【絆】
産まれてからずっと、多くの時間を一緒に過ごしてきた。
切っても切れない縁は、やがて互いを固く結ぶ絆になった。
良い事も、悪い事も、楽しい事も、悲しい事も、全て引っ括める事は難しいけれど、出来たら一緒に感じていたいと想う程、ずっと傍に近くにありたい。
(体が邪魔、なんて事、本当に想えるんだなぁ…。)
現実は小説より奇なりとは、良く言ったものだ。
「ずっと一緒に居たいなぁ。」
独り溢した呟きは、空に溶けて消えた。
【たまには】
働き者で、出掛けるのが大好きなあなたに。
『たまには、家でのんびり過ごす?』
出不精で、人混みが苦手なあなたに。
『たまには、何処かへお出掛けしよ?』
それぞれが相手を思って、かける声。
それは、自分の好きな事を一緒に出来たら、嬉しいと思う気持ちでもある。
疲れが色濃く見える時は、何もしない日があっても良いと思うし、塞ぎ込みがちな時は、気晴らしに違う空気を吸いたいと思う。
独りになりたい時は、家の中でも少し距離を置いて。
そんな積み重ねが、ふたりの生活を形作るのだ。
【大好きな君に】
何処か離れた場所に立ち寄ったり、珍しいものがあったりすると、色んな人の顔を思い出す。
(あの人は、こういう物が好きそう。)
近日に会えそうな人がいれば、つい手を伸ばしてしまう。
『カズくんは、誰にでも優しいから。』
大好きなあなたに、良く言われる言葉が、時々胸に刺さる。
「かっちゃん、好きかな?嫌いかな…。」
特別大好きなあなたの顔が、思い浮かぶ回数が増えているこの頃。
「駄目そうだったら、回収しよう。」
喜ぶのか、嫌がるのか、反応は見てみたいと決めて、同じ物をふたつ手にした。
「贈り物用のラッピング、お願い出来ますか?ひとつは、家用です。」
喜んでもらえたら嬉しいけれど、嫌なものと判れば避けて通ろうと思える。
(気に入ってくれると良いな。)
どうでも良い相手には、こんなに迷わない。
大好きなあなただから、時間も労力も惜しみなく費やせる。
「いつの間にか、顔が浮かんできて、つい考えちゃうんだよなぁ。」
その時間が、嬉しくてせつないのだ。
「早く、逢いたいな。」
さぁ、大好きなあなたが居る場所へ。
思い出と昔話と。ほぼ実話。
ばぁちゃん、やたら詳しかったな(笑)。
古典の授業、むっちゃ助かったやで!←おい
『ひなまつり』
幼い頃、祖母から聞かされた遠い昔のおとぎ話。
「このお雛様は、お前の写し身。良く触れて遊びなさい。お前の厄、悪いものを引き受けてくれるのだから。だから、お前が嫁に行って母親になったら、このお雛様とはお別れするんだよ。間違っても、自分の娘にやってはいけない。新しいものを買ってやるんだ。その子のお雛様をね。」
それが、お雛様の本当の意味だとは知らずに、良く遊んだ。
「お内裏様は、お雛様の夫。三人官女は、この夫婦に仕える女房たち。身の回りの世話から、お仕事のお手伝いまで、何でも出来る才女だよ。五人囃子は、雅楽の奏者。今風に言ったら、オーケストラかねぇ。お抱えの音楽家たちだ。右大臣と左大臣は、文武の長。貴族と武士ってとこかね。一番下の三人は、丁仕。庭師と言ってね、外回りの仕事をする人たちだよ。昔は、下男と呼ばれていたかね。」
役割と地位がそれぞれに与えられていた事も、昔話の中の物語には職業選択の自由は無かった事も、いつの間にか教えられていた。
「選びたい人には辛かったろうけど、これからは自由に選べと言われて辛いだろうね。自由とは難しいものさ。でも良いものだ。」
手垢のたくさんついた、幼い頃の遊び相手と私は、さよならをした。
「たくさん、たくさん、遊んでくれてありがとう。」
色んな事を教えてくれた祖母も去り、私自身はまだ嫁にも母親にも成っていないけれど。
「色んな事を、あなた達を通して学びました。私を護ってくれて、ありがとう。」
華やかな宮廷生活は望まないけれど、お仕事を手にして何とか生きている。
「本当に、ありがとう。お疲れ様でした。」
新しいお雛様は、いつか自分の元に来てくれたら。きっと祖母の話もしようと思う。
「子供は、最初神様や仏様のもので、時々幼い頃に空へ還ってしまう子がある。その子たちは、ただ呼び戻されただけだから、悔やむ必要はない。誰の所為でもないのだ。」
時代錯誤と呼ばれようとも、何処か意固地になっていただけかもしれないけれども、何かを伝え残そうとしていた様に見えた祖母の姿。
今はない、お雛様と祖母を思い出す。
そんな、ひなまつりの日を過ごした。
※注意※
やや胸糞展開あり。
倫理感ゼロの頭と治安が悪いモブがいるよ。
見たくない方は、かっ飛ばしてください。
【たった1つの希望】
『もう少しで家族になるんだから、仲良くしよう。』
始まりは、そんな話からで。
『お前が誘ってきたんだ。』
最終的には、自分の所為になっていた。
どうしてこんな事に。
そう思い始めた頃には、引き返せない所まで来てしまったのだと認識していた。
『イヤだイヤだと口では言うが、本当は嫌じゃないんだ。そうでなきゃ、こんな風にならないんだよ。』
嫌気が差している一連の行為も、穢らわしいと感じる手も、拒絶すれば酷い仕打ちが待っているので、黙って受け入れた。
(早く、終われば良いのに。)
羊を数えるように、楽しいことを思い浮かべようとする。
「お前に付き合ってやってんのに、何だその態度は。」
気がそぞろなのを咎めているのであろう、その声にへにゃりと笑い返す。
好きなだけ勝手に遊んで、満足すれば放り出すのだ。それまで待てば、解放される。
ずっと、待てば良いのだ。
(もう、少し。)
少しでも早く満足してもらうために、身を捩って相手が悦ぶように位置を取り直す。
すっかり満足したのか、さっさと身支度をして帰っていく大人。
放り出された身体を温めるべく、ズルズルと浴室に向かって行く。
ようやく解放された事と大切な人に知られなくて済んだ事が、強い安堵感を引き寄せる。
シャワーで水に流してしまえば、全て終わりなのだ。
希望の塊のあなたを汚したくなくて、それだけを頼りに秘密を抱えて生きて行こうと思えた。
まさか、希望そのものだったあなたが、乗り込んでくる事になるとは思わなかった。
しかも、希望そのものとも言えるあなたが手に入るとは、想像もしなかった。