※ご注意※
センシティブ表現あり。
閲覧は自己責任でお願いします。
【I LOVE...】
長らく茶化して言い続けた言葉は、大切な人の心には届き難くなっているらしい。
『愛してる。』
耳や項まで紅くしながらも、大切な人は疑わしいとぼやくのだ。
「そう言っておけば、何でもするって思ってるんでしょう?」
拗ねたように膨れる頬を、唇で啄む。
「何言ってるのさ。何もしなくていいんだよ。全部好きだから。」
耳元で囁きながら、首筋に唇で触れる。
「ありのまま、そのままの君を好きになって、大好き過ぎて、離したくないのだから。」
抱き締めて、ゆらゆらと一緒に揺れる。
「産まれてからずっと、君しか見ていないよ。」
大切な人へと、伝えたい言葉が溢れ出す。
「―――っ!解った、解ったから!」
腕の中に静かに納まって、溢れ出た言葉たちを受け止めていた大切な人は、真っ赤な茹でダコの様な顔で振り返り、こちらの口元を手で押さえてくる。
「恥ずかしいから、やめて。」
蚊の啼くような声が聴こえてくるので、口元を押さえる手をそっと外させて、抱き締め直した。
「愛してる。」
溢れる思いも言葉も、揺蕩う静謐な空気も、大切なあなたを包む愛なのだ。
【街へ】
「出掛けよう。雑踏の中なら、紛れて分からないだろうから。」
あれが欲しい、これも買いたい、それは作って食べてみたいヤツ―――。
まとめて全部!叶えたいから、賑やかな街に行こうと提案してくる相手に、苦笑いして一緒に行くと伝えた。
「で、何処に行く訳?」
そこはいつもの場所で、馴染みの街だ。
「いっぱい買いたい物があるから、車で行こっか?」
車の鍵を揺らして、にこにこと笑って手を伸ばしてくる相手の手を取った。
「わぁい、かっちゃんとデートだ〜!」
鼻歌でも歌ってスキップしそうな勢いの手に引かれて、急ぎ足で付いて行く。
二人で出掛けたら、きっと楽しい。
【優しさ】
高級感溢れるフロアの一角。栗色の髪をアップにして纏めて、綺羅びやかなレモン色のドレスを纏う女性の隣に、顔を赤らめた若い小男が座っている。
「オレに付き合ってくれるんだもの。かっちゃんは、優しいよ。」
デレデレと鼻の下を伸ばす男の鼻を、ため息混じりに胡乱な眼で見つめる美女。
「ご馳走様。胸焼けしそうね。…さぁ、そろそろ帰って下さる?お家に帰れなくなるわよ。真っ赤な顔して…。」
ソファの背もたれに縋り付いて、よよよと泣く振りをしている男。
「いい加減になさって?ダーリン呼びましょうね。」
にっこりと美しい女性が微笑んで、嘘泣きをする男を見下ろす。
「酷いよ、リンちゃぁん。連れ無くしないでぇ〜。んえ?」
ポケットから抜き取られた携帯電話が、女性の手に操られている。
「何してんの、リンちゃん?」
ディスプレイに表示されている名前を見せると、男が首をこてんと傾げた。
「あ、話したいのかな?今ね、お仕事中だから、出ないと思うよ?」
にこにこと微笑んだまま、女性が通話ボタンを押す。
「えぇ、ココでの顛末をお話しして差し上げようかと。―――あなたの大切な人をお預かりしております、リンです。ほろ酔いで、お宅まで帰れないと仰ってますの。お迎えに来て下さいませんか?」
お店の名前から何から伝えている美女を、ニコニコと嬉しそうに眺めている男。
「はい、代わってくださいな。」
美女から笑顔が消えて、携帯電話が返却される。
「ん?もしもし?」
静かに聴き入っている男の顔が、でれぇっとだらしなく緩む。
「んへへ、ごめんね。うん、リンちゃんと一緒。懐かしくて、お話ししてた。」
嬉しそうに応対する男の横顔を尻目に、女性はそっと席を立ち、ボーイに一言二言小声で何かを申し付けた様だった。
「折角、お迎えに来て下さるんだから、少しは酔いを醒まして恰好よくお帰りなさい。」
えへへとだらしなく笑う男に、水の入ったグラスを勧めて、酔い醒ましをさせていた。
女性にボーイが近づき、小声で何かを伝えながら持ってきた伝票を手渡す。
「お迎えがいらしてよ。お財布を出して、席を立って頂戴な。」
女性の手を取って席を立ち、去っていく男の背にボーイがお礼を述べて見送る。
「ありがとう、リンさん。ちゃんとお会計、出来た?迷惑かけてない?足りない分は、ない?」
