泡になりたい
IF歴史。どっかのフィクション世界線。
タイムトラベラーなモブが混ざってる。
《波にさらわれた手紙》
砂をザクザクと踏んで、波打ち際へ向かう。
白波と水平線に沈み込む夕日を見比べながら、軽い気持ちで拾った小枝で、砂の上にザリザリと書き付ける。
時々、勢い良く打ちつける波に落書きを攫われながら、波に足を洗われないように逃げては、また書き付けていく。
「…何をしている。」
のっそりと背後に立つ偉丈夫。
座り込んだまま振り返って見上げると、覗き込むように傾げた首に銀糸の髪が揺れる。
『落書きです。夜の内に、波に攫われて、失くなってます。』
書いても描いても泡沫に消えるのならば、それも良し。
「童還りか?」
子供っぽいと言いたいのだろうか?
『童心が擽られまして。』
クスクスと笑うと、喉を鳴らすだけのいつもの返事が落ちてくる。
「楽しんだか?…日が落ちる。戻るぞ。」
共をしてくれた小枝を手に、先を行く広い背中を追い掛けた。
白波が、砂浜の落書きを浚って行った。
「8月、君に会いたい」
昔、祖母が言っていた。
『8月は、お盆の月。ご先祖様や先に亡くなった親族、友人知人を偲ぶ月だ。大いに昔話をすると良い。こちら(此岸)側で話題に上がれば上がるほど、その人は彼岸(あちら)で喜ぶのだ。それが一番の供養になる。』
まぁ、あながち間違いでもないかな?たぶん。
(ねぇ、ばぁちゃん、聴こえてる?)
色んな話を、色んなものを、他愛なく止め処なく、滔々と私にくれた人。
還り巡る年月に想いを馳せ、私にはいつまでも乙女を感じさせる人。
同じ巡りの星で嬉しかったと、言祝いでくれた人。
孤独でも力強く、逞しく胸を張って生き抜いたその背中が眩しい。
『孫よ、昔からの言い伝えじゃ、良くお聴き。お盆の月は水に近付くなよ。世間は夏休みだなんだと囃し立てるが、楽しいからと羽目を外すと、親不孝者になる。河童に玉ァ取られるぞ。』
このカッパのタマ盗り、軽めのホラーだった事については、大人になってから気付いて戦慄した。結構、怪談話好きだったよなぁ。
雷様にヘソを盗られるとか、風呂場で口笛吹くと人拐いに遭うとか。
色んな話をしてくれた。教訓譚も多かった。
驚かせるのが好きで、字がとっても綺麗で、緑色が大好きな人。
『若い内に良く良く本は読んでおけ。読む時間が出来た年頃にはどうだ。まぁ読むのに苦労するくらいには目が悪くなってる。』
好きな色が、自分に合う色とは限らないことを教えてくれた人。
『先の戦で、私らの青春は吹き飛んでしまった。人並みのお洒落がしたかった。甘い物をたらふく食べたかった。だから、今取り返そうと思っとる。好きな物を食べ、好きな物を着て、誰に気兼ねせず生きて行きたい。それが、バァちゃんの夢だ。』
でっかい夢を惜しげも無く語る、人情味溢れる人。溢れ過ぎる程に、愛は大きくて強かったと思う。
『女学校に行けたみたいだったけど、兄弟姉妹も多くて家業もあったから、行くのは辞めた。可愛い袴、着たかったなぁ。』
失われた青春に対する代償の大きさを感じさせる人。
『あそこは昔、お蚕さんの研究所で、広い桑畑だった。実がおいしいよ。あの道は、ついこの間まで砂利道。あそこの家は畑だった、むこうの家は田んぼだった。』
田舎の農村部の大らかさと、害成すモノへの苛烈さを内包する人。
『実家には馬が居た。これが賢くてなぁ。農耕馬だったが、主人ごと貸さないと家に帰ってきてしまう。子供なら乗せてくれるかもしれない。礼儀正しく、優しく触れな。』
移動動物園が来ると言う話をしたら、なんでか自分ちの馬の話になった。
「バァちゃん!おんまさんの背中に乗せてもらった!おんまさん優しかった!キレイであったかかった!」
動物園の職員さんの説明をクソまじめに聴いてから、ガキんちょの相手を怠そうにしてるお馬さんに、小さい声でアホみたいな挨拶かまして、背中に乗せてもらった記憶がある。
「これから、あなたのお背中に乗せてもらいます。おんまさん、どうぞよろしくお願いします。」
お庭一周歩いてくれた馬は、とても美しい艶黒の毛並みを持っていた。
「おんまさん、ありがとうございます。楽しかったです。」
苦笑いしながら見守ってくれていた大人たち。
他の子を乗せてる様子も格好良くて、暫く見惚れてた。
懐かしい。
此岸と彼岸が近づく、この季節。
あなたを思い出す。
《眩しくて》
緩やかに差し込む陽射しは、自然そのもの。
漆黒の闇をゆっくりと白ませながら、夜から朝へとカーテンを開くように少しずつ明るくなっていく。
(あぁ、朝が…。)
すわ、漆黒の闇夜に呑み込まれるのではと、恐れ慄く身体の強張りが緩んでいく。
夜は塗籠の中で眠るのだと教えられたが、閉鎖された真っ暗闇に動悸が止まらず、教えに反して広々とした床の上で身を縮こませて眠っていた。
空が白んで来るのを待って、もぞもぞと掛布を被ったまま縁側にまろび出る。
空気が澄んでいて、心地よい。
いまだ、宵闇にも慣れない自分の眼には、朝日が染み入る程に眩しい。
(うぅ、眩しい…。)
もう少しだけ、人気のない縁側で微睡む。
(慣らさないと…。)
逸る気持ちを抑えつつ、少しずつ庭先に視線を寄せて、明るさに慣れようとする。
起床時間までは、まだもう少し余裕があるはずだ。
虹のはじまりを探して