たろ

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8/1/2025, 3:02:27 PM


「8月、君に会いたい」

昔、祖母が言っていた。
『8月は、お盆の月。ご先祖様や先に亡くなった親族、友人知人を偲ぶ月だ。大いに昔話をすると良い。こちら(此岸)側で話題に上がれば上がるほど、その人は彼岸(あちら)で喜ぶのだ。それが一番の供養になる。』
まぁ、あながち間違いでもないかな?たぶん。
(ねぇ、ばぁちゃん、聴こえてる?)
色んな話を、色んなものを、他愛なく止め処なく、滔々と私にくれた人。
還り巡る年月に想いを馳せ、私にはいつまでも乙女を感じさせる人。
同じ巡りの星で嬉しかったと、言祝いでくれた人。
孤独でも力強く、逞しく胸を張って生き抜いたその背中が眩しい。

『孫よ、昔からの言い伝えじゃ、良くお聴き。お盆の月は水に近付くなよ。世間は夏休みだなんだと囃し立てるが、楽しいからと羽目を外すと、親不孝者になる。河童に玉ァ取られるぞ。』
このカッパのタマ盗り、軽めのホラーだった事については、大人になってから気付いて戦慄した。結構、怪談話好きだったよなぁ。
雷様にヘソを盗られるとか、風呂場で口笛吹くと人拐いに遭うとか。
色んな話をしてくれた。教訓譚も多かった。

驚かせるのが好きで、字がとっても綺麗で、緑色が大好きな人。
『若い内に良く良く本は読んでおけ。読む時間が出来た年頃にはどうだ。まぁ読むのに苦労するくらいには目が悪くなってる。』
好きな色が、自分に合う色とは限らないことを教えてくれた人。
『先の戦で、私らの青春は吹き飛んでしまった。人並みのお洒落がしたかった。甘い物をたらふく食べたかった。だから、今取り返そうと思っとる。好きな物を食べ、好きな物を着て、誰に気兼ねせず生きて行きたい。それが、バァちゃんの夢だ。』
でっかい夢を惜しげも無く語る、人情味溢れる人。溢れ過ぎる程に、愛は大きくて強かったと思う。

『女学校に行けたみたいだったけど、兄弟姉妹も多くて家業もあったから、行くのは辞めた。可愛い袴、着たかったなぁ。』
失われた青春に対する代償の大きさを感じさせる人。
『あそこは昔、お蚕さんの研究所で、広い桑畑だった。実がおいしいよ。あの道は、ついこの間まで砂利道。あそこの家は畑だった、むこうの家は田んぼだった。』
田舎の農村部の大らかさと、害成すモノへの苛烈さを内包する人。

『実家には馬が居た。これが賢くてなぁ。農耕馬だったが、主人ごと貸さないと家に帰ってきてしまう。子供なら乗せてくれるかもしれない。礼儀正しく、優しく触れな。』
移動動物園が来ると言う話をしたら、なんでか自分ちの馬の話になった。
「バァちゃん!おんまさんの背中に乗せてもらった!おんまさん優しかった!キレイであったかかった!」
動物園の職員さんの説明をクソまじめに聴いてから、ガキんちょの相手を怠そうにしてるお馬さんに、小さい声でアホみたいな挨拶かまして、背中に乗せてもらった記憶がある。
「これから、あなたのお背中に乗せてもらいます。おんまさん、どうぞよろしくお願いします。」
お庭一周歩いてくれた馬は、とても美しい艶黒の毛並みを持っていた。
「おんまさん、ありがとうございます。楽しかったです。」
苦笑いしながら見守ってくれていた大人たち。
他の子を乗せてる様子も格好良くて、暫く見惚れてた。


懐かしい。
此岸と彼岸が近づく、この季節。
あなたを思い出す。

7/31/2025, 11:45:18 AM


《眩しくて》

緩やかに差し込む陽射しは、自然そのもの。
漆黒の闇をゆっくりと白ませながら、夜から朝へとカーテンを開くように少しずつ明るくなっていく。
(あぁ、朝が…。)
すわ、漆黒の闇夜に呑み込まれるのではと、恐れ慄く身体の強張りが緩んでいく。
夜は塗籠の中で眠るのだと教えられたが、閉鎖された真っ暗闇に動悸が止まらず、教えに反して広々とした床の上で身を縮こませて眠っていた。

