川柳えむ

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 スマホを開き、時間を確認する。
 あぁ、もう深夜だ。今日もこんな時間になってしまった。
 なんとか仕事を終え、日付が変わる頃にようやく帰れる毎日。終電に飛び込んで空席に座ると、振り返り、窓から外に視線を移した。見上げた空はすっかり深い闇色に染まっている。
 今日、何か変わったことがあったかと聞かれても、答えは決まっている。「何もない」
 毎日この繰り返し。ただ、朝起きて、仕事をして、家に帰って、眠るだけ。
 小さな溜息を一つ吐いて瞼を閉じる。
 うとうとしながらしばらく終電に揺られていた。遠くから聞こえる家の最寄り駅のアナウンス――……やばい、降りる駅だ!
 慌てて立ち上がるが時既に遅く、無情にもドアは音を立てて閉じてしまった。肩を落として「ついてねぇ……」と力なく呟く。
 やってしまった。まったく最悪だ。毎日楽しいと思えることもなく、何の為に生きてるのかさえ本当にわからない。
 楽しいって何だった?
 そんなことが頭をよぎった瞬間。終電で寝過ごしてしまい遅くなった俺に「お疲れ様」と優しく笑ったあの顔を思い出しかけて、慌てて首を左右に振った。
 とにかく早く家へ帰ろう。隣駅でも歩いて帰れる距離だ。それに、明日は休みだ。遅くまでゆっくり眠ろう。

 やっとの思いで家に辿り着くと、すぐさまベッドに倒れ込んだ。
 このまま何をする元気もなく眠りについて、また朝がやって来る。そんな生活にも慣れた。これが俺に見合った、当然の生活。
 そうしてやはりいつの間にか眠っていたところを、突然、LINEの通知音に起こされた。
 それはいつもと違う出来事だった。
「何だよこんな時間に……」
 スマホに手を伸ばした。寝惚けた頭で、何も考えずにLINEを開く。
 次の瞬間には眠気なんて吹き飛んでいた。
『元気? 今何してるの?』
 たったそれだけの、君からのLINE。大切だった――大切な、人。その一言だけなのに、あの笑顔が鮮明に浮かんでくる。
 言葉にならない気持ちが、心の中で渦を巻く。返事もできずに、俺はスマホの電源を落とした。
 一日の終わりに、くだらない日常をぶち壊すような、たった一言の何でもないLINE。
 君にとっては単なる気まぐれで、明日になれば君は俺にLINEをしたことすら忘れるのかもしれない。それでも、それは俺にとってとても大事なことだったんだと。君は思いもよらないだろう?
 あの日から止まったまま動き出せずにいた。凍てついた心は、まるで同じ時を繰り返しているように感じていた。
 そんないつもの何も変わらないはずの日々を、こんな風にいとも簡単にひっくり返してしまう。
 決して昔に戻ったわけではない。それでもこんな短いLINEで、君は俺の心を乱す。俺を動かすんだ。

 また朝を迎えて目を開ければいつもの日常。
 ――いや。俺の時は動き出した。もう止められない。
 ジャケットを羽織る。靴を履いて、家を飛び出す。

『元気?』
 元気じゃないよ、君がいないと。
『今何してるの?』
 君がいないつまらない毎日を送ってる。だから、今、俺は――、

 俺は、君のところへ向かって走り出した。


『君からのLINE』

9/15/2023, 10:19:37 AM