【優しさ】
高級感溢れるフロアの一角。栗色の髪をアップにして纏めて、綺羅びやかなレモン色のドレスを纏う女性の隣に、顔を赤らめた若い小男が座っている。
「オレに付き合ってくれるんだもの。かっちゃんは、優しいよ。」
デレデレと鼻の下を伸ばす男の鼻を、ため息混じりに胡乱な眼で見つめる美女。
「ご馳走様。胸焼けしそうね。…さぁ、そろそろ帰って下さる?お家に帰れなくなるわよ。真っ赤な顔して…。」
ソファの背もたれに縋り付いて、よよよと泣く振りをしている男。
「いい加減になさって?ダーリン呼びましょうね。」
にっこりと美しい女性が微笑んで、嘘泣きをする男を見下ろす。
「酷いよ、リンちゃぁん。連れ無くしないでぇ〜。んえ?」
ポケットから抜き取られた携帯電話が、女性の手に操られている。
「何してんの、リンちゃん?」
ディスプレイに表示されている名前を見せると、男が首をこてんと傾げた。
「あ、話したいのかな?今ね、お仕事中だから、出ないと思うよ?」
にこにこと微笑んだまま、女性が通話ボタンを押す。
「えぇ、ココでの顛末をお話しして差し上げようかと。―――あなたの大切な人をお預かりしております、リンです。ほろ酔いで、お宅まで帰れないと仰ってますの。お迎えに来て下さいませんか?」
お店の名前から何から伝えている美女を、ニコニコと嬉しそうに眺めている男。
「はい、代わってくださいな。」
美女から笑顔が消えて、携帯電話が返却される。
「ん?もしもし?」
静かに聴き入っている男の顔が、でれぇっとだらしなく緩む。
「んへへ、ごめんね。うん、リンちゃんと一緒。懐かしくて、お話ししてた。」
嬉しそうに応対する男の横顔を尻目に、女性はそっと席を立ち、ボーイに一言二言小声で何かを申し付けた様だった。
「折角、お迎えに来て下さるんだから、少しは酔いを醒まして恰好よくお帰りなさい。」
えへへとだらしなく笑う男に、水の入ったグラスを勧めて、酔い醒ましをさせていた。
女性にボーイが近づき、小声で何かを伝えながら持ってきた伝票を手渡す。
「お迎えがいらしてよ。お財布を出して、席を立って頂戴な。」
女性の手を取って席を立ち、去っていく男の背にボーイがお礼を述べて見送る。
「ありがとう、リンさん。ちゃんとお会計、出来た?迷惑かけてない?足りない分は、ない?」
小男に抱きつかれた長身の優男は、大き目の黒縁眼鏡をしていた。
「相変わらず、賑やかにノロケ倒してましたわ。あなたが、どれだけ優しいか。よくよく語って下さいましたもの。」
苦笑いする優男が後ろを振り返る。
「お嬢さん、へべれけ殿がお世話になった。これは、へべれけ殿の主人からの心付けなので、どうか受け取って欲しい。」
地味なスーツに身を包んだ小柄な女性が、厚みのある封筒を差し出した。
「お付き合い、ありがとうございました。ごめんね、あんまり来ないように言い聴かせるから。美味しいものでも、好きなものでも、自由に使って下さい。」
手を挙げて別れの挨拶をする背中を、美女は頭を下げて見送った。
(今どき、こんなもの置いてくヤツ居ないわよ。)
独りで席に座って、大勢のキャストを呼び付けて大騒ぎをする訳でもなく、大した話もせずに短時間で切り上げて帰っていく小男は、珍しい良客として認識されている。
(惚気ても、セクハラはしないし、金払いも悪くないし…。八方美人だから、誰にでも優しくて、お人好しなのよね。)
知り合いでさえなければ、太客にして置きたいくらいなのだ。
「ママ〜。ご主人様からの、お心付ですって。お渡しましたからね。ご自由にどうぞって。」
店内に戻り、着物姿の女性に分厚い封筒を押し付けて、控え室へ戻っていく。
―――夜はまだ、これからだ。
1/27/2024, 10:09:18 PM