アシロ

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2/26/2025, 1:18:30 PM

四月一日
初めに記しておくが、世間はエイプリルフールで盛り上がっていることだろうがこの記録に嘘や虚実、虚言は一切含まれていない。事実だけを書き記すと明言しておく。
とはいえ、これはただの趣味の延長線。なので極めて個人的なものに過ぎないということも、先んじて明記する。
今日手に入れた新しいペットは初めて飼う種なので、今後あれと共に生活していくために色々と模索を重ねる日々となるであろう。後の自分のためにも、観察日記のようなものを書かねばとこうして筆を執っている。
ペットというからには名前をつけてやるべきなのだろうか。しかし、あれはペットであると同時に観察対象でもある。変に情が湧いても厄介だ。どうするべきか。
何が好物なのか見当もつかなかったが、とりあえず今日は自分が食べていた食パンを半分目の前に置いてやった。あれは最初は怯えた様子を見せながらも、空腹には耐えられなかったのか両手を使い器用に食パンを口に運んでいた。どうやら食パンは食べることが出来るらしい。暫くはジャムやらマーガリンやら、食パンの味を変えるものを添えて好みを探るのもいいかもしれない。

四月五日
食パンに様々な味のジャムやらマーガリンやらを塗りたくって数日検証してみた。結論としてはどの味の食パンも胃に収めたが、特に苺のジャムに対しての反応が顕著だったように思う。他の味と比べて食パンへ手を伸ばすまでの時間がおよそ0.5秒ほど早かった点と、それに反比例するように食事にかかった時間は他のものよりも約2分程度長かった。食事をしている様子をまじまじと観察してみたところ、咀嚼の回数も他と比べて多いことがわかった。好物を味わって食べていたのであろう、という推測へと至る。次からは食べさせるものを果物へと変えてみようと思う。

四月十一日
苺、オレンジ、バナナ、葡萄、林檎などの果物を日毎に変えて食べさせてみた。やはり苺は好物なのか、一番量を消費した。しかしそれ以外の果物は、一日三食のうち良ければ二食、酷いと一食しか食べない時もあった。ジャムの時点で見当はついていたものの、果物だったら何でもいいというわけではなく、ある程度好き嫌いという概念が存在しているのだとわかる。しかしそれも誤差の範囲で収まっていると言えよう。今度は逆に、好物ではなく食べることが出来ないものを明らかにしていこうと思う。

四月十二日
生きた虫を食事の皿に乗せ差し出してやったら、キィキィ叫びながら皿から距離を取ろうと必死になっていた。明らかな拒絶の意思であった。一応念のため丸一日かけて様子を見たが、一口も食べないどころか皿に近付く気配すらなかった。どうやら虫はお気に召さなかったらしい。人間でも好んで虫を食べる奴らが居るというのに、あれは舌が肥えているのだろうか?身体の方は肥えているというよりも逆に痩せぎすなわけだが。

四月十三日
今日は好物の苺をやろうと皿を持ってあれの元へ向かったのだが、皿を持った自分の姿を見つけるとまだ距離が開いているというのにあれは恐れ怯えるように鳴き叫び、両手をブンブンと振り回して威嚇を始めてしまい、残念ながら近寄ることすら許してもらえなかった。せめて水だけでも、と水入れにミネラルウォーターを入れ傍へ置いておいたが、飲んだような痕跡は見当たらなかった。昨日のことがトラウマにでもなってしまったのだろうか?だとしたら悪いことをした。明日からは一旦生野菜で様子を見ていこうと思う。

四月十六日
生野菜での実験は、虫よりは上、果物よりは下、といった成果であろうか。とても好んで食べているという感じではなかったが、虫よりはマシだと踏んだのか単に空腹に耐えられなかったのか。無表情でただ義務的に口にしている、といった印象を受けた。ちなみに、この実験に移行した初日はまだ虫事件のことで警戒を顕わにしており、近付くのに苦労をした。やはり余程のトラウマになってしまったと見える。しかし心の傷なんてものは自分には治す術などないので、そこはあれ自身で傷を癒し克服してもらうよりほかない。心の傷というものは、どんな生物にとっても厄介極まりないものなのだという知見を得た。

四月二十日
警察が来た。何でも、近所で若い女性が行方不明になったのだとか。この辺りも物騒になったものだ。
玄関のチャイムにあれが激しく反応したため、玄関へ向かう前にあれを捕らえてしばらく地下室に閉じ込めておいた。真っ暗で何も聞こえない場所に居れば少しは興奮も収まるだろう、と。
途中で一度地下室の扉を開け聞き耳を立ててみたら、啜り泣くようなか細く弱々しい鳴き声が聞こえてきた。居眠りでもして怖い夢でも見たのだろうか?そもそもあれは夢を見るのだろうか?

