何気ないふりをしているのが好きでした。
「なんでもないよ」と繰り返して、「そんなことないでしょう」と指摘されるのが好きでした。
俺は俺を愛するひとを愛しました。
それ以外の人間は俺にとって無価値なので関わりませんでした。
俺って生き物はどうにもばかでした。
俺は人間から愛される人間ではなかったようで、俺には愛したい人間などいなくて、だからずうっとひとりでいました。
母さんは「もっとみんなと仲良くしてよ」って泣いて、父さんは「もう少し周りを見てくれ」と俺を宥めました。
何年経っても俺は変われませんでした。
変わってくれと願われたって、どうしようもないもんはどうしようもないんです。
俺は俺として生まれてしまったのだから、俺でない人間にはなれないのです。
いつも陰気だと言われたから、飲酒や薬に手を出してみました。
頭の傷で性格が変わったという海外のニュースを聞いたから、頭を壁に何度もぶつけてみました。
でも俺は俺のままでした。
いずれ自傷行為を覚え、何度か親に救急車を呼ばれました。
俺という人間に価値がないことはわかっていました。
でも、器は悪くないんじゃないかと思ってたんです。
この凡庸以下の塵芥の詰まった中身が悪いんです。
俺はそれを破棄できなかったんです。
両親は言い過ぎたことを反省したようで、俺に少し優しくなりました。
ちょっとだけ勇気を出してグループワークのとき笑ってみたら、隣の席の人が話しかけてくれるようになりました。
俺は嬉しかったです。
けれど彼は俺のことを愛してなんかいなくて、ただ暇つぶしぐらいに使ってるだけなんだとも分かっています。
次第に何気ないふりをせずに生きていられたらどれほど楽かと思うようになりました。
明日、彼が誘ってくれたので初めて家族以外と外出をします。
でも俺は怖いから、明日は行けません。
何が怖いのかわからないけれど、俺はすごく臆病でした。
彼は優しいし、俺のことを友達だと言ってくれます。
それでも俺は彼の一番ではないんです。
俺の友達は彼しかいないのに、彼にはたくさん友達がいて、俺はその中でもとびきり格が低いんでしょう。
最近彼と話すと泣きそうになってしまって、うまく言葉が出てこないんです。
俺が泣いたらきっと彼は慰めてくれるし、話だって聞いてくれると思います。
俺が想像するような悪いことなんて起きないんです。
それなのに、なぜだか俺は弱い自分を見せるのが嫌で仕方が無いんです。
自分の中にある感情に気付いてしまって、俺は毎日死にたくて堪りません。
こんなことになるなら人と関わろうなんてしなければよかったです。
彼の中に、俺という存在が永久に残ってしまうのがとても嫌です。
俺のことなんて早く忘れてください。
あなたはこれからもたくさんの友達と一緒に学校生活を送って、いずれ結婚とかをして、家庭をつくっていくんだと思います。
俺はあなたがそういう平凡な幸せの中に身を置くことを、どうしても理解できないんです。
あなたの人生に、俺という存在は邪魔でしかないんです。
俺はありがとうもごめんなさいもロクに言えなかったですよね。
一週間後に俺は誕生日を迎えて、18歳になります。
身体だけ大人になって、中身はまったく成長せず無価値で駄目な自分のまま、他人や社会に迷惑をかけるのはうんざりです。
俺はいつからか誕生日というものを嫌悪するようになりました。
自分が着実に老いていくことに対して吐き気がするんです。
あの日は俺にとっては何もおめでたくないんです。
あなたから「誕生日おめでとう」なんて言われたら、恥ずかしくて仕方が無いです。
一昨日ぐらいに、あなたが俺の誕生日について言及してきたとき、俺は血の気が引きました。
教室の壁に貼られた自己紹介カードに、俺は自分のほんとうの誕生日を書いてしまっていて、あなたがそれを見てしまったということを知りました。
俺は何気ないふりが得意だから、祝って欲しくないなんて言えなかったんです。
少しでもあのとき嬉しいと思ってしまって、俺は情けないです。
もう俺はあなたとお話することができないと思ったら長くなってしまいました。
多分あなたは途中で飽きてしまって、ここまで読んでくれてないと思います。
