「ハッピーエンド」
「突然だが聞きたいことがある。お前にとってのハッピーとはなんだ」
長年暴れ回っていた魔王が今にも勇者に討たれるという時、勇者は攻撃の手を止めてそう尋ねた。
「はっ、ハッピーだと?なぜそのようなことを聞く」
「お前をただ討つだけでは本当のハッピーエンドにならないからだ。俺は本当のハッピーエンドを求めている。質問に答えろ」
ピクリとも表情を動かさず、構えた剣も動かさずに答える勇者。
「......わしを討たぬと言うのか?」
意味が分からず恐る恐る勇者の目を見ると、勇者は力強く頷いた。
「ああ。お前を討てばお前がハッピーになるというのなら別だがな。お前の望みはなんなんだ」
魔王は困惑する。この勇者は一体何が目的なのだろうか。本当のハッピーエンドを求めていると言ったが、それはなんなんだ?
「わしが今本当に成したいことは、貴様を倒すことなんだが」
正直に言ってみると勇者は顔をしかめた。
「悪いが却下する。それでは俺がハッピーにならない」
「ならなぜ聞いたのだ!わしの望みくらい分かっておろう」
「すまない。他のハッピーを頼む」
勇者は律儀に謝る。今まで相当この勇者と戦ってきたが、こんなやつだとは思いもしなかった。
「他にもやりたいことくらいあるだろう。お前は何がしたくてこんなに暴れていたんだ」
やりたいこと......。魔王はぼんやりと考える。
わしはどうしてこの勇者を倒したかったのか。ああそうだ、最初はただ友達が欲しかったんだ。
モンスターの中でも極めて大きく醜く生まれた魔王は、小さな頃から恐れられ嫌われ、友達なんて一人もいなかった。それでも友達が欲しくて笑顔の練習をしたりしたけどなんにも意味は無くて、とうとうある日嫌になって、自分以外いなくなればいいと自暴自棄に暴れ回るようになったのだ......。
魔王の話を聞き、勇者は相変わらず無表情のまま深く頷いた。
「なるほど、お前は友が欲しかったんだな。なら俺がお前の友になろう。それでいいか」
「いいわけないだろう、わしは貴様を倒したかったんだぞ!」
「もう過去形だな。つまり今倒したい訳では無い。それにお前は友が欲しくて、俺は本当のハッピーエンドを求めている。だから俺がお前の友になることの何がおかしい?」
反論ができずに魔王は呻く。
「貴様は嫌じゃないのか。今まで散々殺しあってきた間ではないか」
魔王が言うと、勇者はここに来て初めて微かな笑みを浮かべた。
「嫌では無い。お前がしてきてことは決して許されないことだが、お前と友になるのは面白そうだ」
こうして魔王は勇者と友達になり、勇者はしょっちゅう魔王の城にやってくるようになった。勇者はどうもムカつくやつだが、不思議と嫌いになれない。
「貴様の思い描いた本当のハッピーエンドとやらは、なかなか悪くないな」
誰にも聞こえぬよう、魔王は小さく呟いて笑った。
「君に会いたくて」
私の親友のマリコは、いわゆる“ロリータ系”だ。いつもまるでフランス人形のような格好をしている。髪の毛は金髪縦ロールだし瞳は青色。外見だけでなく仕草や行動も上品で、前世はフランスの貴族だったんじゃないかと思うくらい。遊びに行く時はもちろん、学校に行く時もコンビニに行く時も焼肉を食べる時も、フリルとリボンでいっぱいの服を着ている。ちょっと変わっているけれど、穏やかで優しいマリコのことが私は大好き。
そんな私とマリコの通う高校で文化祭が行われることになった。私たちのクラスの出し物は王道にメイドカフェ。今日ばかりはマリコもロリータ服では無く、白と黒のメイド服を着ている。とっても似合っていて可愛いんだけど、マリコは少し寂しそう……というより不安そうに見える。
「マリコ大丈夫?緊張してるの?」
心配になって尋ねてみると、マリコは上品に微笑む。
「いいえ、平気よ。……ちょっと落ち着かないだけ」
やっぱりフランス人形みたいな格好じゃないと安心出来ないのかな。
