【涙の跡】
『待って!行かないで!』
声が出なくて苦しい。動かない重たい体。
あぁ、これは夢だ。
「かっちゃん、目開けよう。開けられそ?」
聴こえてくる聴き慣れた声に、急浮上する意識。
「―――っ!」
息が詰まって、上手く呼吸が出来ない。
上半身だけ起き上がって、重い目蓋が急に開いた。
「おかえり。嫌なモノでも見た?忘れちゃえるなら、置いてきて構わないけど。持って帰っちゃったなら、全部吐き出しちゃお。」
宥めるように背中を擦る温かい手に、安堵が押し寄せる。
「カズ…。居なくなったかと、思った。」
どうにもぼやける視界が鮮明になったかと思ったら、目尻から水がぽたぽたと落ちてきた。
「おや?カズくんは、此処にいますよ。」
背中を擦っていた手が、ぽんぽんとあやす様に背中を叩く。
温かい身体がするりと入ってきて、ぎゅうと抱き締められる。
「何処にも行かないよ。もう、大丈夫。」
頬に残る涙の跡を温かい手が拭って、額に乾いた唇が触れる。
「かっちゃんが戻って来れなくなったら、かっちゃんを呼ぶね。たがら、戻って来て?」
抱き締めてくれる温かい身体を抱き締め返して、ゆっくりと鳴る相手の心拍を聴きながら、深呼吸する。
「うん…。ありがとう。」
早鐘を打っていた自分の心臓が、静かになっていく。
7/26/2025, 10:12:11 AM