空が白んで来るのを待って、もぞもぞと掛布を被ったまま縁側にまろび出る。
空気が澄んでいて、心地よい。
いまだ、宵闇にも慣れない自分の眼には、朝日が染み入る程に眩しい。
(うぅ、眩しい…。)
もう少しだけ、人気のない縁側で微睡む。
(慣らさないと…。)
逸る気持ちを抑えつつ、少しずつ庭先に視線を寄せて、明るさに慣れようとする。

起床時間までは、まだもう少し余裕があるはずだ。

7/28/2025, 10:22:36 AM


【虹のはじまりを探して】

突然のスコール。
濡れ鼠のまま立ち尽くすあなたを家にしまって、冷えた身体を暖めたら、雨上がりの空に虹を探しに行こう。

虹の根っこは何処にあると思う?
大陸の逸話が混ざった歌に、悪戯な白い竜がいた気がする。

虹が見つかったら、はじまりの場所を探そう。
ふたりなら、何処までも行けるさ。

7/27/2025, 12:34:57 PM


【どこへ行こう】

あなたと一緒なら、どこへだって行ける。
あなたと一緒なら、どこだってステキな場所。

買い物に行くいつものスーパーマーケットだって、なかなか入りにくい雑貨屋さんだって、見知らぬ土地だって、きっとステキな思い出になる。

家のベランダで星空を眺めてたって、あなたと一緒ならロマンチックでドキドキする。
星空を嬉しそうに眺めるあなたの横顔を盗み見ていて、怒られるまでがセットだ。

「で、どこ行こっか?」
何処でも良いよ、と言いたいのを飲み込んで、いくつか提示された中から吟味する。
「どこも良い場所だからなぁ、迷う…。」
本当に迷っている。あなたが考えるプランは、いつだって痒いところに手が届くほど完璧。
「完璧なプラン過ぎて、全部行きたい…。」
ニヤリとあなたが笑った。
「っしゃ!全部行こ!踏破するよ!」
あなたのガッツポーズを見て、呆気に取られたまま、小さく頷いた。
(全部載せ、アリなんだ…。)
嬉しさが爆発して、小躍りしているあなたの背中を呆然と見詰める。

きっとステキなホリデーになるに違いない。

7/26/2025, 10:12:11 AM


【涙の跡】

『待って!行かないで!』
声が出なくて苦しい。動かない重たい体。
あぁ、これは夢だ。

「かっちゃん、目開けよう。開けられそ?」
聴こえてくる聴き慣れた声に、急浮上する意識。
「―――っ!」
息が詰まって、上手く呼吸が出来ない。
上半身だけ起き上がって、重い目蓋が急に開いた。
「おかえり。嫌なモノでも見た?忘れちゃえるなら、置いてきて構わないけど。持って帰っちゃったなら、全部吐き出しちゃお。」
宥めるように背中を擦る温かい手に、安堵が押し寄せる。
「カズ…。居なくなったかと、思った。」
どうにもぼやける視界が鮮明になったかと思ったら、目尻から水がぽたぽたと落ちてきた。
「おや?カズくんは、此処にいますよ。」
背中を擦っていた手が、ぽんぽんとあやす様に背中を叩く。
温かい身体がするりと入ってきて、ぎゅうと抱き締められる。
「何処にも行かないよ。もう、大丈夫。」
頬に残る涙の跡を温かい手が拭って、額に乾いた唇が触れる。
「かっちゃんが戻って来れなくなったら、かっちゃんを呼ぶね。たがら、戻って来て?」
抱き締めてくれる温かい身体を抱き締め返して、ゆっくりと鳴る相手の心拍を聴きながら、深呼吸する。
「うん…。ありがとう。」
早鐘を打っていた自分の心臓が、静かになっていく。

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