♯静かなる森へ
疲れた。
もう休みたい。
そうぽつりと呟いて、木製の小さなテーブルに突っ伏す彼女。
社会人になってからというもの大好きなマンガを読むことはなくなり、趣味であるイラストを描くこともなくなった。度重なる残業と押しつけられる仕事に食事を準備する時間も気力も奪われ、ふくよかだった体はすっかり痩せ細ってしまった。仕事を辞めようにも辞めたところで次の職にすぐ就けるのかもわからない。月給はいくら? 待遇は?
もはや生きるために生きている――そこに、生きる意味はあるのだろうか?
私と同じように彼女もそう感じている。
だからこそ、絶望する。
「ねえ、森にイこうよ」
私は彼女の背中に取りつき、耳元で甘く囁いた。
「疲れたなら休めばいいじゃない。荷物は置いて着の身着のままイっちゃおう。だれも追ってこない、だれにも見つからない、だれからも怒られない――静かな森へ」
彼女の暗く濁っていた瞳に、かすかな希望の光が宿る。
私は口元だけでひっそりと笑った。
5/11/2025, 3:43:24 AM