曖昧よもぎ

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生きるのは好きではなかった。人も好きではなかった。
でも体温や声を求めていた。おかしな話だが、俺は確かに人に好かれることを第一目標に掲げている。
彼は俺の手をとって、ぎゅっと握った。気が狂いそうなほど渇望した愛が空虚な体躯の内臓となる。
鼻先が赤かった。指摘すると彼は笑った。笑って、手に更に力を込めた。痛くはなかった。俺はどうだろう、笑えていただろうか。握り返した手はあたたかかった。

横浜の夜景は綺麗で、大きな観覧車がカラフルな照明に彩られ、ビルの窓から漏れ出す明かりも夜の寂しさなど知らぬかのように煌々としていた。俺の地元は誰がどう見ても田舎で、夜は点と滅とを繰り返す頼りない灯りや自転車のライトが照らした。俺にとっての夜はそんなものだ。暗がりで肌寒いだけ、危険なだけ。それがこんなにも美しいなんて……。

彼が走らせる車が、街を離れていく。
ぼーっと微睡む瞳で窓の外を見つめて気付く。今夜は満月だった。
小さい頃、月のかたちが変わるのが不思議だった。今となっては理由が分かるけれど、十数年前の無知だった少年は何度も父や母に尋ねては首を傾げていた。
成長して、理科の授業で教わったときの俺は、満月というものが好きだった。というより満月でないともどかしかったのだ。
もしも地球も月も止まってしまったら、一生夜の闇の中で満月を見られるのかな。気付いたら時計の針が戻ってきたりして、真っ暗だから何もしなくていいやって全部を放棄して滅ぶまで待っていたい。そこに彼さえ居れば、俺はハッピーエンドを迎えることが出来る。

仕事で忙しい両親がわざわざ有給をとって俺と兄を連れて行ってくれた祭りですくった金魚。赤かったからと、兄は安直にレッドと名付けた。ふたりできちんと育てるという約束で飼ったけれど、結局餌の与え過ぎで水槽が濁ってすぐに死なせてしまった。
両親は俺達を叱らなかったけれど、祭りはそれきり行かなかった。

あぁ、そうか。終着点ってのは、個人の問題じゃないのか。いろんな人やものに手を加えられて作られて、自分じゃどうしようもないものなんだな。レッドが死んだのは間違いなくバッドエンドだが、レッドを責める人間はどう考えても異常だ。終わり方は自分では決められないのだから。魚は増してそうだろう。
金魚が生かすも殺すも俺達次第だったのなら、俺だってまた彼次第の命だ。彼がハッピーエンドになるべく施しを続けているから俺は今も生を引き摺る。それを愛とよぶのだと思う。

3/29/2026, 12:26:26 PM