「今度、ハワイに行くんだ。お土産は何がいいかい?」
「ああ、何もいらないよ。楽しんでおいで」
「またそれか。僕は旅行が大好きだけど、それと同じくらいお土産を買うのも好きなんだよ。あの人は甘いものが好きだからめずらしいお菓子を買って帰ろうとか、あの人はこんなアクセサリーが似合いそうだとか。色々考えるのが楽しいんだよ」
「ふーん」
「でも君はどうだ。長い付き合いなのに君は僕に好みを教えてくれないじゃないか。まさか遠慮してるとでも言うのかい?」
「それは違うよ。おれが腹を割って話せるのはおまえだけだし、おまえだってそうだろ?遠慮はなに一つしてないさ」
「じゃあ、どうして何もいらないだなんて言うのさ。お土産はいいぞ。実際に訪れていないのに、ずうっと遠い地の鼓動を感じることができる。その土地の空気、温度、人々や街の輝きが、まるでカメラのフラッシュのように心に焼きつく!他人の思い出を覗くことができる、貴重な人生の体験さ。心がうんと豊かになる」
「だからだよ。そんなお土産を手にしたら、その地へ行きたくなっちゃうじゃないか。おれは自力では動けない。そんなおれにお土産を渡すだなんて、どんな拷問だ!生き地獄じゃないか」
「じゃあ僕と一緒に行けばいいじゃない」
「……え?」
「そうだ、そうしよう。一緒にハワイへ行こう!僕は本場のアロハシャツを買いたいんだ。君に選んでもらったシャツをたくさん買って、お店に置こう。君にはモデルになってもらうからね」
「ちょ、ちょっと待てよ。おれは、1人では動けないんだって」
「問題ない。君をバラバラにして持っていくよ。ああ安心してくれたまえ、異国の地を憶えてもらうために頭だけはカバンに入れて持ち歩くからさ」
「そういう問題じゃないんだが……まあ、いいか」
「君との初めての旅行!とっても楽しみだ。君の好みも知れるしね」
「ん、そうだな。ありがとう」
帰国後。アロハシャツを着た陽気なマネキンと大量に売られたシャツはあっという間に話題になり、僕が運営する洋服店はしばらくの間マネキンの手も借りたいくらい忙しかった。
#4 お題『何もいらない』
「お誕生日おめでとう。ところで、もうすぐおれの全てが一瞬で消えるわけだが、お前はおれのために泣いてくれるのか」
一人分のケーキの上のプチろうそくが言った。細い体からは考えられないくらい渋く凄みのある声で、僕は思わず顔をしかめてしまった。アンバランスにもほどがある。
「泣かないよ。ろうそくを吹き消してこそのハッピーバースデイなんだから。大丈夫、僕はトランペットを演っていたから吹く力には自信がある」
「そうじゃねーよ。ろうそくの気持ちになってみろってんだ!いいか、よく聞けよ。ろうそくに火が灯るというのは、人間に魂が吹き込まれるのと同じようなことだ。そんで、ろうそくが燃え尽きるのは人間に置き換えれば寿命。つまりろうそくを吹き消すと言うのはサツジンと変わらないんだよ。この殺戮マシーンめ!」
プチろうそくは早口で捲し立てた。動けない体の代わりだろうか、ぽっと立ち上がった明かりを激しく揺らめかせている。とても心が温まるがなんだか焦げ臭く僕は不安になったので、ひとまずプチろうそくをなだめることにした。
「わかった、わかった。君を吹き消すことはしないからどうか落ち着いてくれないか」
「あぁ良かった、前言撤回だ、お前は良い奴だ。頼むからそのまま良い奴で居続けてくれよ」
「生意気な。君は僕に命を握られてることを理解した方がいいぞ」
「やっぱり前言撤回だ。お前はさいこぱす、てやつだ!でなきゃ一人寂しく誕生日パーティーなんかしないだろう」
「よく喋るろうそくだな。僕は友だちがいないんじゃなくて、一人が好きなだけだよ。友だちと遊ぶよりも一人の時間を満喫する方が有意義だ」
「さいですか。でもあれだ、社会のシステム的に人と関わることが苦手だとまずいぞ」
「嫌なもんは仕方ないじゃないか」
「ふん、じゃあそんなお前のためにプチろうそく先輩が特訓をつけてやる。試しにおれを友だちだと思って話をし」
「あ」
プチろうそくはとうとう寿命を迎えてしまった。
ただのプチろうそく、ただのプチろうそくなのに、彼が居なくなってしまった空間のわびしさはプチどころではない。
居た堪れなくなった僕は人間のお葬式みたいに軽く合掌をして、お香を摘むようにフォークを手に取った。それでもやっぱり涙は出ない。
