♯元気かな
単身、北から南へ移り住んだ。
手続きは大変だったし、地元とは違って暑かったし、地理を把握するところから始めないといけなかったけど、それでも新天地での生活は気が楽だった。
ここにいる私は何者でもない。
私を知っている人間は誰もいない。
重い重い荷物を下ろして、やっと人心地がついた気分。
――けど、それも、日を追うごとに薄れていった。
ひとりベッドで仰向けになり、暗い天井を見つめる。亡霊のようにぼんやりと浮かび上がるのは、かつての私を知る人たち。
妻になるのを拒んで捨てた恋人。
介護に縛られるのが嫌で捨てた両親。
管理職を任されるのが面倒で捨てた職場の人たち。
……捨てたんじゃない、私は逃げたんだ。
みんな元気かな。
元気にしてたらいいな。
――そう思う資格なんて、今の私にはないのに。
4/9/2025, 3:56:16 PM