tifon

Open App

東京で就職したとき 故郷には婚約者がいた
月末にいつも 会いに帰るのが楽しみだった

穏やかなとても優しいひとで
気の弱いおとなしい私とは似合いだった

帰省する電車に乗ろうと駅に向かったある日
駅には会社の同僚が待っていた

今日は帰らないでくれ話がしたいのだと
想いの丈を告げる彼と戸惑う私

若くして事故で家族を皆失った彼は天涯孤独
世界中で私だけだと 共に生きてほしいと

何年でも待つからどうか考えてほしいと
婚約者のことも承知のうえで

積極的で情熱的で でも寂しそうだった
彼を支えたいと願うようになった

親には反対、勘当されて
駈け落ち同然での新生活

家庭を、家族をこのうえなく愛し大切にする
孤独だった彼に家族はどれほどの宝だったろう

彼を選んだことを後悔することはなかった
ただ 故郷のあのひとに詫びる気持ちは消えない

何年も過ぎ 病を得て亡くなったと聞いた
ずっと独り身だったとも

さらに月日は流れ 夫を見送った私は
あのひとと同じ病となったことを知る

これでいい、こうして命を終えるのだ
いくら詫びても償えない思いに

天が応えてくれたのだろうか
病は私に救いとなった 

この世の巡り合わせの全てに
ありがとう



「愛情」

#497

11/28/2024, 5:16:12 AM