♯君と僕
僕たちは同じ日に生まれた。
君が弟で僕が兄だったけど、僕は君で君は僕だった。
僕たち同じ顔で、同じ声で、同じ服を着て、同じものを好きになって、同じことをしたがって――ふたりでひとりみたいだった。
……なのに、いつからだろう、君は僕と同じものを見てくれなくなった。
僕が赤が好きだといったら、君は青が好きだといった。
僕が遊園地に行きたいといったら、君は水族館に行きたいといった。
僕がスポーツで褒められたら、君は勉強で褒められようとした。
明日、君は家を出て高校の寮に入る。まるで僕から離れたがっているみたいに。
……ああ、そうだったんだ。
このときになって、僕はやっと理解した。
一緒に生まれたけど、一緒には生きていけない。
僕たちは「ふたり」なんかじゃなくて、「ひとりとひとり」でしかなかったんだ。
♯夢へ!
眠ること――それが、僕のいちばん好きなこと。
でも、たったひとつ気がかりなことがある。
――怖い夢は見たくないなあ。
夢を自由にコントロールできたらいいのに。夢の中なら僕は何にでもなれるし、どんなものでも作れるし、どこへでも行けるのだから。
そのためには『ここは夢の中である』と気づくことが大事らしい。WBTB法、SSILD法、WILD法、MILD法、アファメーション、リアリティチェック……古今東西の知識を総動員して、僕は日々練習を重ねる。
それを見守っていた友人の、耐えかねたような一言。
「その努力をほかのコトに使ったら?」
現実の声には耳を塞いで、僕は今日も夢の中へダイブする。
♯元気かな
単身、北から南へ移り住んだ。
手続きは大変だったし、地元とは違って暑かったし、地理を把握するところから始めないといけなかったけど、それでも新天地での生活は気が楽だった。
ここにいる私は何者でもない。
私を知っている人間は誰もいない。
重い重い荷物を下ろして、やっと人心地がついた気分。
――けど、それも、日を追うごとに薄れていった。
ひとりベッドで仰向けになり、暗い天井を見つめる。亡霊のようにぼんやりと浮かび上がるのは、かつての私を知る人たち。
妻になるのを拒んで捨てた恋人。
介護に縛られるのが嫌で捨てた両親。
管理職を任されるのが面倒で捨てた職場の人たち。
……捨てたんじゃない、私は逃げたんだ。
みんな元気かな。
元気にしてたらいいな。
――そう思う資格なんて、今の私にはないのに。
♯遠い約束
――ぼくはね、いまでも昨日のことのように思い出せるよ。君と約束を交わした日のことを。
君の声がうわずっていたコトとか。
君のほっぺたが真っ赤だったコトとか。
君の瞳が星を込めたみたいにキラキラしていたコトとか。
……けど、君の中では、もう古びた写真みたいに色褪せちゃったんだろうね。
♯フラワー
栄枯盛衰。諸行無常。生者必滅。
匂い立つほど美しい花であっても、いつかはしおれて曲がり、黄ばんでくすみ、粉をふいたように干からびて、カビと虫に犯され食い荒らされていく。
絶頂から転落していく様を見るたび、私は自分で自分の首を絞めたくなる。ああ、どうして時は止まってくれないのだろう。
「そろそろ寿命かしら?」
母がドライフラワーを見つめながら、ため息を吐いた。
折れ曲がった腰。シミの浮いた手。気色の悪い横顔は、皮膚がたるんで皺だらけだ。
――なんてみにくい生き物。
――けど、私もいつかああなる。
私は母から視線を引き剥がす。思い出の中の美しい彼女をこれ以上汚したくなかった。
老いていく自分を見つめて狂わずにいられるだろうかと、私はこれからを思って暗然とした。