俺はあなたのことが嫌いだから、明日の約束を破るわけではありません。
誕生日を祝われたくないのも、俺が俺自身を酷く嫌っているからです。
決してあなたが気を病むことではないから、どうか幸せに生きてください。
今までありがとうございました。愛しています。
生きるのは好きではなかった。人も好きではなかった。
でも体温や声を求めていた。おかしな話だが、俺は確かに人に好かれることを第一目標に掲げている。
彼は俺の手をとって、ぎゅっと握った。気が狂いそうなほど渇望した愛が空虚な体躯の内臓となる。
鼻先が赤かった。指摘すると彼は笑った。笑って、手に更に力を込めた。痛くはなかった。俺はどうだろう、笑えていただろうか。握り返した手はあたたかかった。
横浜の夜景は綺麗で、大きな観覧車がカラフルな照明に彩られ、ビルの窓から漏れ出す明かりも夜の寂しさなど知らぬかのように煌々としていた。俺の地元は誰がどう見ても田舎で、夜は点と滅とを繰り返す頼りない灯りや自転車のライトが照らした。俺にとっての夜はそんなものだ。暗がりで肌寒いだけ、危険なだけ。それがこんなにも美しいなんて……。
彼が走らせる車が、街を離れていく。
ぼーっと微睡む瞳で窓の外を見つめて気付く。今夜は満月だった。
小さい頃、月のかたちが変わるのが不思議だった。今となっては理由が分かるけれど、十数年前の無知だった少年は何度も父や母に尋ねては首を傾げていた。
成長して、理科の授業で教わったときの俺は、満月というものが好きだった。というより満月でないともどかしかったのだ。
もしも地球も月も止まってしまったら、一生夜の闇の中で満月を見られるのかな。気付いたら時計の針が戻ってきたりして、真っ暗だから何もしなくていいやって全部を放棄して滅ぶまで待っていたい。そこに彼さえ居れば、俺はハッピーエンドを迎えることが出来る。
仕事で忙しい両親がわざわざ有給をとって俺と兄を連れて行ってくれた祭りですくった金魚。赤かったからと、兄は安直にレッドと名付けた。ふたりできちんと育てるという約束で飼ったけれど、結局餌の与え過ぎで水槽が濁ってすぐに死なせてしまった。
両親は俺達を叱らなかったけれど、祭りはそれきり行かなかった。
あぁ、そうか。終着点ってのは、個人の問題じゃないのか。いろんな人やものに手を加えられて作られて、自分じゃどうしようもないものなんだな。レッドが死んだのは間違いなくバッドエンドだが、レッドを責める人間はどう考えても異常だ。終わり方は自分では決められないのだから。魚は増してそうだろう。
金魚が生かすも殺すも俺達次第だったのなら、俺だってまた彼次第の命だ。彼がハッピーエンドになるべく施しを続けているから俺は今も生を引き摺る。それを愛とよぶのだと思う。
バカみたい、と言うか、実際私はバカである。
勉強が出来ぬ訳では無い。私はそういうバカが羨ましかった。何かを以て相殺、或いは隠蔽できるからだ。例えば勉強が出来ずとも、顔が良い、若しくは運動が得意である、などの特性を持っていればなんら問題は無い(多少は問題かもしれぬが)。それに大抵の場合、努力をすれば学力は上がるだろう。
ところが、私のような類のバカはそうはいかない。何と言おうか、生活に必要な知能、生きる才能とやらが私には欠如しているらしかった。学ぶ為の参考書などは用意されていない。私は人間としてこの世に生まれたとき、大切なものを只管に置いていったから欠落しているのだろうか。取っておかねばならぬものをかなぐり捨てるとは、やはりバカと呼ぶに値する。全くどうしてこんな風に……!
善悪の判断はつかぬ。私は主観的なものを嫌悪した。それこそ主観であるし、私の身体は私以外の身体にはならぬ。脳も、取り換えがきかぬ。
我思う、故に我あり。私は知を愛した。品を持たぬ者を軽蔑した。書物を踏み台にして、人がものを見る風刺画を思うと、私は一番上を見つめているだろうか。自惚れやもしれぬ。私には見当つかない事物が大勢あって、結局私は私に用意された唯一の世界で生きなければならぬ。
私は羽ばたく鳥を見た。飛ぶだろうと思った。しかし鳥は飛ばなかった。知らぬものは知らぬ。分からぬものは分からぬ。理解及ばぬものは理解及ばぬ。ただ目の前の事象を受け入れている。