夕闇せまる中 車を走らせる
人家もない荒涼とした大地
はじめての道 はじめての場所
日没前には辿り着きたい
あと何マイル 直進です
時折りナビの音声が響く
両脇の枯れた茂みから
生き物が飛び出しはしないか
日暮れと同時に目的地に到着
ロッジに荷物を運び入れて
軽く夕食を済ませる
他の客もまばらな時期
ロッジにしか光はない
大きな蛾が自販機に群れている
もう一度車に乗り込み
光から離れた場所まで
人影はないか獣の気配はないか
緊張しながら車を降りて歩く
聞き慣れない虫の声
少し先は断崖
月もない夜 地面以外の全てが空
滲むように白く光る空のドーム
星座?一等星?もう何もわからない
溢れる星々で視野がいっぱいに満たされる
お空に果てはあるの?と尋ねる
絵本を思い出す
果てはあるから夜は暗いんだよ
果てがなかったら星でいっぱいだよ
なんてことだ
お空に果てはなかったのか
こんなにも星だらけじゃないか
「星が溢れる」
#362
安らかなのは
もう迷いも不安もなく
未来を案じることなく
全てを受け入れ
瞼を閉じようとしているから
「安らかな瞳」
#361
俺の隣にはずっと、掃除機の霊がいる。
見えるわけではないけど、感じる。
現れてからは右腕に、ずっしりとした旧式のサイクロン掃除機のあの重さがある。
まだギリギリ使えていたあの掃除機を粗大ゴミに出して数日経ってからだ。
本人はまだ捨てられるとは思ってなかったのだろう、成仏できないでいるのかな。
廃棄する少し前に最新の軽量型を購入した。
「すげっ、軽っ!」
「吸引力ハンパねぇ」
などと浮かれている様子も見ていたことだろう。
アイツだって買った頃には最新型で、見た目もクールな近未来風、経験したことがない激しい吸引力に腕がプルつくほどだった。
とても頼りにして、フィルター掃除、時には分解掃除もしてきた。家中、俺の傍にぴったりついて回る良き相棒だった。
もっとちゃんとした別れをしなきゃならなかったんだ。かれこれ10年以上も生活を共にしてきたのだから。どんなに悲しんでいるか。どんなに俺を恨んでいることか。申し訳なさで胸が潰れそうになる。
手放してしまってもう本体はない。隣の霊に、ありのままの気持ちを伝えることしかできない。
聞こえるかわからないが呟いてみる。
「勝手に処分なんかして悪かった。長い間、ずっとよく働いてくれてありがとう」
うん、聞いてくれてる気がする。
「最近は手入れしても吸引力がかなり弱くなってたろ…俺花粉症もあるから…」
「家電の寿命は10年目安というし」
言い訳がましい。いかん。
「君の働きぶりにはずっと感謝してた。言葉にしてなくてごめん。いつも掃除機をかけた後の気持ちよさに大満足してたよ」
これは本当。
「代替わりして、新しいやつのことも君だと思ってやっていくつもりだよ。掃除機かける時はいつも君のこと思い出すよ、本当にありがとう…」
ふっ、と右腕が軽くなる。気配が消えた…?
成仏できたんだろうか。新しいほうのに乗り移っててもいいけど。
長年の感謝の気持ちを伝えられてよかったな。
「ずっと隣で」
#360
今日とも明日ともしらず
いつか死にゆくぼくらだから
いま 能うかぎりのことを
「もっと知りたい」
#359
今日この日に
悲しく恐ろしい記憶と向き合うこと
平穏が常ではないこと
打ちのめされた時に前を向くこと
折れた骨が時間をかけて
もとの形に もとの太さに戻るように
枯れた幹の根もとから
ひこばえが枝を伸ばし葉をつけるように
一斉に芽吹く梢をくぐり抜けて
まだ冷たい風に向かい 歩を進める
「平穏な日常」
#358