【太陽のような】
「かっちゃんは、オレの太陽だよ!」
あなたは、そう言って笑う。
「カズくんの笑顔は、太陽みたいだと思うけど?」
太陽のようなあなたをずっと見つめている自分自身が、太陽を追い駆けている向日葵と重なる。
「かっちゃんにそう言われると、嬉しいけど…。何か、違うなぁ。」
難しい顔をして唸ってしまうあなたが、ぽんっと手を打った。
「オレがヒマワリの方だと思うなぁ。だって、抜けそうに真っ青な空を横切っていく、キラキラして恰好良い太陽みたいなかっちゃん!画になるじゃん!」
断言して、鼻息を荒くしているあなたに苦笑いする。
「ありがとう。…照れる。」
少しだけ、小出しにして欲しいと思った。
【0からの】
きっと始まりなんて、なかったと思う。
産声を上げたその日から、もう始まっていたのだから。
運命や必然では表せない何かが、二人を繋いだのだ。
きっと二人は、出会うべくして出逢ったのだろう。
物理的な距離は、限りなくゼロに近く。
精神的な距離も、限りなくゼロにしたい。
そんな風に思いながら、ゼロからの関係を築き上げてきたのだ。
【同情】
きっと傍に居てくれるのは、同情とか憐憫なのだろうと思っていたのに。
「大好きだよ、かっちゃん。かっちゃんが嫌いって言っても、離れない。…ごめんね、オレが離れられなくなっちゃったの。」
あろう事か、あなたはおかしな事を口にし始めたのだ。
「…無理、しなくて、いい、から。」
何度か同じ事を口にしては、苦笑いのあなたに否定される。
「オレは、無理してない。無理してるのは、かっちゃんの方。」
ベッドのサイドテーブルに色んな物を持ち込んでは、自力でベッドから出られない自分の隣で、本を読んだり、書き物をしたり、あなたは自由に過ごしている。
「学校、行って。」
思うより、か細く掠れた声が出て、恥ずかしくなって頭から掛布団を被った。
「あぁ、かっちゃんと一緒に、休学する事にした。一緒に卒業したいから。大丈夫だよ。」
ぽんぽんと掛布団を優しく叩く。
「―――っ!馬鹿。早く、学校、行けよ!」
こんな事で、足を引っ張りたくない。そう切実に思った。
「嫌!あのね、オレ独りで学校行ったら、かっちゃんが居ないだけで、すっげぇつまんなくて、もう学校行くの辞めようと思った。でも、かっちゃんと一緒に卒業したいから、辞めるのを止めようと思った訳。親にもちゃんと話して、同意は取った。自分で決めたから、大丈夫。」
真剣な顔で、はっきりと告げられた言葉に、呆れるしかない。
「かっちゃんと一緒に行けない学校なんて、無意味だよ。」
真面目な顔で、何を言い出すかと思えば、世迷言そのものだった。
「呆れてるだろ、ご両親。」
自分よりも厳格な両親の元に産まれたあなたに、申し訳なくなる。
「いつも通り、オヤジは呆れてだけど、おかんは応援してくれた。」
何も心配は要らないと鼻息荒く、あなたはガッツポーズしている。
「本当、馬鹿だな。」
同情でも憐憫でも、何でも良くなった。
あなたが傍に居てくれるなら、何でもしようと想った。
【枯葉】
「あれ?この辺だと思ったんだけどな…。」
だいたいの方向は合っていて、表記された所要時間は過ぎている。
「ゆっくり歩いて来たから、もう少し先にあるんじゃ?」
少し、遠い気がした。道を間違えているなら、早めに引き返したほうが良い。
「ちょっとココで待ってて。聴いてくる!」
メインストリートが幸いして、人通りは多いので、行きたい方向から戻って来ている人たちに声を掛ける。