静寂のショートケーキの真ん中には蝋が垂れてしまっていたが、彼と彼の墓場となったケーキを完食しなければプチろうそくが成仏しない気がしたので、僕はせっせと手と口を動かした。
蝋は特に味はしなかった。美味しかった。
#3 お題『泣かないよ』
「わたしはきみのことが好きなんだなあ」
さんさんと光り輝くお天道様がにっこりと笑って云いますと、ちいさな雪うさぎは椿の葉っぱをそよりと折り曲げました。
「そんなあ、困りますよ。だってぼくは、ぼくは、あなたとは一緒に居られないのですから」
雪うさぎは、その小ぶりな足元にさあっと広がる白をじいっと見つめてため息をつきました。きらきら、ふわりときめ細やかで、まるでお砂糖みたいな、甘あい新雪で御座います。
「嗚呼、ため息は幸せが逃げていってしまうよ」
「まったく、誰の所為だと思っているのですか」
「だってきみは、とってもかわいいんだもの。真っ赤な目も、つんと立ち上がった緑の葉っぱも。ぎゅっと押し込められた雪の、なんと艶やかなことか!宝石みたいだ」
「へへ、そいつはどうも」
「きみを見ていると、わたしはどんどん熱くなってしまうんだ。胸のどきどきが抑えられないんだ。もっときみを見ていたい。もっときみのことを知りたい!……ねえ、この気持ちはなんなのかな。きみの声も、きみの姿も、全部をわたしのものにしたい、嗚呼、嗚呼!わたしは、きみのことがすきだ!」
「わ、わ、わ。ちょっとちょっと、熱すぎですよ」
お天道様はいつの間にか、雪うさぎの南天の目よりも真っ赤に燃え上がっておりました。よく見ますと、まるで心臓のように大きくなったり、小さくなったりを繰り返しているではありませんか。雪うさぎは頭を真っ白にして狼狽えました。
「あ、ああ。ぼくのからだが」
雪うさぎは溶け出してしまいました。雪うさぎは、氷の粒から出来ているのです。ざんざん、ぎらぎらと眩い光を当てられたら、水に還ってしまうのです。
「待って、お天道様、お願いします。どうかぼくを好きにならないで」
「そんな、雪うさぎさん、待って、待って。わたしは、ただきみを愛したかっただけなんだ」
冬のからっと晴れやかな空は一転、どす黒い雲に覆われていきます。ずっととおくの街からは、がらごろと雷様のお怒りさえ聞こえてきました。雪うさぎは、もうからだを保っておりませんでした。そこに在ったのは、お天道様を鏡のように映し返す小さな水たまりで御座います。
「わたしも、雪になって仕舞えばいいのに」
お天道様も泣き出してしまいました。幽かな雲の切れ間から差し込む光が、たった一筋だけ、真っ赤な実を弱々しく照らしておりました。
#2 お題『雪』
歳を重ねるたびにお正月がつまらなくなるな、と呟くと「そんな悲しいことを言うなよ」と元日が言った。
「だって、もうお年玉もらえないし。仲間を呑みに誘おうと思ったけど、どこも休みなんだ。みんな外に出たがらないし」
「コンビニで酒でも買ってくればいいじゃないか」
「人間ってのは、仲間とワイワイ騒ぎたいものなんだよ」
「仕方がない。じゃあわたしがきみの仲間になってやろう。ほら、さっさと行くよ」と元日がぼくをこたつから引っ張り出したので、渋々買い物に行くことに。
「きみは何が好きなの。ビールかい、それともチューハイかい」
「梅酒が好きだな。甘くてジュースみたいなんだ」
「こどもっぽいなあ。呑みすぎには注意しなよ」
「そういうきみは何が好きなのさ」
「焼酎」
「渋いなあ」
空気の冷たさに頬を赤くしながらコンビニに入ると、そこにはなんと大晦日が。
「……いらっしゃぃませ。ひぐっ」
「おお、大晦日じゃないか!そんなに泣いてどうしたんだい」と心配する元日。
「人間の皆さんは新しい年の始まりを祝うだけで、年の終わりを祝うことはないじゃないですか。今年もお疲れ様でした、とかばっかりで。自分だって、一回くらいは祝われてみたいんです」
なんだそんなことかと思ったが、あんまりにも悲しそうに言うのでぼくたちは大晦日を励ましてやることにした。
「きみもお酒飲むかい」
「えと、自分はコーヒーを。初日の出を見るまで起きてなきゃいけませんからね」
「もう過ぎちゃってるよ」
「そんなあ」
「じゃ、旧年おめでとう。それから、明けましておめでとう。乾杯!」
#1 お題『新年』