お題:届かぬ想い
今日、この日だから。
「俺さ、お前が幼馴染で良かったよ。大学は違うけどさ、これからもよろしくな!」
幼馴染は、太陽のような笑みを浮かべてそう言った。卒業証書の入ったホルダーで肩を叩き、少し恥ずかしそうに鼻を搔いていた。
私は何も言えなくなる。
今日、この日だがら。これを最後と思って区切りをつけたかった、言いたかったのに。
「……私も。私も、あなたが幼馴染で良かった」
私は、胸の前で両手を握って微笑んだ。
お題:神様へ
清流のようなフルートの音が、社に響く。その音色のおかげで、久方ぶりに目を覚ました。そして音の主が馴染みの客と気づいて、わたしは微笑んだ。
「上手くなったものだ」
子供のころから毎日のようにやってきて、ただ一礼をして奏していた。作法もあったものじゃない。その上に、フルートは下手くそときた。されど、願いも祈りも何も込められていないその音色は、心地よかった。
されども、この音色はいつもと違う。
「ああ、そうか、ゆくのだな」
一音一音を惜しむように思いを乗せた温かな音色だった。わたしに奏し奉らんとする音色だった。音の粒が体に染み渡り、穢に淀む体が楽になっていく。
「ふふ、こちらこそ。なぁに、わたしは見ていただけさ。されども知っていたよ。そなたが広い世界へ行くことを。……ああ。約束しよう。わたしの力が残る限り、見守ると」
約束しよう、わたしを慕う人の子よ。約束しよう、その時まで。
お題:快晴
「ニチニチコレコウジツ。ホウホンハンシ」
じいちゃんが、いつも言っていた。そしてそれは、毎朝毎夕に神社と墓へ詣で手を合わせる理由の答えだった。じいちゃんは、ポカンとする俺の頭をポンポンと撫でて、笑って茶をすすっていた。
「日々是好日。報本反始」
腕に巻かれた包帯を見ながら、手を握って、開いてを繰り返す。
「軽症で良かったな」
「うん」
父さんは運転をしながら、ちらりと俺を見た。絆創膏に、包帯に、青あざに、痛々しい見た目に反して骨折もしていない。
「跳ねられたって聞いたときは、血の気が引いたよ」
「俺も。死んだかと思った」
たぶん、神様が見ていてくれた。たぶん、じいちゃんが護ってくれた。
「お礼を言いにいかないと」
「今日くらいは神様もじいちゃんも休めっていうぞ」
「うん。でも、今日だから言いに行きたい」
日々是好日、報本反始。穏やかな日常に感謝して。
お題:遠くの空へ
ぽーんと、ボールが跳ねた。受け止めそこねたボールは高い孤を描いて、落ちた。
紙飛行機は風に乗って、けれど公園から出る間もなく墜落する。
ブランコをどれだけ高く漕いだって、近づく空が遠いことを知るだけだ。
枝の上で羽を休めていた雀が飛んだ。
ブランコを漕ぐのをやめる。
紙飛行機は女性に拾われた。彼女は顔を上げ、送り主に笑いかけた。
ボールは、きゃらきゃらと笑う子どもたちが捕まえた。
僕はブランコから立ち上がって歩き出す。今はまだいいや、そう思えた。遠くの空へ行けずとも、今はまだ。
お題:言葉にできない
桜は何を思うのか。花びらが、そぼ降る雨粒の重さに枝垂れ、やがて耐えかねぷっつりと地面へと落ちる。ひとひら、またひとひら、ひら、ひら、と。
雨はやまない。明日も、明後日も、まだやまないと天気予報は言っていた。
昨日、花の盛りを迎えた桜への慈悲か、無慈悲か。幸か不幸か。刹那にして永遠で、美しくて、みすぼらしくて。
「ああ、なんて言ったらいいのだろう。悲しくて、嬉しい、みたいな」
すべての対義語が、同時にそこにあった。少なくとも私には。ならば、いま、桜は何を思っているのだろうか。