた。
それはいつもと違う出来事だった。
「何だよこんな時間に……」
スマホに手を伸ばした。寝惚けた頭で、何も考えずにLINEを開く。
次の瞬間には眠気なんて吹き飛んでいた。
『元気? 今何してるの?』
たったそれだけの、君からのLINE。大切だった――大切な、人。その一言だけなのに、あの笑顔が鮮明に浮かんでくる。
言葉にならない気持ちが、心の中で渦を巻く。返事もできずに、俺はスマホの電源を落とした。
一日の終わりに、くだらない日常をぶち壊すような、たった一言の何でもないLINE。
君にとっては単なる気まぐれで、明日になれば君は俺にLINEをしたことすら忘れるのかもしれない。それでも、それは俺にとってとても大事なことだったんだと。君は思いもよらないだろう?
あの日から止まったまま動き出せずにいた。凍てついた心は、まるで同じ時を繰り返しているように感じていた。
そんないつもの何も変わらないはずの日々を、こんな風にいとも簡単にひっくり返してしまう。
決して昔に戻ったわけではない。それでもこんな短いLINEで、君は俺の心を乱す。俺を動かすんだ。
また朝を迎えて目を開ければいつもの日常。
――いや。俺の時は動き出した。もう止められない。
ジャケットを羽織る。靴を履いて、家を飛び出す。
『元気?』
元気じゃないよ、君がいないと。
『今何してるの?』
君がいないつまらない毎日を送ってる。だから、今、俺は――、
俺は、君のところへ向かって走り出した。
『君からのLINE』
命が燃え尽きるまで、私はこの光を失わない。最期の最期の時まで、みんなを照らすよう輝き続ける。
どんなものにだって終わりはある。輝きは徐々に衰えて、暗く、赤くなっている。
それでも最期のその瞬間まで、私は生きているんだと、その証明を、見せつけるように輝く。
何千万・何億年と、その命を喪うまで。闇を照らすよう、広大なこの宇宙で。
『命が燃え尽きるまで』
空が徐々に白んで、夜が明けようとしている。
この時間が好きで、目覚めた私はその様を目に焼き付ける。
夜明け前が一番暗い。という言葉がある。
まぁそれはこの風景の話ではなく、心の苦しみの話だけど。
苦しみだって、この明けようとしている瞬間はそんなでもなく、こうやって少しずつ光明が見えているはずだと思う。
光に手を伸ばす。
もうじき朝がやって来る。
『夜明け前』