谷間のクマ

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《8月、君に会いたい》

「あ、もう8月じゃん。早いなぁ〜」
 8月1日。俺(齋藤蒼戒)が夕飯を作っているそばで、双子の兄の春輝がカレンダーをめくりながら呟いた。
「そうかもう8月か……。お盆の準備しなきゃだな……」
 仏壇とか、鬼灯とか、きゅうりの馬とナスの牛とか。
「さすがにそれは気が早すぎじゃね?」
「そうか?」
 俺たちにはずっと昔に亡くなった姉がいて、お盆に迎え火や送り火を焚いたり、きゅうりやナスの動物を作って供えるのは毎年の恒例行事となりつつある。
「いやだってお盆ってまだ2週間くらい先よ? きゅうりとナス腐っちまうって」
「……確かに」
 お盆には死者の魂が黄泉の国から戻ってくるという伝説がある。姉さんに早く会いたいという気持ちばかりがはやって少々気が早くなりすぎたようだ。
「まあでもお墓の掃除とかはもう初めてもいいかもなー。暑いんだよなー、最近」
「ああ。昼過ぎに外に出ようものなら熱中症まっしぐらだぞ」
「そこなんだよなー。てかマジでお前は外出んなよ?」
「? なぜだ?」
「お前ほとんど暑さに耐性ないだろうが。すぐ顔真っ赤になるしそもそも自分から水分補給をしようという意思がないのが一番まずい」
「……それは否定できないな……」
 ついこの前も半日ほど水を飲まないで春輝にブチギレられたことがあるし……。というか春輝はどういうわけか少々過保護なところがあるんだよな……。
「だからお墓の掃除は俺1人で十分! お前は仏壇よろしく」
「いやお前もいくら暑さに耐性があるからと言って1人でこの炎天下の中を行くのは無謀だぞ」
「そうか? いや、朝方の涼しいうちに行くから大丈夫」
「それなら俺も一緒に行く。2人なら時間も半分で済むだろう。というかお墓参りしたいし」
「うー……ん、ちゃんと水分補給すると約束できるなら」
 春輝は思案顔で言う。
「……する。多分……」
「多分じゃダメなの! ったくお前はー! お前が熱中症で倒れたら姉さん戻るに戻って来れねーよ?」
「それは困るな」
「なら水飲め」
「はいはい。手っ取り早く明日の朝にでも行くか」
「はいよ。水分補給は絶対しろ」
「わかったわかった。とりあえず夕飯にするか」
「おー!」
 話がまとまったところで夕飯ができたので2人で食べる。
 もう、8月。姉さんが死んでから、大体10度目の夏が来る。詳しい数は、もう数えるのをやめた。
 8月。お盆。死者の魂が黄泉の国から戻って来る時。姉さん、何年経ってもあなたを忘れられないよ。会いたいよ。今年も、会いに来てくれますか?
(おわり)

2025.8.1(8.2)《8月、君に会いたい》

8/2/2025, 9:54:10 AM