《sweet memories》
多分後で書く!
2025.5.2 《sweet memories》
《好きになれない、嫌いになれない》
※季節外れです
「雪、か……」
ある冬の日の午後6時過ぎ。俺、齋藤蒼戒は夕飯の鍋を煮ながらまだカーテンを閉めていない窓の外を見て呟く。今日は一日寒かったし、とうとう雪まで降ってきたようだ。そういえば今朝の天気予報でも雪が降るとかなんとか言っていたような、いないような。
ひらりはらはら、はらひらり。
雪が舞うように、踊るように降っている。その景色は、綺麗だと思うけれど。
「……やっぱり、好きにはなれない」
どうしても好きになれない。その冷たさが、儚さが、見えない傷を抉ってしまうような気がするから。あの日のことを、思い出してしまうから。
「……でも、嫌いにもなれないんだよな……」
あの人の名前を、気高さを、儚さを、連想させられるから。
ぐつぐつ、ぐつぐつ。
鍋が音を立てて煮えている。もうすぐ完成だ。
『お、蒼戒ー。今日の夕飯はお鍋だよー。もうちょっとで煮えるから机片付けておいて』
『あとは仕上げにお豆腐入れてー、味見味見〜。お、春輝も食べる? ちょっとだけだぞー? どう? おいしい?』
『そうかおいしいかー! じゃあ完成! 蒼戒ー、お鍋そっち持ってくよー!』
ふとそんな声が聞こえた気がした。もう12、3年も前になる、平和な時間の記憶。
「まったく俺も重症だな……」
もういない人の、とっくに忘れていたはずの声を、記憶を、思い出すなんて。
「もういい加減、忘れたと思ってたのに……」
俺は額に手を当てて自嘲気味に呟く。
俺たち双子には、姉がいた。俺たちの七つ年上で、名を齋藤雪音と言った。俺たちが小学校に上がる前の12月、百合ヶ丘の公園で亡くなった。
だからこの平和な時間が戻ってくることは、もうないのに。
『ほら蒼戒、何ボーッとしてるの! お姉ちゃんが全部食べちゃうぞー』
「……え?」
また声が聞こえて、俺は目を瞬く。
もしかして、夢でも見ているのだろうか。それとも、姉さんがいない世界が夢で、こっちが本当の世界?
『ほら、ボーッとしてないで食べな! 残ったら明日の朝ごはんになるからね!』
ああ、よかった。《あっち》が夢だったのか。だって姉さんは、ここにいる。
「……い! ……おい! 蒼戒っ!!」
突然肩を強く揺すられて、俺はハッとして目を瞬く。
「……春、輝……?」
目の前にいるのは姉さんではなく、制服姿のままの双子の兄、春輝。
「はぁああー……。ったくお前はよー、ただいまつっても反応ねーし鍋めちゃくちゃぐつぐつ言ってるし吹きこぼれかけてるのにまったく動かねーし心配したぞ馬鹿野郎!」
春輝は盛大にため息をついて言う。
「……悪い」
「そう思うなら心配かけんな!」
ぐうの音も出ない。
「てかお前がここまでボーッとするなんて珍しいじゃん。大丈夫?」
それよりも、今目の前に春輝がいるのは夢かどうかが気になる。これは夢? それともさっきの姉さんが鍋を作っている世界が夢?
