リビングのドアを開けたら、トナカイの化け物が立っていた。正確にいえば、トナカイのマスクを被り、茶色の全身タイツに身を包んだ成人男性が、である。
化け物は「メリークリスマス」と言った。
「クリスマスは過ぎたから、森に帰ってくれ」
俺は言った。すると化け物は俺の両肩をがしりと掴んで、首を横に振った。
「俺の中ではまだ終わってない」
マスク越しの声はくぐもって聞こえづらい。俺は化け物のツノをひっつかんだ。被り物を上にずらすと、見慣れた男の顔が現れる。
「年が明けたなんて信じたくない。俺の心はまだ、クリスマスの中にいるんだ」
男はひどく切実な目をしていた。
この男は無宗教のくせに、クリスマスというイベントを異常なまでに愛している。そして毎年、だいたい数週間くらいはクリスマス気分を引きずって、このような奇行に走る習性がある。
新年早々、トナカイのコスプレをした同居人を前にしても驚かない程度には、俺は奴の奇行に慣れきってしまった。年がら年中、この変人と一つ屋根の下で生活を共にしているのだから、無理もない。
チキンを貪るトナカイの横で、俺は餅を焼くことにした。世にも奇妙な新年の幕開けである。
来年の今ごろまで、俺は果たして正気を保っていられるのだろうか。新年の食卓にて、トナカイの化け物二匹が並んでチキンを食らっている光景が頭に浮かんで、恐ろしくなった。
【テーマ:新年】
「正直オワコンじゃないか?」
同居人が大まじめな調子でそう言ったので、俺はミカンを剥く手を止めて、顔を上げた。
「なにが?」
「"良いお年を"っていう挨拶」
同居人いわく、"良いお年を"という言葉は、使い古されすぎて新鮮味がない。"お年を"で切れるのもまた気持ちが悪い。どうせ言うなら最後までちゃんと言え、とのことだ。要するに彼は、"良いお年を"という挨拶が気に食わないらしい。
いったい何を言ってるんだろうと思うが、こいつが真剣な顔で意味のわからない持論を展開するのは、別に今に始まったことではない。
「“良いお年を”に次ぐ挨拶を考えるべきだ」
「たとえばどんなの?」
「…………」
黙り込んでしまった。オワコンとか言うわりに、代替案は特に持ち合わせていないらしい。肩透かしを食らった気分になり、俺はミカンを剥くのを再開した。
今年も終わりを迎えるというのに、相も変わらず、こいつとは中身のない会話ばかりしている。
こたつに入って、ミカンの白い筋をちまちま取りのぞきながら、どうでもいい話をだらだらと聞き流す。たぶん、来年も再来年も、こんな調子で過ぎていくんだろう。隣にこいつがいる限り。
【テーマ:良いお年を】
「パンくずに似てる」
手の中の小瓶をしげしげと見つめながら、そいつは言った。わたしはちょっと眉をひそめる。女の子から贈り物をもらっておいて、ありがとうとか、きれいだなとか、気のきいたことひとつ言えないのか。
「パンくずじゃないから、食べちゃだめよ」
ロマンのかけらもないこの男が、まちがってもコルク栓を抜いて瓶の中身を舌の上にぶちまけたりしないように、わたしは釘を刺した。
「パンくずじゃないなら、これ何」
「星の砂」
「ほしのすなって何」
そういえば、なんだろう。改めて聞かれると、何なのかはよくわからない。星の形をした、不思議なかけら。これは一体なんなのだろう。
ただ、売店の棚にこぢんまりと並んだ小瓶がかわいかったから手にとった。『星の砂』って名前もなんだか不思議で素敵だと思って、おみやげに選んだ。
「わからないけど、きれいだから買ったの」
「ふーん」
「いらないなら返して」
「なんでだよ。くれるんだろ?」
「パンくずって言わないで」
「言わない、言わない。ほしのすなだろ」
「そう、星の砂。気に入った?」
「うん。おまえがくれたから」
「…………」
そういうことはさらっと言えてしまうから、わからない。
【テーマ:星に包まれて】