【誰もがみんな】
あなたは、誰もがみんな声を掛ける素敵な人。陽だまりのような暖かな人。
どこかに連れ去られそうで、心配になる。
(お願い、何処にも行かないで―――。)
声が喉元までせり上がってくるのを、慌てて飲み下す。
あなたの周りは、いつもたくさんの人で溢れていて、誰もがあなたを好きになる。
あなたは、誰にでも優しくて、嫌な顔ひとつせずに、屈託なく喜怒哀楽を伝えられる素敵な人。
(あぁ、また埋もれて。)
囲われて何処かへ連れて行かれてしまうのではないかと、ハラハラする。
遠巻きにそっと見守るように、あなたを視線で追う。少し胸が痛んで、肩にかけている鞄のベルトをぐっと握り締めた。
(―――っ。大丈夫、いつもの事だから。)
溢れる取り巻きの中へ入ることも出来ず、見守るしかない。
せめて、穏やかに笑って戻ってくるのを待ちたいのに、心は少しもままならない。
視線を外すことも出来ず、居た堪れなくなって俯いた。枯れ葉が1枚、風に流されて足元へ寄り添った。情けない自分を映しているような気がした。
ふと気が付くと、囲みの中からあなたが大袈裟に手を振っていて、満面の笑みを寄越していた。
小さく手を上げると、囲みの中からこちらへ走り出てきた。
「かっちゃん、ごめんね!おまたせ。行こう!」
あなたは囲んでいた人たちに向かって、大きく手を振って、お礼を言っている。
「場所聴いてきたから、こっち!」
躊躇いなく自分の手を握るあなたの手に釣られて、歩き出した。
【花束】
いっぱいの花を、あなたに贈ろう。
溢れんばかりの花を、ひとまとめにして。
あなたが好きな色、あなたに似合う色、あなたが映える色、あなたの隣に傍にあるだけで、どれもきっと綺麗に見えるだろう。
迷っていたら、店員さんに声をかけられて、あれよあれよと言う間に、大きな大きな花束が出来上がった。
太陽のように笑うあなたに、花を買って帰ろうとふと思い立って、花屋さんの前で立ち止まる。
「太陽のような、大切な人に。」
太陽を写し取ったような向日葵を中心に、可愛らしくまとめた花束。
―――あなたは喜んでくれるだろうか。
「いつも、ありがとう。」
家に辿り着くと、中から花の香りがした。
「えぇ〜、嬉しい!ありがとう!」
出会い頭に、そのまま手にしていた花束を相手に渡す。
「居間、見てもらえる?」
嬉しそうに花束を抱き締めるあなたが、照れた様に笑う。
「何だか、二人して同じ事考えてたみたいだよ?」
居間に入った途端、花の香りが強くなる。
「…え?」
頬を恥ずかしそうに掻いているあなたが、はにかんだ。
「かっちゃんに似合うやつ〜、とか考えてたら、こんなにおっきくなっちゃって…。」
ひと抱えどころか、そのまま飾っておけるような大きさになっていて、純粋に驚いた。
「でっか…。良く持って帰れたな。」
ふたりは、それぞれに買ってきた花束を仲良く飾って、似た者同士だと笑いあって、喜びを分かち合う。
私から、愛を込めて―――。
【スマイル】
にこにこ、にこにこ。
いつも笑っているあなた。
嬉しそうに、楽しそうに、はにかんだり、大きな口を開けて笑って。
素直に喜怒哀楽を表現出来るあなたが眩しくて、目を背ける事もできなかった。
「かっちゃん!見て、こんなに沢山!」
庭木に水をやるんだと小さい庭に出て行ったあなたが、ボウルいっぱいに夏野菜を収穫してくる。
出来立ての麦茶をたっぷりの氷を入れたグラスに注いで、汗だくで戻ってくるあなたに手渡す。
「ありがとう。今年も、良く実るなぁ。」
ボウルを受け取って、水に潜らせて良く絞ったタオルを渡す。
「ひゃぁ、冷たい!気持ちぃ~♪」
喉を鳴らして、麦茶を一気飲みするあなたが、嬉しそうに笑っている。
「はぁ〜、生き返る〜。」
汗を拭きながら、洗面所に駆け込んでいく背中を見送る。
「…忙しいな。」
ふふふと笑って、ボウルの中の夏野菜たちを水で洗う。
「何にしようかな。」
キュウリ、トマト、オクラ、ピーマン…。
「かっちゃん!その子達、どうする?無難にサラダ?スープも良いよね。パスタソースも行けそうだし、肉とか魚と煮込んでも良いかな?」
パタパタと足音を立てながら、駆け戻ってくるあなたが、元気よく提案してくる。
一緒に作って、一緒に食べる。
不思議と笑みが零れるのは、あなたの太陽のような笑顔の所為かもしれない。
【どこにも書けないこと】
秘密がある。
誰にも言えない大きなことから、些細なクセのような小さなことまで。
誰にも洩らしてはいけない秘密を、共有できない悲しみを、飲み込んで生きて行くものだと思っていた。
(あなたが好き。幼馴染みで、親友で。今では誰よりも大切な人。)
大切なあなたにも、きっと伝えることは無い。そう想っていたのに。
「大好き。愛してる。」
いつしかあなたは、簡単に愛の言葉を投げかける様になっていた。
応える術は無いと思い込もうとする自分を遮る様に。
「本当に。産まれたときから、ずっと好きなんだ。」
あり得ないと解っているのに、あなたが表す言葉と表情は、囲って封じ込めた感情を暴き出そうとする。
「ごめんね、好きになって。」
くしゃくしゃに顔を歪めて、自嘲気味に笑って振り返るあなたを思わず抱き締めた。
「謝るのは、お前じゃない。…ごめん。」
自分が先に産まれて、あなたが少し遅れて産まれてきた。
「産まれたときから、ずっと好きだ。」
あなたに物心がつく、きっと一瞬前に自分の物心がついた筈だ。
「ずっと、目で追ってた。」
証左は残せない。何も残らない、残す事もできないこの関係を、明らかにするつもりはなかった筈なのに。
「お揃いだ。遠回りしちゃったけど、これからもよろしくね。」
情け深いあなたの心と優しさに、ずっと救われてきた。
喧嘩や諍いも何度かあったけれど、結局あなたの深い懐から飛び出せる勇気もなくて。
諦める為に始めた筈の同棲も、いつの間にか板に付いてしまった。
「オレはね。かっちゃんが、良いの。」
泣き笑いの表情で、あなたが笑う。
きっとふたりは、泣きながら笑いながら、書き残せない日々を重ねていくのだろう。
『時計の針』
壁掛けの時計が、カチコチと時を刻んでいる。
独りぼっちの夜には良く響くその音に、早く眠れと急かされている様に感じて、時計の針を睨みつけた。
(少しは寝ないと。)
目を瞑っても、耳は運針の音を拾う。
羊を数えようにも、規則正しいその音に沿って数えてしまうので、目が冴えるだけだ。
(寝よう。)
ごそごそと布団を頭まですっぽり被った。
布団の中まで、追い駆けてくるその音は、まだ少し小さく鳴っていた。