少し心配だけど、文化祭が始まると意外と忙しくて、マリコのことを気にかける暇がない。
「おかえりなさい、ご主人様!」
「ご注文は決まりましたか?」
「いってらっしゃいませ!」
小っ恥ずかしいセリフを繰り返すうちに何も感じなくなってきたとき、他校の男子生徒三人組がやってきた。そのうちの一人は背が高く、茶色い髪に青みがかった瞳のハーフっぽい上品なイケメンだ。女子達はすこしざわざわして、誰がイケメンの接客に行くかジャンケンを始める。ジャンケンはだいぶ長引いて三人組の居心地が悪そうなので、もう私たちが行っちゃおうか?と誘おうとマリコを見て驚く。マリコは石のように固まって、茶髪のイケメンをじっと凝視していたのだ。青い瞳はあらん限りに見開かれ、本当の人形のように見えて少し怖い。
「ま、マリコ?」
おそるおそる声をかけると、マリコは私の腕を痛いほどに掴んだ。
「お願い、彼を帰さないでっ……!」
掠れた声で言い残し、必死の形相で教室を飛び出す。
何が何だか分からないが、マリコが真剣なのは分かったので、ほとんど反射的にイケメンに話しかける。
「あっ、あの〜、ご注文はお決まりですか?」
とりあえず注文をとる。ジャンケンをしていた女子たちの視線が痛いけどしょうがない。親友の為だ。
マリコは随分帰ってこなかった。三人組がもともと大した量じゃないワッフルを食べ終わっても、まだ帰ってこない。なんとか引き留めようと必死で話題を探している時。
「ルイ!」
マリコの声。なんとか間に合ったようだ。マリコはメイド服ではなくいつものロリータ服を着ていた。急いでいたのだろう。リボンは曲がって、スカートはくしゃくしゃ。しかしそんなことは気にせず、イケメン――ルイって言うのか?――に向かって一直線にかけてくる。
「ルイなんでしょう?私、マリアよ。覚えている?」
今にも泣き出しそうな、張り詰めた表情で尋ねる。
ルイは一瞬訳の分からなそうな顔をしたが、すぐにはっとした。
「本当に?マリアなの?」
マリコは本当に、本当に嬉しそうに頷く。
「あのね、ずっとずっと言いたかったの」
―――私も愛しているわ、ルイ
きゃあっ、と女子の一人が小さな悲鳴をあげる。なにこれあまりにドラマチック。
しかし二人はもうお互い以外なにも見えていないようだった。心の底から幸せそうに見つめ合う。まるで500年ぶりに出会えた恋人同士のように。
二人の姿に、中世ヨーロッパの街並みに佇む貴族の恋人のイメージが重なる。
もしかして、マリコは本当に前世がフランス貴族なのかもしれない。なんてね。
「木枯らし」
ある晩秋の日の夕方、冷たい木枯らしが吹く中を一生懸命に歩いて帰っていた。ただでさえ寒い日なのにびゅうびゅうと風が吹き付けて、唯一晒している顔が凍りそうだ。
しかし一生懸命に歩いていると、だんだん楽しくなってくる。強い向かい風に逆らって一歩、一歩と進んでいると、まるで木枯らしと戦っているような気がしてくる。ありったけの力で体当たりしてくる木枯らしと、一刻でも早く暖かい家に帰りたい私。いったいどっちが勝つのだろう。
「美しい」
私が美しいと思うのは夕焼けだ。
いつもより少し早く出先から帰ってくる時に見える夕焼けはとても綺麗だ。夕焼けはいつ見ても違う。同じ夕焼けは二度とない、いつでも唯一無二のもの。季節、時間、場所、方角、少し違うだけで新しい夕焼けが見える。だからいつ見ても美しくて感動するし、刻一刻と変わっていくからいつまでも見たくなる。
青空からオレンジ色に、ピンク色に、紫色に、藍色に、そして夜空にと移ろっていくグラデーションはとても美しい。
そういう時に私はいつも、枕草子の春はあけぼのを思い出す。清少納言は朝焼けのことを言っていたけれど、夕焼けを見ても彼女の綴った美しさが少し分かるような気がして楽しい。
また明日も夕焼けを見よう。そしてその一時しかない美しさを存分に楽しもうと思う。