《ぬるい炭酸と無口な君》
「どしたの蒼戒ー、見るからに不機嫌そうな顔してー」
7月末、夏休みが始まる少し前のある日のお昼休み。私(熊山明里)は教室で仏頂面で本を読んでいる幼馴染でクラスメイトで、私の彼氏の齋藤蒼戒に声をかける。
「ああ、明里か。そんな顔してない」
読書を中断されて、眉間に皺を寄せながら蒼戒が顔を上げる。
「嘘つけ。あんた元々仏頂面だけどそれに磨きがかかってたわよ」
「うるさい。元々こんな顔だ」
「はいはい。ところでサイダーいらない? さっき自販機でオレンジジュース買ったんだけどその時クジでサイダー当たっちゃって」
私はトンッ、と蒼戒の机にサイダーのペットボトルを置いて言う。
「いらん。夏実か春輝にあげればいいんじゃないか」
「それができないからあんたに回ってきたんでしょうが。2人ともどっか行っちゃったみたいで見つかんなくてー。あ、ちなみに2人を探して歩き回ってたからちょっとぬるくなっちゃったかも」
「自分で飲んだらどうだ?」
「んー、今サイダーって気分じゃないのよねー。大丈夫、毒なんか入れてないわよ」
「そこは心配してない」
「ならいいじゃない。もらってよ」
「いやいらん。と言うか読書の邪魔だ」
「ひどーい。それが彼女に対する物言いなわけ?」
「何か問題でも?」
「ないですよーだ。ちなみに何読んでるの?」
私が尋ねると、蒼戒はため息をつきながら表紙を見せる。
「『銀河鉄道の夜』、かー。あれ、あんたついこの前もそれ読んでなかった?」
「うるさい。他に読むものがなかっただけだ」
「そーいえばあんたって結構な読書家なのよねー。あれ読んだ? ホームズ」
「ホームズ? かなり前に一通り読んだな」
「じゃあルパン」
「それも読んだ」
「えー、じゃあクリスティ」
「なぜ全部外国文学なんだ。ちなみにクリスティも読んだ」
「うーん、じゃあ漱石は?」
「読んだ。芥川や太宰も読んだぞ」
「あんたそれ読書家って言うより濫読家って言った方が近いんじゃないの?」
「……そうかもしれないな。宮沢賢治以外特にこだわりないし」
「へー、宮沢賢治好きなんだー。いいこと聞いちゃったー」
「逆に知らなかったのか? と言うかそれで何するつもりだ?」
「しーらない。じゃ、サイダー飲んでねー」
私はそう言ってひらりと手を振り、教室を出る。
ホントはサイトウこと双子の兄の春輝と喧嘩したらしい蒼戒を元気付けようと思ったんだけど余計なお世話だったかしらね。でも銀河鉄道の夜が好きなら今度2人でプラネタリウムにでも行こうかしら、なんてね。
(終わり)
2025.8.3《ぬるい炭酸と無口な君》
8/4/2025, 9:51:20 AM