《ただいま、夏》
書けたら書く!
2025.8.4《ただいま、夏》
《ぬるい炭酸と無口な君》
「どしたの蒼戒ー、見るからに不機嫌そうな顔してー」
7月末、夏休みが始まる少し前のある日のお昼休み。私(熊山明里)は教室で仏頂面で本を読んでいる幼馴染でクラスメイトで、私の彼氏の齋藤蒼戒に声をかける。
「ああ、明里か。そんな顔してない」
読書を中断されて、眉間に皺を寄せながら蒼戒が顔を上げる。
「嘘つけ。あんた元々仏頂面だけどそれに磨きがかかってたわよ」
「うるさい。元々こんな顔だ」
「はいはい。ところでサイダーいらない? さっき自販機でオレンジジュース買ったんだけどその時クジでサイダー当たっちゃって」
私はトンッ、と蒼戒の机にサイダーのペットボトルを置いて言う。
「いらん。夏実か春輝にあげればいいんじゃないか」
「それができないからあんたに回ってきたんでしょうが。2人ともどっか行っちゃったみたいで見つかんなくてー。あ、ちなみに2人を探して歩き回ってたからちょっとぬるくなっちゃったかも」
「自分で飲んだらどうだ?」
「んー、今サイダーって気分じゃないのよねー。大丈夫、毒なんか入れてないわよ」
「そこは心配してない」
「ならいいじゃない。もらってよ」
「いやいらん。と言うか読書の邪魔だ」
「ひどーい。それが彼女に対する物言いなわけ?」
「何か問題でも?」
「ないですよーだ。ちなみに何読んでるの?」
私が尋ねると、蒼戒はため息をつきながら表紙を見せる。
「『銀河鉄道の夜』、かー。あれ、あんたついこの前もそれ読んでなかった?」
「うるさい。他に読むものがなかっただけだ」
「そーいえばあんたって結構な読書家なのよねー。あれ読んだ? ホームズ」
「ホームズ? かなり前に一通り読んだな」
「じゃあルパン」
「それも読んだ」
「えー、じゃあクリスティ」
「なぜ全部外国文学なんだ。ちなみにクリスティも読んだ」
「うーん、じゃあ漱石は?」
「読んだ。芥川や太宰も読んだぞ」
「あんたそれ読書家って言うより濫読家って言った方が近いんじゃないの?」
「……そうかもしれないな。宮沢賢治以外特にこだわりないし」
「へー、宮沢賢治好きなんだー。いいこと聞いちゃったー」
「逆に知らなかったのか? と言うかそれで何するつもりだ?」
「しーらない。じゃ、サイダー飲んでねー」
私はそう言ってひらりと手を振り、教室を出る。
ホントはサイトウこと双子の兄の春輝と喧嘩したらしい蒼戒を元気付けようと思ったんだけど余計なお世話だったかしらね。でも銀河鉄道の夜が好きなら今度2人でプラネタリウムにでも行こうかしら、なんてね。
(終わり)
2025.8.3《ぬるい炭酸と無口な君》
《波にさらわれた手紙》
かけたら書く!
2025.8.2 《波にさらわれた手紙》
《8月、君に会いたい》
「あ、もう8月じゃん。早いなぁ〜」
8月1日。俺(齋藤蒼戒)が夕飯を作っているそばで、双子の兄の春輝がカレンダーをめくりながら呟いた。
「そうかもう8月か……。お盆の準備しなきゃだな……」
仏壇とか、鬼灯とか、きゅうりの馬とナスの牛とか。
「さすがにそれは気が早すぎじゃね?」
「そうか?」
俺たちにはずっと昔に亡くなった姉がいて、お盆に迎え火や送り火を焚いたり、きゅうりやナスの動物を作って供えるのは毎年の恒例行事となりつつある。
「いやだってお盆ってまだ2週間くらい先よ? きゅうりとナス腐っちまうって」
「……確かに」
お盆には死者の魂が黄泉の国から戻ってくるという伝説がある。姉さんに早く会いたいという気持ちばかりがはやって少々気が早くなりすぎたようだ。
「まあでもお墓の掃除とかはもう初めてもいいかもなー。暑いんだよなー、最近」
「ああ。昼過ぎに外に出ようものなら熱中症まっしぐらだぞ」
「そこなんだよなー。てかマジでお前は外出んなよ?」
「? なぜだ?」
「お前ほとんど暑さに耐性ないだろうが。すぐ顔真っ赤になるしそもそも自分から水分補給をしようという意思がないのが一番まずい」
「……それは否定できないな……」
ついこの前も半日ほど水を飲まないで春輝にブチギレられたことがあるし……。というか春輝はどういうわけか少々過保護なところがあるんだよな……。
「だからお墓の掃除は俺1人で十分! お前は仏壇よろしく」
「いやお前もいくら暑さに耐性があるからと言って1人でこの炎天下の中を行くのは無謀だぞ」
「そうか? いや、朝方の涼しいうちに行くから大丈夫」
「それなら俺も一緒に行く。2人なら時間も半分で済むだろう。というかお墓参りしたいし」
「うー……ん、ちゃんと水分補給すると約束できるなら」
春輝は思案顔で言う。
「……する。多分……」
「多分じゃダメなの! ったくお前はー! お前が熱中症で倒れたら姉さん戻るに戻って来れねーよ?」
「それは困るな」
「なら水飲め」
「はいはい。手っ取り早く明日の朝にでも行くか」
「はいよ。水分補給は絶対しろ」
「わかったわかった。とりあえず夕飯にするか」
「おー!」
話がまとまったところで夕飯ができたので2人で食べる。
もう、8月。姉さんが死んでから、大体10度目の夏が来る。詳しい数は、もう数えるのをやめた。
8月。お盆。死者の魂が黄泉の国から戻って来る時。姉さん、何年経ってもあなたを忘れられないよ。会いたいよ。今年も、会いに来てくれますか?
(おわり)
2025.8.1(8.2)《8月、君に会いたい》
《眩しくて》
書きたい気持ちはある
2025.7.31《眩しくて》