お題:好きな色
それはやっぱり瑞々しさのある色だろう。例えば君が子供の頃、新しいものに触れるたび、初めてのイベントに出会うたび、世界が輝いて見えたはずさ。だから喜びを纏う輝きに満ちた色をおすすめするよ。
いいや、やはり黒と白だ。希望も優しさも、雀の涙ほどしかない汚れたこの世界。君はそれを知っただろう? その怒りは正しいさ。だから全てに黒白をつけ、正義と悪を決めるべきだ。グレーなんて許されない。そうだろう?
言いたいことはわかるけれど、君は自分がそれほど強くないと知っている。深い悲しみのどん底では、無気力に侵食され、脳裏に死が過るだろう。けれど、禍も福も役も厄も、代る代るその身に与えられる。だからグレーでもいいのさ。悲しみに耐えられるなら。
さて、ここまでくれば、私よりも君は君のことを知っている。だって人生を謳歌したのだから。だから、きっと選べるはずさ。君の喜怒哀楽に満ちた思い出たちは、セピア色に褪せただろう。けれどキラキラと輝いてもいる。そう信じているよ。だから君の答えが知りたいな。
君の好きな色は、なに?
お題:もしも未来を見れるなら
彼との映画デートは決まって、鑑賞後にランチを取る。映画の感想をじっくりと語り合うためだ。そして明日は仕事だし、余韻に浸りたいからと、解散になることが多い。だから言うなら今だ。今しかーー。
「ねぇ、聞いてる?」
「えっ」
「大丈夫? ここのところ変だよ。最近、映画見に行ってもどこか、上の空だし」
心配そうな彼の顔を見て、慌てて顔の前で手を振った。
「だ、大丈夫、大丈夫。ちょっと仕事で、ね。でも映画見たおかげでかなりストレス発散できてる!」
「そう、それならいいんだけど。……さて、ご飯も食べたし、お開きにしよっか」
「そうだね」
乾いた笑みを浮かべながら、頷いた。ああ、今日も言えなかった。
もしも未来を見ることができるなら、私はこんなに緊張なんてしないのに。
お題:無色の世界
誰かは、退屈と言うでしょう。
ソファに腰かけ、ぼんやりと空間を見つめていた。ああ、今日も穏やかな一日だった。
掃除、洗濯、お料理、ただ息を吸って吐くような、そんな日々を繰り返すだけの、何の変哲もない日常。義務を果たし、良いも悪いも、好きも嫌いもない、穏やかな世界。揺らぐ心もない、平らかな世界。なにも変わらない世界。
誰かは、退屈と言うでしょう。けれど、私にとっては、何にも代えがたい幸せな世界。
お題:桜散る
屋敷の庭の隅に咲いている枝垂れ桜も、もう見納めだった。明日をまたず散ってしまうだろう。
「幻想的だね。いや、幻想か」
ひらひらと舞う花弁を見つめながら、夫はポツリと呟いた。
「梶井基次郎だっけ。桜の下にはってやつ。あれを思い出す」
「そうですね。あと、柳田國男」
「よく知ってたね。あれは君の好みじゃないと思っていた」
夫は苦笑していた。私は唇を尖らせる。だって、読書はあなたの趣味だったから、必死に、たくさん読んだのですもの。
「さて、時間だ」
「はい。次は夏ですね」
「ああ。……でも、君はもう、この家を出ていいんだよ」
私は顔を歪めた。酷な事を言う人だ。
「ナス、用意しませんよ」
「怨霊にでもさせる気かい」
「取り憑いてくださるなら本望です」
夫は、とても悲しそうに笑った。心配をかけていることはわかっている。けれど、私はまだ現実を生きることができない。
夫が何かを言おうを口を開いたそとのき、一陣の風が吹き抜けた。残り僅かだった花びらを全てさらっていって、瞬きの間に、夫は霞のように消えてしまった。
「……潔くなくて、ごめんなさい」
せめて、桜が魂魄を吸い切るまで。それまでには。私は顔を覆って蹲った。
【後日作成のため保存】
お題:夢見る心