「お誕生日おめでとう。ところで、もうすぐおれの全てが一瞬で消えるわけだが、お前はおれのために泣いてくれるのか」
一人分のケーキの上のプチろうそくが言った。細い体からは考えられないくらい渋く凄みのある声で、僕は思わず顔をしかめてしまった。アンバランスにもほどがある。
「泣かないよ。ろうそくを吹き消してこそのハッピーバースデイなんだから。大丈夫、僕はトランペットを演っていたから吹く力には自信がある」
「そうじゃねーよ。ろうそくの気持ちになってみろってんだ!いいか、よく聞けよ。ろうそくに火が灯るというのは、人間に魂が吹き込まれるのと同じようなことだ。そんで、ろうそくが燃え尽きるのは人間に置き換えれば寿命。つまりろうそくを吹き消すと言うのはサツジンと変わらないんだよ。この殺戮マシーンめ!」
プチろうそくは早口で捲し立てた。動けない体の代わりだろうか、ぽっと立ち上がった明かりを激しく揺らめかせている。とても心が温まるがなんだか焦げ臭く僕は不安になったので、ひとまずプチろうそくをなだめることにした。
「わかった、わかった。君を吹き消すことはしないからどうか落ち着いてくれないか」
「あぁ良かった、前言撤回だ、お前は良い奴だ。頼むからそのまま良い奴で居続けてくれよ」
「生意気な。君は僕に命を握られてることを理解した方がいいぞ」
「やっぱり前言撤回だ。お前はさいこぱす、てやつだ!でなきゃ一人寂しく誕生日パーティーなんかしないだろう」
「よく喋るろうそくだな。僕は友だちがいないんじゃなくて、一人が好きなだけだよ。友だちと遊ぶよりも一人の時間を満喫する方が有意義だ」
「さいですか。でもあれだ、社会のシステム的に人と関わることが苦手だとまずいぞ」
「嫌なもんは仕方ないじゃないか」
「ふん、じゃあそんなお前のためにプチろうそく先輩が特訓をつけてやる。試しにおれを友だちだと思って話をし」
「あ」
プチろうそくはとうとう寿命を迎えてしまった。
ただのプチろうそく、ただのプチろうそくなのに、彼が居なくなってしまった空間のわびしさはプチどころではない。
居た堪れなくなった僕は人間のお葬式みたいに軽く合掌をして、お香を摘むようにフォークを手に取った。それでもやっぱり涙は出ない。
静寂のショートケーキの真ん中には蝋が垂れてしまっていたが、彼と彼の墓場となったケーキを完食しなければプチろうそくが成仏しない気がしたので、僕はせっせと手と口を動かした。
蝋は特に味はしなかった。美味しかった。
#3 お題『泣かないよ』
3/17/2024, 3:23:48 PM