ななし

Open App
6/13/2024, 11:09:52 AM

9.あじさい 黒大
のとある6月の平日、もう昼休みが終わるというタイミングでポケットの中の携帯が短く着信を伝える。ゴールデンウィークの練習試合の際に連絡先を交換した黒尾からだった。主将同士の情報共有という名目で交換したが、其の実、くだらない連絡の方が多い。美味しかったラーメンの写真を送ったり、日常の中で見つけた面白いことを送りあったりしていることが多い。勿論主将として情報今日をしたりもしているが。
授業が終わり休み時間に入ったのでメールを確認してみる。そこには、「東京にも緑はあるんですよ」という文言とともに雨でびしょ濡れになった音駒の面々が軒下で雨宿りをしている写真が1枚貼り付けてあった。みんなで昼飯を買いに行っていたようで、何人かがコンビニの袋を手にかけている。そんな中で、写真の端っこにぽつんと映っている紫陽花が目を引く。
(東京でも紫陽花咲いてるんだな)
なんて、失礼かもしれないがそう感じてしまう。東京のシティーボーイ共はもっと入り組んだ複雑な土地に所狭しとビルが生えた場所で生活していると思っていた。ただ、それでも宮城の道端の紫陽花の方がボリューミーだ。
こんなちょっとした対抗意識から、「さすが東京。なんでも揃ってますね」なんていう文言とともにその日の帰りに撮った紫陽花の写真を送り付けてやった。

6/11/2024, 2:07:05 PM

8.街 黒大
蝉の声もほとんど聞こえなくなってきた頃、俺は街へ繰り出していた。目的は特になく、ただ街を散策するだけだ。普段の買い物は近所のスーパーやホームセンターで済ませているので、こういった大きな街に来るのは久しぶりだった。街並みも結構変わっていたりして面白い。流行りのスイーツ屋何かは入れ替わりが激しいようで、前来た時はタピオカミルクティーのお店だったところに、今度は食パン専門店ができていた。

とちう

6/10/2024, 1:00:15 PM

7.やりたいこと 黒大
「黒尾、今日は倒れるまで食うぞ」
突然のことに俺は面食らってしまう。澤村の手に掴まれているチラシを見るに今日近くの河原で納涼祭があるようだ。チラシには、納涼祭らしくかき氷やヨーヨー釣りのイラストが書かれている。ただ、澤村曰く「他にも焼き鳥とかたこ焼きみたいな屋台も沢山あるから」との事。
納涼祭が始まるのが17時のようなので、16時半に家を出ることになった。家を出るまであと2時間ほど、澤村は先程から祭りが待ち遠しそうに部屋をウロウロしている。その姿がなんだか面白くて、何となく体重のことを持ち出してみると割と怖い顔でゴヅムされてしまった。
出発の時間になったので、財布や携帯の確認をして問題ないことを確認し家を出る。歩いていると、同じく納涼祭に参加するのであろう浴衣を着た人達がポツポツと合流してくる。浴衣と言えば澤村は絶対に浴衣が似合うだろうから、来年は必ず浴衣を用意しておこうと誓う。
河原に着くと既に多くの人が来ていた。俺達も早速雑踏の一部となり、屋台の食べ物を堪能しに行く。澤村は次々と屋台をめぐり色んな食べ物を味わっていた。少し目を離していた隙に手に持っているものが変わっていて驚かされたりもした。その間に何度かはぐれそうになったが、俺の背が頭ひとつ抜けて高いおかげで何とか合流できた。その度に澤村に「黒尾の背が高くて助かった」と、とてもいい笑顔で言われた。祭りを堪能できているようで何よりデスヨ。まったく。
祭りも終盤、どうやら打ち上げ花火が上がるようだ。両手にりんご飴や綿菓子、フランクフルト、更には焼き鳥を持っている澤村と近場の高台に移動する。
「祭り、久しぶりだったが楽しかったな」
「そうだな。俺も充分祭りを堪能できた」
「ただ屋台を制覇できなかったのだけは心残りだな。来年はお前も手伝えよ」
ニヤリと笑いながら「お手柔らかにお願いシマス」と短く返す。澤村もまた来年も一緒に来るつもりのようでとても嬉しくなる。ただ、澤村に付き合って倒れるまで食うのはごめんだ。

6/9/2024, 1:54:19 PM

6.朝日の温もり 黒大
朝、窓から差し込んでくる曙色の光に起こされる。過ごしやすくなってきた今日、布団に離して貰えないことは随分減ってきた。ただベットに寝っ転がることが気持ちいいことに変わりはなく、起き上がることが憂鬱であることに変わりは無いが。しかし、今日はいつもとは違う要因で起き上がることができない。というか体を十分に動かすことも出来ない。
黒尾が今晩泊めてくれと押しかけてきたのが昨日の晩のこと。俺もベットで寝たいと潜り込んできたのが夜半のこと。そして俺を抱き枕にして気持ちよさそうに寝ているのが明け方、つまり今だ。下半身は動かせるが上半身はがっちりホールドされていて動かすことができない。そういえば黒尾に、澤村さんは体の大きさと太さ的に抱き心地抜群ですよねなんてことを言われたことがあった気がする。
そろそろ体が痛くなってきたが、これから抜け出すのは叶わない望みなのだろう。ならば仕方ないと抵抗をやめ顔を黒尾の胸元に埋める。そうすれば全身が黒尾に包まれているようで、幸せな気持ちになる。こういうのもたまには悪くないと想っているうちにだんだんと微睡んできた。先の抵抗によって掛け布団はどこかへ行ってしまったが、朝日に照らされた東雲色の腕はとても暖かかった。

6/8/2024, 1:11:37 PM

5.岐路 わき道 黒大
俺が東京に出てきた事で黒尾と過ごすことの出来る時間は前とは比べ物にならないくらい増えた。ただそれでも住居はそこそこ離れているので黒尾が泊まりに来たり、俺が泊まりに行ったりしない限りは夕方には解散しないといけなかった。
秋の暮れ、イチョウの葉が赤く照らされ橙色の絨毯をこしらえている。秋の静けさに人恋しくなったのは先刻のことだ。今は黒尾のバイト先に歩いて向かっている。終わるまであと1、2時間はかかることは知っている。ただ、1人部屋で過ごしていられなかった。ふと目に入った自販機で温かい缶コーヒーを購入して目の前の公園のベンチに腰かける。すぐそこの道路を車が通り過ぎていく。東京も都心から少し離れればそこそこ落ち着いている。普段は心地いい静けさの町から今はなんだかうら淋しい空気が放たれている。もう東京に来て3年になる。今さらホームシックかななんて自己嫌悪に陥りそうになる。どうも今日は気分が沈んでならない。少しぬるくなっているコーヒーをグビっと飲み干すと立ち上がる。辺りはすっかり闇に包まれているが少しは気持ちも晴れたか。とはいえ今からひとりで家に帰る気にもならないので黒尾に連絡を入れバイト先の近くのファミレスで時間を潰すことにする。そのあとは途中まで一緒に家へ帰ろう。こっそり岐路を通ってより多くの時間を共有しよう。こんな自分勝手なことも今日くらい許してもらえるだろう。

Next