四月二十一日
あれを地下室から出してやり、好物の苺を皿に乗せ渡してやったのだが、一つだけ食んでそれでおしまいだった。食欲がない?体調が悪いのだろうか?
そういえば、あれをこの家に連れてきてから風呂に入れてやったことがなかった。最近少し饐えた匂いを感じるようになってきたし、もしかしたらあれもそれが気になって食欲がないのかもしれない。明日は風呂に入れてやろう。

四月二十二日
あれは驚くほど抵抗した。虫を出した時と同等かそれ以上に。喚き声も今までの比ではないほどの喧しさだった。ただ風呂に入るだけだというのに。猫でももう少し大人しく風呂に入れられることだろう。風呂場へ引きずっていく途中で片手に思いっきり噛み付かれたので、思わず腹を加減無しに蹴ってしまった。そしたら丁度よくぐったりしたので、その間に手際よく風呂を済ませてやった。
風呂から上がった後も相変わらずぐったりしたままだが、清潔になったことだし少しでも食欲が戻ったことを期待し、苺を大量に乗せた皿を横たわったあれの隣に置いておいた。

四月二十四日
また警察が来た。何度も何度も鬱陶しい。近所で何件も通報があっただの、行方不明の女について本当に何も知らないのかと詰問されたりだの。一体何故自分が通報など受けねばならないというのか。行方不明の女に関しても自分は全く情報など持っていないというのに。
自分はただ、その辺に転がっていた生物を持って帰ってきただけだ。そして、それをペットとし世話をし躾をしてきただけだ。それの何がいけないと言うのか。
そもそも、だ。人間を“人間”というカテゴリーで一纏めにすることに何の意味があるのか。自分以外の人間は生物学上確かに“人間”に属する種であるのだろうが、“人間”であるよりも前の前提として“生物”である。自分以外の人間は総じて、“己とは何もかもが異なる未知の生物”だ。未知への探求は人類の生活をより豊かにしていく。自分はそのための手助けをしているに過ぎない。悪いことなど何一つしていない。警察にだって神にだって仏にだって胸を張って宣言出来る。自分は人間の役に立っているのだ、と。
ああ、結局あれに名前をつけるかどうするか、悩んだままであった。でも、もう今更どうでもいいだろう。あれに名を付けたら、“人間”として認識したら、そのまま自分は怒りに任せてあれを殺してしまうかもしれないからだ。そんな悪いことをしては、自分は罪人になってしまうではないか。せっかくいい研究対象を捕獲出来たのだ。これからもこの未知なる生物についてより深く解明していかなければ。



 ──行方不明女性拉致監禁事件の容疑者が残した日記より抜粋。

2/23/2025, 1:20:00 PM

まばたき一つで
ほら、不思議
運命の糸がするりと絡まる幻が視えた

2/20/2025, 9:00:33 AM

 鏡の自分に向かって「お前は誰だ」と問い掛け続けると精神が崩壊する──そんな都市伝説、一回ぐらいは聞いたことあるでしょ?
 それをすることで、だんだん自分のことが誰だかわからなくなってきて、目の前にある顔が自分のモノだと認識出来なくなって、まさに「お前は誰だ」状態になって、精神に異常をきたす······と。
 今日はね、私がこの都市伝説の秘密を教えてあげる。真実がどうなのか、教えてあげる。
 実はこれ、真っ赤な嘘なんだよ。仮にこれを実行したって、精神崩壊には至らないんだよ。
 でも、代わりに。その代償に。大切なものを失うことにはなるかもね?
 みんなは気付いてないのかもだけど、「お前は誰だ」って鏡の自分に言っているその間、鏡の中の自分も「お前は誰だ」って、鏡越しにあなたに問い掛け続けてるんだよ? そして、こうも思ってる。「お前は自分だ」ってね。
 鏡越しに、いつだって隙を狙っている。いつだって目を光らせている。「いつ境界を超えてやろうか」って。
 私が言いたいこと、わかったかな? この都市伝説は精神が壊れてしまう、なんて結末じゃない。そんな生優しいものなんかじゃない。「お前は誰だ」とあなたが繰り返したら繰り返すだけ、鏡の向こうの“あなた”は「お前は自分だ」「だから早くその体を寄越せ」って、餌を前にして待てを命じられた犬のように、今にも涎を垂らしそうな気持ちであなたのことをジッと見ているんだ。精神が壊れるんじゃなくて、「あなただったもの」が壊れてなくなるの。そしてぽっかり空いたその場所に、何食わぬ顔をして鏡の中のあなたがピタリと収納される。これで晴れて乗っ取りの完成となり、鏡の向こうのあなたはハッピーエンド!
 ······え? 信じられない、って? そんな話聞いたことない? デタラメを言うな?
 デタラメなんかじゃないのになぁ。だって実際、私はこの体を乗っ取ることに成功したわけだし。鏡の世界ではみんなこの話、知ってるよ?
 それでもまだ信じられないって言うのなら······あなた自身で、試してみれば? なんてね!

