3.最悪
「最悪だ...」
それに気づいた瞬間思わずそう呟いてしまった。なんだこれは。いや、何か―――というか誰かはひと目見ればわかる。俺が上京してきてからお世話になりっぱなしな黒尾と木兎だ。あの特徴的な髪型、うん、間違いないだろう。ただこの状況は理解しかねる。何故人の家で酔って伸びているのだろか。第一今日はうちに来るなんて話は聞いていない。まあアポなしでやってくるくらいなら呆れながらもちゃんと迎え入れるだろうが、家主のいない家でへべれけになった挙句部屋を散らかすようならその限りでは無い。というかいつから飲んでいるのか。結構な数の空き缶が転がっているが、まさか俺と入れ違いで朝から飲んだくれていたのだろうか。
取り敢えず玄関に突っ立っていてもどうにもならないから部屋に踏み入れる。
「酒臭いな」
当たり前ではあるが、そこに踏み入れると一気に酷くなる。なぜ俺が片付けなければならないんだと独り言ちつつ、片付けないことには俺の居場所もないので渋々片付けに取り掛かる。
そろそろ片付けも終わりそうな頃、ようやく何故このような事になっているのか思い当たる。今日は俺の誕生日であり、二十歳になり酒が解禁される日だからだろう。ただ今日は大晦日でもあり、わざわざ当日にやって来てくれるとは思っていなかったので満更でもない。いや、こいつらの事だ。大晦日にこき使われるのが嫌で逃げてきただけだろう。自分の誕生日を祝ってくれる人がいることに感謝しつつ、それでもやはり主役の到着を待てないこいつらにここのろ中で毒づきながら片付けを済ませてしまう。
机の下に隠されていたプレゼントには気付かなかった振りをして、晩飯の準備を始める。きっと全く起きる気配のないアイツらも食べていくのだろう。
2.誰にも言えない秘密
遠距離恋愛の世間一般のイメージは難しい、自然消滅すると言ったものだろうが、遠距離片思いだとどうだろう。叶わない恋、執着しすぎなんて思われるかもしれない。俺の好きな人もとても遠くに住んでおり、会う機会というのは部活の合宿くらいだった。それでも好きになったものは仕方ないだろうと言ってはみるものの、半分諦めている。
そして今日、あいつを好きだと自覚して初めての合宿が始まる。俺たちの学校はあいつのいる学校と交流があるので、長期合宿初参加のアイツらの世話役を俺たちが買って出た。俺もあいつも互いに主将という立場なのでかかわる機会が多いと思われる。あいつと話せることに喜びが半分、どう接していいか、変な態度にならないかという不安がもう半分。そして待ちに待ったあの御方との御対面、元来ポーカーフェイスが得意なので上面に食えない笑みを1枚貼っつけて何とかやり過ごす。とても好印象は与えられない感じだが、変にキョドってしまうよりはいいだろう。
そんな感じで始まった合宿だが、練習の時間になってしまえばそこまできにならない。休憩中などは無意識に視線が向いてしまったりもするが、俺は部活動もあいつに負けず劣らず好きなのだ。だから練習中はどうにかなった。ただ合宿ということは一日中一緒にいるということであり、練習中には伺えないようなところも知ることが出来る。これについては今までの合宿で既に知っていることが多いので何とかなっているが、2人きりで話す機会が多いというのが問題だ。こればかりは慣れの問題では無いし、どうってことない話の中で感情がコロコロ変わってしまったりして大変だ。仲を深められるのは良いのだが、時偶相手に好かれてないと言うことがチラついてきたりして気分が沈んでしまったりもした。
ただ、相手はとても遠くに住んでいるのだ。この機会にどれだけ意識させられるかが重要になってくるだろうから、しっかり気張っていこうと綺麗に並べられた布団の上で1人心に決めた。
1.狭い部屋 黒大
俺が大学入学と同時に東京出てきてもう4ヶ月が経った。田舎から上京した人が勝手の違いから中々東京の空気に馴染めないなんて話をよく聞くが、俺は世話好きな知り合いの協力もあってかそれなりにすんなりと馴染めたと思う。そんな世話好きなあいつも肩書きは俺と同じ大学生であり、課題に追われていることも人の家に突然突撃してきたりもするのである。今ただでさえ狭い1人用アパートの一室がさらに狭くなっているのだって昨日の夜こいつが押しかけてきたせいなのだ。あんまりにも酷い顔をしていたので泊めてやったが、大男が2人いるだけでだいぶ窮屈に感じてしまう。ベットを占領されていた俺は気持ちよく眠ることも出来ず、床、というかカーペットの上で寝ていたので体がバキバキになるわで結構散々なわけだ。そんなこんなです少し早めに目が覚めた俺は、体を伸ばすついでにコーヒーをいれに行く。コーヒーをブラックで楽しめるようになったのはいつ頃からだろうかとノスタルジックな思考になっていると、寝ていたはずの黒尾が目を擦りながらダイニングキッチンに入ってきた。
「悪い、起こしたか?もう少し寝ててもいいんだぞ」
「いや、もう十分休まりましたので」
ついでに黒尾の分のコーヒーもついでやる。空はもう明るくなっているが人々が活動を始める気配はない。外に目をやれば高校生と思しき青年がジャージを羽織って自転車を漕いでいった。視線を戻せば、ああは言っていたもののやはり眠いのか机に体を突っ伏しぼーっとシンクを見つめている黒尾が目に入る。今日は講義もないようなので一緒に1日ゆっくり過ごそうか、なんて考えているうちに、自然と笑みがこぼれてしまっていた。