「………………」
いや……、この世界が現実だ。わかってる。俺が夕飯の鍋を作ってた。夕飯を作ってたのは、姉さんじゃない。
「……蒼戒?」
「……ん、ああ悪い、聞いてなかった」
「ったくお前は言ってるそばから! そんなにボーッとして大丈夫かつってんの!」
「……問題ない」
さあ、いつまでも夢心地じゃいられない。微妙な胸の痛みは無視して、鍋を完成させなければ。
「ならいいけどよ。ん、今日の夕飯鍋? 味見していい?」
「ああ。味付けまだ途中だが……」
「そうか? 俺にはいい感じに見えるけど……」
春輝はそう言って小皿に少し汁を入れて味見をする。
「ん、おまっ、これすごいしょっぱい! 塩足そうとすんな!」
「え? さっき味見した時はまだ薄いと思ったんだが……」
「いやいやいやいや、めちゃくちゃしょっぱいから! お前も一回味見してみろ!」
春輝がそう言って小皿を差し出すので味見してみるが。
「? 薄くないか?」
「いやいやいやいや! おっ前、さては熱でもあるな?!」
春輝はそう言ってパチンと俺の額に手を当てる。
「やっぱり! お前熱い! 絶対熱ある!」
春輝は俺から手を離し、慌てて体温計を探し始める。
「んな馬鹿な。お前の手が冷え切ってるだけじゃないか?」
でも春輝の手は冷たくて気持ちよかった。もうちょっと掴んでいたかったと思うくらいには。
「なわけあるか! 俺今帰ってきたばっかだけど手袋してたからそこまで冷え切ってねーよ! ほら、体温計!」
春輝はそう言って体温計を投げて寄越す。
「ん…………、あ、本当だ」
「八度二分……結構な熱あるじゃねーか!」
春輝が横から体温計を覗き込んで言う。
「もしかしなくてもさっきから胸が痛いのはこれのせいか……」
あと変な幻覚というか白昼夢を見たのも。
「おっま……! それ完全にアウト! 早く寝ろ!!」
「でも夕飯と生徒会と明日提出の課題が……」
「でもじゃなくて全部休み! まったくお前は体調不良を無視するな!」
「…………悪い」
「そう思うなら今すぐ寝ろ! 夕飯はなんとでもなるから!」
「いやでも…………、あっ……」
「おっと」
俺はそのまま夕飯の支度を続行しようとしたところ、ふらりとよろけてしまうが、ちょうど隣にいる春輝が支えてくれた。
「……悪い」
俺はそう言って改めて夕飯の支度にかかる。あー、でもなんかまたふらふらするような……。
「悪い、じゃねーよ! 今日はもう休め!」
春輝はそう言って俺を抱え上げる。
「え、あ、何するんだ春輝!」
「文句はなしな」
結局俺は強制的に春輝に布団に送り込まれる。まだいけると思うんだけど抵抗するだけ無駄な気もするな……。
「……あの、春輝……、ずっとここにいなくてもいいんだが……?」
俺は布団の中から俺の布団の前に居座った春輝に言う。
「ダーメ! どーせ目を離したら何かしらやり出すだろ?」
「………………」
図星である。明日までにやらなければならないことがあるし。
「お前はすぐ無茶するんだから……、たまにはゆっくり休め。ただでさえお前この時期よく体調崩すのに……」
「…………悪い」
「だーからそーゆーのもういーから。早く寝て、早く元気になれ。じゃないとなんか……調子狂う」
「……ああ」
俺はそれが春輝なりの労りの言葉だとわかっているから、短く答えて目を閉じる。
でもなぜか、もの寂しさを感じて眠れない。それになんか本格的に体がだるくなってきたような気がするし、頭痛もしてきた。これはまずいな……。
「……心配すんな。俺がいてやっから。お前はひとりじゃないんだから」
春輝の言葉に、はっと息を呑む。春輝はいつも、俺のほしい言葉をくれる。それがいつも、ありがたい。
「……ありがとう、春輝」
「わかったからもう寝てしまえ。ぐっすり眠ればすぐよくなるさ」
「……ああ、そうする……」
春輝の言う通り、ゆっくり休めばこんな風邪、すぐ治るだろう。
そんなことを思いながら、隣に春輝がいてくれるという安心感を感じで俺はゆっくりと眠りについた。
(終わり)
2025.4.29 《好きになれない、嫌いになれない》
《夜が明けた。》
時間ないからあとで!