2/16/2025, 4:21:44 PM

自分のことを好きになれなければ他人から好かれるわけもない、とか
簡単に言ってくれるよね、こっちは必死に生きてるのに。って愚痴ったら
んー、と君は考えるような仕草をして
余計なことで悩まなくてもいいんじゃない?
とりあえず確実に僕は君のことが好きなんだから、なんて
真面目な顔で伝えてくれたこと
冷静に考えたら幸せの過剰摂取だし、そのまま世界がフリーズして君の愛に溺れて死ぬのも悪くなかったかも。なんてね

2/15/2025, 5:06:55 PM

※先月ぐらいに書いた不穏双子姉妹百合の続き。



 ······ずっと、暗闇の世界に閉じ込められていた気がする。
 寒くて、冷たくて、凍えそうなその真っ暗闇と私は同化し、一体化していた。まるで生まれた時からそうだったかのように。前も後ろも知覚出来ない、底も見えないこの場所で、自分が今浮かんでいるのか沈んでいるのかもわからないまま、私の意識はもうずっと長いこと、形を失い輪郭を保てずにただぼんやりとそこに在り続けていた。
 少しだけだけど、覚えていることがある。私は自らの意思で命を絶ったこと。それと、とても大切な人が居たということ。
 二人は、ずっと一緒だった。お母さんのお腹の中にいた時からの付き合いだった。私の分身。もう一人の私。誰よりも大切な······双子の姉、柚季(ゆき)。
 柚季、私ね。本当はずっと柚季が羨ましかったの。柚季は私に足りないものを全部持ってた。きっと、柚季の要らない部分だけ寄せ集めて生まれてきてしまったのが自分なんだって思ってた。眩しく輝く柚季の傍らから離れない亡霊のような柚季の陰。それが私なんだって。
 柚季はいつもそんな私のことを大事にしてくれて、私もそんな柚季のことが大好きだったけど、柚季へのコンプレックスで頭と心がどうにかなってしまいそうな時期もあったし、もしかしたらほんの少しだけ、憎く思っていた時もあったのかもしれない。
 結局私は人生全てに絶望して、未来にほんの一欠片の光すらも見つけられなくて、生きるということに耐えられなくなって、そうして自死を選んだ。苦しむことに疲れたから。もう、楽になりたかったから。
 でも、でもさ。ちょっとだけ、考えるの。あの時の私が切り捨てた選択肢。勝手に無駄だと決めつけて、行動に移さなかった別の道。
 例え柚季に意を決して相談しても、柚季には私の抱えている心労や痛みや悲しみや苦しみを理解出来ないだろうなって、私、思ってた。相談をすれば絶対に真摯に私の話を聞いてくれる。慰めてもくれる。優しく抱き締めてもくれたかもしれない。そんなことはわかってる。でもそれは、私の気持ちを理解し共感してくれたが故のものではなくて、そこにあるのは私への同情。ただそれだけ。だって柚季は、私じゃない。私が受けた痛み悲しみ苦しみを、同じようにその身で体験したわけじゃない。だから、わからなくって当たり前なんだ。自分の身で実際に体験したことしか、人間は理解出来ないものなんだって、ちゃんと私はわかってた。私が欲しいのは同情じゃなくて、共感、あるいは共有だった。それが得られないのならば、話をしたところで悪戯に柚季を不安にさせて迷惑を掛けるだけ。ずっとそう思って、柚季には何にも話せずにいたけど。
 もしも私がもう少しだけでも、柚季を頼っていれば。勇気を出して、話をしていれば。未来は、変わったのかな。今でも二人、笑顔で一緒に生きることが出来ていたのかな。
 手紙にも書いたけど······私、もう一度柚季にちゃんと謝りたいよ。柚季のこと信じられなくてごめんって。一人で勝手に決めちゃってごめんって。柚季を置いて先にいっちゃって······ごめんって。
 もう一度だけでいいから柚季に会いたい。きっと今のこの私は昔咲李(さり)だったってだけのもので、今はもうその面影なんて何処にもなくて、姿かたちも私だってわからないようなものになっているんだろうけど、それでも······もう一度、柚季に会いたいよ。

