毎朝鳴らす、手を合わす
目を閉じて、心を澄ませて
お鈴のこの音が空の遠くの
なつかしいあなたのもとに届くよに
瞼の裏のあなたの笑顔に
お元気ですか、って問いかける
ちょっと変だけど
だっていつもそんな気持ちでいるからつい
私も元気でがんばります
そこにあなたがいると思って
「Ring Ring …」
#498
東京で就職したとき 故郷には婚約者がいた
月末にいつも 会いに帰るのが楽しみだった
穏やかなとても優しいひとで
気の弱いおとなしい私とは似合いだった
帰省する電車に乗ろうと駅に向かったある日
駅には会社の同僚が待っていた
今日は帰らないでくれ話がしたいのだと
想いの丈を告げる彼と戸惑う私
若くして事故で家族を皆失った彼は天涯孤独
世界中で私だけだと 共に生きてほしいと
何年でも待つからどうか考えてほしいと
婚約者のことも承知のうえで
積極的で情熱的で でも寂しそうだった
彼を支えたいと願うようになった
親には反対、勘当されて
駈け落ち同然での新生活
家庭を、家族をこのうえなく愛し大切にする
孤独だった彼に家族はどれほどの宝だったろう
彼を選んだことを後悔することはなかった
ただ 故郷のあのひとに詫びる気持ちは消えない
何年も過ぎ 病を得て亡くなったと聞いた
ずっと独り身だったとも
さらに月日は流れ 夫を見送った私は
あのひとと同じ病となったことを知る
これでいい、こうして命を終えるのだ
いくら詫びても償えない思いに
天が応えてくれたのだろうか
病は私に救いとなった
この世の巡り合わせの全てに
ありがとう
「愛情」
#497
クリスマスには手編みのセーターがほしいな
彼はそう言った
クリスマスに間に合うように
彼女は初めてのセーターを編んだ
喜んで着てくれる
互いにちょっと照れくさい
いろんなことがあったあと
翌年ふたりは別れ
彼は彼女に箱を送る
いったい今ごろ何だろう
箱から出てきたのは
切り刻まれたあのセーター
傷つくことと傷つけること
どちらがどれだけ苦しいのだろ
「セーター」
#496
また会いましょう
また会いましょう
あの日のあなたに
あの日の私で
また出会いたい
あの日に戻って
繰り返し
あなたに出会う日を
夢見続けていたいのです
「また会いましょう」
#495
テーブルの角に足をぶつけて「アッ!イタッ!」
2人声を合わせて「またやっちゃった!」と笑う
ぼくが夜泣きするたび抱き上げて、ソファでしばらく背中を撫でてくれたあと
ベッドに戻りながらいつも繰り返し足をぶつけては笑って心をほぐしてくれる
そしてぼくは安心して眠るのだ
絵本の同じページで一緒にこわがり
別のページで一緒によろこび
繰り返し繰り返し
幼いぼくが安心してこの世界を生きていく
そんな土台をつくってくれた
自転車に乗り スキーを滑り 海で泳ぎ
成長していくぼく
勉強には厳しかったから反発した
でも今思う
我が子に厳しくするのは嫌だったろうな
嫌われるのは辛かったろうな
気づいたらいつの間にか
鎧をぬいで無防備にニコニコしている父
大人になったぼくを見て
安心してくれてるのかな
反発してひどい言葉を言って
距離をおいて冷たい態度をとって
あんな日々もあったのに
ずっと見守ってきてくれた
お父さんの愛は ぼくに降る雨
春も夏も 秋も冬も
でもいつも柔らかく
降り注ぎつづけてくれたんだ
「柔らかい雨」
#494