《どんなに離れていても》
「……というわけだから最短でも1週間、長くて1ヶ月くらい海外に行ってくるわ」
そろそろ寒さが厳しくなってくる11月頃。私、熊山明里は葉っぱを完全に落としてしまった天望公園の枝垂れ桜の前で蒼戒に言う。行く気満々の私と違い、蒼戒は何か言いたげな顔だ。
「…………やっぱり俺も」
「言っとくけど着いてこないでよ。あなたはこの町の留守をお願い。もし1ヶ月経っても私が戻って来なかったら、なつたちにすべて話していいわ」
私は蒼戒の言葉を遮り、言う。私が敵陣に行こうとしてるのは蒼戒もきっとわかってるから、着いてこようとするのは容易に予想がつく。
「しかし……」
「私と雷くん、紅野くんだけで十分。むしろ足手まといになるから来ないで」
「足手まとい……」
私がピシャリと言い放つと蒼戒は少々ショックを受けた表情で呟く。
これから怪盗ブレインである私と天才ハッカー『サタン』である雷くん、そして今回のキーパーソンとなる紅野くんの3人ですべてにケリをつけに行くのだ。
まあ蒼戒ほどの戦力があれば足手まといにはならないが、蒼戒を『こっち』の世界に引き込むわけにはいかない。
「大丈夫よ。絶対、無事に帰って来るから」
「だが……」
「大丈夫だって。それに私たちがいなくなったこの町が心配なのよ。今までは『怪盗ブレイン』という抑止力があった。でも私がここを離れると、それもなくなる。間違いなく奴らはここぞとばかりにこの町に眠っていると言われている宝を見つけるため、この町を潰しにかかるわよ」
「それはそうかもしれないが……」
「だからあんたはここに残ってこの町を守って。それにこっちで何かあった時の連絡役がいるわ。あんたなら連絡役、引き受けてくれるわよね?」
「…………わかった。ただし、危なくなったらすぐに引け。帰って来なかったら……地獄の果てまで追いかけてでも一発殴ってやる」
蒼戒は渋々頷き、きっぱりと言う。
「わかってる。帰ってきたら、またここで露店のおっちゃんのたこ焼きでも食べながらゆっくりしましょ。約束」
「ああ、約束だぞ。破ったら許さない」
「大丈夫だって。……あ、そうだ。これ、あんたに預けるわ。帰ってくるまで、ちゃんと持っててね」
私は髪を縛っていた空色のリボンを蒼戒に渡す。10年前と同じ、あのリボン。
「……もう10年も持っててやらないからな」
「10年気づかなかったのはあんたでしょ。まあ10年も帰って来ないなんてことはないから安心して」
「ちゃんと、待ってるからな。どんなに離れていても、心はひとつ。俺はお前を、信じてる」
「大丈夫よ。それじゃあ、行ってくる」
私はくるりと背を向けて歩き出す。
最後の戦いが今、始まるーーーー。
(終わり)
2025.4.26《どんなに離れていても》
4/27/2025, 9:18:14 AM