「すみません。道を訊ねたいんですけど、これっぽい所、向こうにありました?友達と一緒に行きたくて。」
事前に調べていた施設のアクセスマップを見せる。
「え?あったっけ?…ドコ?あー、あったわ。でも、ドコ曲がるの?ちょっと入った所にあると思う。」
わいわいとカップルが、話してくれる。
「迷子かね?アラ、何処に行きたいの?」
気の良さそうな老夫婦が話し掛けてきた。
「友達と一緒に、ココに行きたくて。」
あっと言う間に、色んな人に囲まれてしまって、あぁでもないこうでもないと賑やかになって、結論が出た。
「皆さん、ありがとうございます!デートとお出掛け、楽しんで来てくださいね!オレも楽しんで来ます!」
木枯らしが軽く走って行って、枯れ葉が宙を舞う。
「わ、待たせちゃってる。」
大きく手を振ると、俯向いている顔が上がって、小さく手を振り返してくれるあなたがいた。
人集りを掻き分けて、ぽつんと佇むあなたの元へ駆けていく。
「お待たせ、かっちゃん。道、聴いてきたから。こっち、行こう!」
あなたの隣に、1枚の枯葉。
(一緒に待っててくれたんだ。ありがとね。)
あなたの手を取って、見送ってくれる人集りに手を振った。
「行ってきまーす!」
ぺこりと会釈するあなたの手を引いて、歩き出す。
※閲覧注意※
悪者系モブが出てきます。
胸糞悪い事をしやがります。
良い子は真似しちゃダメだよ。
【今日にさよなら】
「何しやがってんすか、アンタ。」
あなたの地を這うような声を、初めて聴いた。
気色悪い本性を見られてしまった。
「自分で呼んだのか?色気付きやがって。」
一気に血の気が引く。眼の前が真っ暗になった気がした。
「…ケイ兄。隣ん家、今すぐ来て。知らんオッサンが隣ん家の子の上に乗っかってんだけど。」
見られたくなくて体を縮めたいのに、全く動かない。
「最悪…。マジで、やって良い?」
冷たく見下す瞳が、とても恐ろしかった。
(…終った。)
軽蔑や侮蔑を宿した眼が、こちらを見ている。
「早くしないと、我慢できない。」
楽しそうに笑う男の声が、酷く遠い。
「お前がお前なら、そのお友達も同類か!」
気持ちが悪い、行為自体が穢らわしい。
「クソビッチが!」
なのに、躰は悦んでいるのだと、この男は言っていた。
「…オッサンの目って、見えてないの?」
瞳孔が開いたままの、爛々とした眼。
嬉々として開く唇には、毒々しい言葉が乗っていた。
「はい、そこまで!全員、動かないで!」
ぜぇはぁと息を切らした若い男が、飛び込んできた。
「だあぁ!動かないで、つってるでしょ!お兄さん!」
全員お兄さんじゃん!とか言いながら、若い男は瞳孔が開いたままの少年と男性の間に、体を滑り込ませた。
「はい、未成年者暴行で現行ね。取り敢えず、このままじっとしてて下さい。」
どやどやと人の気配が複数近付いてきて、入れ代わり立ち代わり、近付いては遠ざかって行く。
「ごめんね、かっちゃん。気付くのも、助けるのも遅くなっちゃった。」
茫然と天井を見上げたまま、動かない自分を抱き締める温もり。
「…無理、しなくて、いいから。」
震える唇で、ごめんと呟いた。
「無理してないよ。体、綺麗にしよ。」
力強い腕が自分の体を抱き上げた。
頭から足の先まで、丁寧に洗ってくれる手が優しくて、空っぽの心が泣き出した。
「今日のことは、全部忘れて良いから。かっちゃんが覚えてたり、嫌な思いする必要なんか、何処にも無いんだから。」
体を湯船に漬けてくれて、ずっと傍に居て見守ってくれるあなたが、とても優しくて苦しい。
『あの日の今日に、さよならを。』