小男に抱きつかれた長身の優男は、大き目の黒縁眼鏡をしていた。
「相変わらず、賑やかにノロケ倒してましたわ。あなたが、どれだけ優しいか。よくよく語って下さいましたもの。」
苦笑いする優男が後ろを振り返る。
「お嬢さん、へべれけ殿がお世話になった。これは、へべれけ殿の主人からの心付けなので、どうか受け取って欲しい。」
地味なスーツに身を包んだ小柄な女性が、厚みのある封筒を差し出した。
「お付き合い、ありがとうございました。ごめんね、あんまり来ないように言い聴かせるから。美味しいものでも、好きなものでも、自由に使って下さい。」
手を挙げて別れの挨拶をする背中を、美女は頭を下げて見送った。
(今どき、こんなもの置いてくヤツ居ないわよ。)
独りで席に座って、大勢のキャストを呼び付けて大騒ぎをする訳でもなく、大した話もせずに短時間で切り上げて帰っていく小男は、珍しい良客として認識されている。
(惚気ても、セクハラはしないし、金払いも悪くないし…。八方美人だから、誰にでも優しくて、お人好しなのよね。)
知り合いでさえなければ、太客にして置きたいくらいなのだ。
「ママ〜。ご主人様からの、お心付ですって。お渡しましたからね。ご自由にどうぞって。」
店内に戻り、着物姿の女性に分厚い封筒を押し付けて、控え室へ戻っていく。
―――夜はまだ、これからだ。
【ミッドナイト】
そこには、深い深い夜が横たわっている。
とても静かな、静けさが酷く煩いくらいの静寂に包まれて、あなたの寝息が小さく音を立ているのを、ぼんやりと眺めていた。
(ずっと一緒だったけど、もっとずっと傍に居られるんだ…。)
無防備な寝顔を見下ろして、くすりと笑う。
「…幸せ、だなぁ。」
嬉し過ぎてドキドキしたり、幸せ過ぎて息が詰まったり、心配し過ぎて怖くなったり、きっと今までと変わらない毎日が続いていく。
そこに、この人と同じ場所に帰る幸せが、追加されるのだ。
「はぁ…。幸せ過ぎて、溺れそう。」
これからは、お泊りではないのだ。この人が帰る場所に自分も帰って良いのだ。
「…かっちゃん。大好き、愛してる。」
深い眠りの中に沈んでいるあなたの耳元に、そっと囁く。
「うぐ、恥ずかしい…。」
長年の間に巫山戯て言い続けた言葉は、心を込めて言えずにいる言葉になってしまっていたのに、するりと漏れて出てきた。
「夜、怖い…。」
ごそごそと大好きなあなたの隣に潜り込んで、背中をむける。
これ以上向き合っていたら、もっと余計な事をして、隣で眠るこの人の眠りを妨げてしまう。
真夜中は、人を正直にする。
稚拙な欲望を露わにして、暴いていく。
溜め込み過ぎて零れ出す想いを、晒してしまう。
それらは、真夜中の闇に融け込んで揺蕩い、朝日に浄化される時を待つようだった。
【安心と不安】
大切な人が、安心して戻ってこれる場所になりたい。
不安な夜は、抱き締めて寄り添いたい。
そう想っていたのに―――。
あなたを待つ時間はいつだって、不安でたまらない気持ちが強くて、酷く掻き乱されている。
震える携帯のディスプレイには、あなたの名前。慌てて取り上げると、陽気に弾んだ声が聴こえてくる。
『かぁず〜、ご飯食べた〜?』
ご機嫌な声が、少し舌足らずに尋ねてくる。
「うん、食べたよ。かっちゃんは、美味しい物たくさん食べた?帰ってきたら、教えてね。」
千鳥足になっていないだろうか、帰る方向と反対に行っていないだろうか、ちゃんとココまで辿り着けるだろうか、迎えに行ってしまおうか―――。
『うん、お腹いっぱい!』
不安な想いが詰まって渋滞している。
「かっちゃん、お酒呑んだでしょ?眠たくなる前に戻らないと、帰ってこられなくなっちゃうよ。」
上手く言葉を選べているだろうか。また不安になる。
『ん〜、駅着いた。ちゃんと帰ってきたからな〜!えらいだろぉ!』
慌てて上着を引っ掴んで、家とバイクの鍵を握り締めた。携帯を操作してイヤホンマイクに切り替える。
「偉いなぁ、流石かっちゃんだね!」
戸締まりをして、ヘルメットを被ってからバイクを動かす。
少しでも早く会って、抱き締めて安心したくて。
暗い夜道へと、大切な人を探しに家を出た。