2025.4.28《夜が明けた。》
《どんなに離れていても》
「……というわけだから最短でも1週間、長くて1ヶ月くらい海外に行ってくるわ」
そろそろ寒さが厳しくなってくる11月頃。私、熊山明里は葉っぱを完全に落としてしまった天望公園の枝垂れ桜の前で蒼戒に言う。行く気満々の私と違い、蒼戒は何か言いたげな顔だ。
「…………やっぱり俺も」
「言っとくけど着いてこないでよ。あなたはこの町の留守をお願い。もし1ヶ月経っても私が戻って来なかったら、なつたちにすべて話していいわ」
私は蒼戒の言葉を遮り、言う。私が敵陣に行こうとしてるのは蒼戒もきっとわかってるから、着いてこようとするのは容易に予想がつく。
「しかし……」
「私と雷くん、紅野くんだけで十分。むしろ足手まといになるから来ないで」
「足手まとい……」
私がピシャリと言い放つと蒼戒は少々ショックを受けた表情で呟く。
これから怪盗ブレインである私と天才ハッカー『サタン』である雷くん、そして今回のキーパーソンとなる紅野くんの3人ですべてにケリをつけに行くのだ。
まあ蒼戒ほどの戦力があれば足手まといにはならないが、蒼戒を『こっち』の世界に引き込むわけにはいかない。
「大丈夫よ。絶対、無事に帰って来るから」
「だが……」
「大丈夫だって。それに私たちがいなくなったこの町が心配なのよ。今までは『怪盗ブレイン』という抑止力があった。でも私がここを離れると、それもなくなる。間違いなく奴らはここぞとばかりにこの町に眠っていると言われている宝を見つけるため、この町を潰しにかかるわよ」
「それはそうかもしれないが……」
「だからあんたはここに残ってこの町を守って。それにこっちで何かあった時の連絡役がいるわ。あんたなら連絡役、引き受けてくれるわよね?」
「…………わかった。ただし、危なくなったらすぐに引け。帰って来なかったら……地獄の果てまで追いかけてでも一発殴ってやる」
蒼戒は渋々頷き、きっぱりと言う。
「わかってる。帰ってきたら、またここで露店のおっちゃんのたこ焼きでも食べながらゆっくりしましょ。約束」
「ああ、約束だぞ。破ったら許さない」
「大丈夫だって。……あ、そうだ。これ、あんたに預けるわ。帰ってくるまで、ちゃんと持っててね」
私は髪を縛っていた空色のリボンを蒼戒に渡す。10年前と同じ、あのリボン。
「……もう10年も持っててやらないからな」
「10年気づかなかったのはあんたでしょ。まあ10年も帰って来ないなんてことはないから安心して」
「ちゃんと、待ってるからな。どんなに離れていても、心はひとつ。俺はお前を、信じてる」
「大丈夫よ。それじゃあ、行ってくる」
私はくるりと背を向けて歩き出す。
最後の戦いが今、始まるーーーー。
(終わり)
2025.4.26《どんなに離れていても》
《「こっちに恋」「愛にきて」》
※明里×蒼戒 大学生if
『こっちに恋』
『あ、漢字間違えた……』
『まあいいか』
私、熊山明里のもとに今は離れたところに住んでいる彼氏の蒼戒からそんなメールが届いたのはとある春の日の午後8時くらいのこと。私はそのメールが届いた時はちょうどバタバタしていたからメールを見たのは午後10時過ぎ。まあよくないだろ……、と思いながら返事を打つ。
「何あんたが来いなんて珍しいね。どーしたの?」
そう送ると、すぐに返事があった。
『あ、いや……、なんか最近忙しくて……』
「疲れた、と」
『……御名答』
「あんたが言うくらいなんだからよっぽどなんでしょうね。お疲れさん」
『ありがとう……。しっかし須堂先輩と言い沖原と言いどいつもこいつも自由すぎるぞ……』
須堂先輩は蒼戒や私のふたつ上の歴代最強の元女主将、沖原先輩は私たちのひとつ上の元主将だ。蒼戒はこの2人も進学した東京の大学に通っている。なんでもこの大学、剣道がめちゃくちゃ強いんだとか。
「要するに須堂先輩と沖原先輩のしわ寄せがきてるわけか」
『御名答。並木町にいた頃とほとんど何も変わってない気がする……』
「まあ須堂先輩も沖原先輩もいるしね。そういえば堀江くんもいるでしょ?」
堀江くんは私たちのひとつ下で蒼戒の『ファン』。蒼戒を追っかけ回して遂に大学まで行ったはず。
『ああ、いるぞ。メンツが全然変わらないな……』
「だね。ところで私今週は忙しいから行けないからね」
『そこをなんとか……』
「無理。というか《恋》じゃなくて《愛》に来なさいよ。そのくらいの時間は取れるわ」
『その手があったか……。新幹線のチケット取るか……』
いつもはちゃんと計画立ててから来る蒼戒が衝動的に動いているあたり、今回は本気で疲れているんだろう。というかこの調子だと本当に来そうだ……。
「日時がわかったら教えて。その時間だけでもなんとか空き時間を捻り出してやるわ」
『ああ、また連絡する……』
「ちなみに取れても2時間が限界だからね」
そう送るが、もう返事は来ない。どうやら本気で新幹線のチケットを取っているようだ。
「さーて、2時間、捻り出せるかしら」
私はそう言ってスケジュール帳と睨めっこを始めた。
(終わり)
2025.4.25 《「こっちに恋」「愛にきて」》