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4/11/2025, 1:40:20 PM

♯君と僕


 僕たちは同じ日に生まれた。
 君が弟で僕が兄だったけど、僕は君で君は僕だった。
 僕たち同じ顔で、同じ声で、同じ服を着て、同じものを好きになって、同じことをしたがって――ふたりでひとりみたいだった。
 ……なのに、いつからだろう、君は僕と同じものを見てくれなくなった。
 僕が赤が好きだといったら、君は青が好きだといった。
 僕が遊園地に行きたいといったら、君は水族館に行きたいといった。
 僕がスポーツで褒められたら、君は勉強で褒められようとした。
 明日、君は家を出て高校の寮に入る。まるで僕から離れたがっているみたいに。

 ……ああ、そうだったんだ。
 このときになって、僕はやっと理解した。
 
 一緒に生まれたけど、一緒には生きていけない。
 僕たちは「ふたり」なんかじゃなくて、「ひとりとひとり」でしかなかったんだ。

4/10/2025, 1:28:51 PM

♯夢へ!


 眠ること――それが、僕のいちばん好きなこと。
 でも、たったひとつ気がかりなことがある。
 ――怖い夢は見たくないなあ。
 夢を自由にコントロールできたらいいのに。夢の中なら僕は何にでもなれるし、どんなものでも作れるし、どこへでも行けるのだから。
 そのためには『ここは夢の中である』と気づくことが大事らしい。WBTB法、SSILD法、WILD法、MILD法、アファメーション、リアリティチェック……古今東西の知識を総動員して、僕は日々練習を重ねる。
 それを見守っていた友人の、耐えかねたような一言。

「その努力をほかのコトに使ったら?」

 現実の声には耳を塞いで、僕は今日も夢の中へダイブする。

4/9/2025, 3:56:16 PM

♯元気かな


 単身、北から南へ移り住んだ。
 手続きは大変だったし、地元とは違って暑かったし、地理を把握するところから始めないといけなかったけど、それでも新天地での生活は気が楽だった。
 ここにいる私は何者でもない。
 私を知っている人間は誰もいない。
 重い重い荷物を下ろして、やっと人心地がついた気分。
 ――けど、それも、日を追うごとに薄れていった。
 ひとりベッドで仰向けになり、暗い天井を見つめる。亡霊のようにぼんやりと浮かび上がるのは、かつての私を知る人たち。
 妻になるのを拒んで捨てた恋人。
 介護に縛られるのが嫌で捨てた両親。
 管理職を任されるのが面倒で捨てた職場の人たち。
 ……捨てたんじゃない、私は逃げたんだ。

 みんな元気かな。
 元気にしてたらいいな。

 ――そう思う資格なんて、今の私にはないのに。

4/8/2025, 3:00:21 PM

♯遠い約束


 ――ぼくはね、いまでも昨日のことのように思い出せるよ。君と約束を交わした日のことを。
 君の声がうわずっていたコトとか。
 君のほっぺたが真っ赤だったコトとか。
 君の瞳が星を込めたみたいにキラキラしていたコトとか。

 ……けど、君の中では、もう古びた写真みたいに色褪せちゃったんだろうね。

4/8/2025, 3:32:57 AM

♯フラワー


 栄枯盛衰。諸行無常。生者必滅。
 匂い立つほど美しい花であっても、いつかはしおれて曲がり、黄ばんでくすみ、粉をふいたように干からびて、カビと虫に犯され食い荒らされていく。
 絶頂から転落していく様を見るたび、私は自分で自分の首を絞めたくなる。ああ、どうして時は止まってくれないのだろう。
「そろそろ寿命かしら?」
 母がドライフラワーを見つめながら、ため息を吐いた。
 折れ曲がった腰。シミの浮いた手。気色の悪い横顔は、皮膚がたるんで皺だらけだ。
 ――なんてみにくい生き物。
 ――けど、私もいつかああなる。 
 私は母から視線を引き剥がす。思い出の中の美しい彼女をこれ以上汚したくなかった。
 老いていく自分を見つめて狂わずにいられるだろうかと、私はこれからを思って暗然とした。

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