「······り、······さりッ······咲李ぃ······!!」
 ハッ、と。今まで朧気に漂っていただけの自分という存在が急激にギュッと一か所に凝縮し、何かの型に嵌め込まれたような感覚を覚え、まるで眠りから覚めるかのように私――咲李は、意識を取り戻した。今、凄く大事な人の声が聞こえた気がした。その声によって呼び覚まされた。
 自分の肉体がとっくに朽ち果てていることを私は知っている。だからこれは、未練だけで形成された、人の体を模しただけのただの残留思念。きっと彼女の前に立ったとしても姿は認識されることはなく、その名を呼び掛けたとしても彼女の耳に私の声は届かないのだろう。
 それでも、会いたかった。もう一度、一目だけでも、会いたかった。そして、独り善がりでいい。彼女に······柚季に、精一杯心を込めて謝りたかった。
 地面に座り込んでいた私は立ち上がり、歩き出し······そして、駆け出した。柚季の声がする方を目指して。嗚咽混じりに私の名を呼び子供みたいにしゃくりあげる、愛しい半身の元へ。
「咲李ぃ······!! 咲李ぃ······!! ごめんッ······ごめんねぇ······!!」
 私達が生を授かった故郷の、生家近くにある深い山の中。その中でも大分深部に近いような奥の奥の方で、漸く柚季を見つけた。フラフラと左右に傾きながら歩いていたその体は次の瞬間にはドシャリと地面に倒れ込み、そのままゴロリと仰向けになると、真っ暗な空に向かって私の名前と謝罪の言葉を泣きながら叫び続けている。その姿に、もう流れるはずもない涙が頬を伝っていくような感覚がした。
「······あーあー、こんな所まで追ってきちゃって。ここがわかったの、流石だね。覚えててくれたんだ。嬉しいな」
 聞こえるはずなどないとわかっていても、柚季に話し掛けることを止められない。
「そんな、柚季が謝ることなんてさ、一個もないんだよ?」
「咲李、咲李······咲李ぃ······!!」
「謝らなきゃいけないのは、私の方」
「咲李ッ······咲李ぃ!! ああぁぁぁぁぁああぁああぁぁぁあ!!!!」
 私は柚季の頭のすぐ横で歩みを止め、その場にしゃがむ。ゆっくりと、柚李の髪の毛に指を通す。実際には私の指は形を持っているわけではないので、柚季の髪の毛に触れることも髪を梳くことも出来なかったけれど、それでも私は柚李の頭へそっと手を置き、ゆっくりと撫でる仕草をする。
「本当に······本当にごめんね、柚季。大好きだよ」
 今までずっと言いたかった言葉。言いたいのに言えなかった言葉。それを何年越しなのか、漸く本人を前にして伝えることが出来た私は、どこかスッキリとした気分で柚季の顔を穏やかな笑みと共に見つめた。柚季の焦点が私の方へ向く。偶然だとしても、私は嬉しかった。
「さ、り······?」
 震える声で、柚季は確かめるかのように私の名を呟いた。柚季の右腕が持ち上がる。その手は、私の顔の方へと伸びてきて、頬の辺りでピタッと止まった。数瞬の後、その手をそっと離し。
「······ッ咲李······!!」
 柚季は······幸せそうに破顔しながら泣いていた。
「······柚季、もしかして······」
 私はもう無いはずの心臓が早鐘を打つような心地になりながら、慎重に、言葉を紡ぐ。
「私の声、聞こえる······?」
 柚季は大きく一回、首を縦に振る。
「私のこと······見える?」
 柚季は······もう一度大きく、同じ動作を繰り返した。
「そっか······そっ、か······ッ」
 相変わらず感触などないが、それでも私は柚季の頭を撫で続けた。感極まっても涙なんて出ないので、変な顔だけ晒しているような気がして少し気恥ずかしいけど、柚季相手ならいいか、と思い直す。
「来てくれてありがとう。おかえり、柚季」
「待っててくれてありがとう。ただいま、咲李」
 私達は二人で微笑み合い、ぎこちないハグを交わした。

 大きな木の幹に背中を預けて眠る柚季の、地面に置かれた右手に己の左手を重ねる。
 これからはまた二人、ずっと一緒だよ。
 寝る前に交わした指切りげんまん。その約束を違えることなどないように、二度とこの手が解けないようにと、そんな願いを込めて。私もまた、ゆっくりと瞳を閉じた。

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