♯静かなる森へ
疲れた。
もう休みたい。
そうぽつりと呟いて、木製の小さなテーブルに突っ伏す彼女。
社会人になってからというもの大好きなマンガを読むことはなくなり、趣味であるイラストを描くこともなくなった。度重なる残業と押しつけられる仕事に食事を準備する時間も気力も奪われ、ふくよかだった体はすっかり痩せ細ってしまった。仕事を辞めようにも辞めたところで次の職にすぐ就けるのかもわからない。月給はいくら? 待遇は?
もはや生きるために生きている――そこに、生きる意味はあるのだろうか?
私と同じように彼女もそう感じている。
だからこそ、絶望する。
「ねえ、森にイこうよ」
私は彼女の背中に取りつき、耳元で甘く囁いた。
「疲れたなら休めばいいじゃない。荷物は置いて着の身着のままイっちゃおう。だれも追ってこない、だれにも見つからない、だれからも怒られない――静かな森へ」
彼女の暗く濁っていた瞳に、かすかな希望の光が宿る。
私は口元だけでひっそりと笑った。
♯夢を描け
「将来は何になりたい?」
「先生みたいな学校の先生になりたい!」
「将来は何になりたい?」
「サッカー選手になってJリーグに行くんだ!」
「将来は何になりたい?」
「警察官になって悪い人を捕まえられるといいな」
「将来は何になりたい?」
「漫画家になれたら、感動を届けられるかな……」
「将来は何になりたい?」
「……公務員になれば、安心できるだろうか」
「将来は何になりたい?」
「………………」
「将来は何になりたい?」
「もう、無理だよ」
♯届かない……
そうわかっていても、私のスマホには、あなたのアドレスがいつまでも残っている。
♯木漏れ日
ジイさんが公園のベンチに深々と腰かけていた。穏やかな木漏れ日の中、杖をついてうとうと微睡んでいる姿は平和そのものだ。在りし日の日本といった光景に俺は心を和ませる。
次に辺りをくまなく見回した。
子どもは学校へ。主婦は家事へ。
いまならだれの目もない。
足音を忍ばせてジイさんに近づこうとした――その瞬間だった。
ジイさんの皺に埋もれた目がゆっくりと開く。呑気にあくびをした後、カバンを手元に引き寄せた。
俺は口の中で軽く舌打ちをし、足早にその場を立ち去った。
♯ラブソング
シンガーソングライターの卵の君。
たくさんの人が足を止めて見守る中、いつもの路上で、いつもの時間に、いつものように新曲をお披露目してくれた君。新曲はラブソング。君が今まで一度も歌ってこなかった愛の唄。
……ねえ、それは、だれを想って、だれに宛てたものなの?
私へのプレゼントじゃないことは知っている。だって、君はたくさんの人たちから私を見つけてくれたことなんてないでしょ?