風邪
12月。それは風邪という病が流行る時期らしい。人々の間で広まるそれは、自分には関係の無いことだと侮っていた。家から出ることも、他の人と会うこともないのに風邪など罹るわけが無いと。
「ヘックシ」
だらだらと垂れる鼻水を拭いては垂らし、拭いては垂らしを繰り返して横になる。ぼーっとする頭で、たまにはこんなのも悪くないと考えながら眠りにつく。
どうせ明日には、治っているだろう。
心と心
「私ね、心がないの」
君は、いつもの貼り付けた笑顔で言った。綺麗な長い黒髪が、月に照らされてキラキラ光った。
「でも今、笑ってるじゃないか」
どう返したらいいか分からなくて、多分、間違ったことを言った。
「うん、そうだね。私いま、笑えてる」
君は先程と全く表情を変えずにそう言った。
「ねぇ、心を分けて欲しいって言ったら、どうする?」
そっと手を重ねて、君は僕の目を覗き込む。彼女の瞳には、間抜けな顔をした僕が映っていた。
「どうって、言われましても」
そう返すと、彼女はコロコロと笑った。
「あはは、心って何か、わかった気がする。ありがと」
何が分かったのかは分からないけれど、君はまた、貼り付けた笑顔で言った。
心と心を繋いで、分け与えるなんて僕には無理だったみたいだ。
何でもないフリ
何でもないという君は、いつも辛そうに笑っていて。
辛い辛いという君は、いつも楽しそうに泣いている。
何でもないフリをした僕は、いつも君を支えられずにいた。
仲間
ざあざあと降り続く雨の中、野良猫が僕の前でにゃあと鳴いた。撫でてやろうと手を伸ばすとふぎゃっと鳴いて去ってしまった。
さて、どうしたものかと悩んでいると、可憐な少女が話しかけてきた。
「あの、何をしているのですか」
何をって、雨宿りだけど。こんな雨じゃあ、しばらく動けそうにない。
「そうですか。いえ、なんでもないんです失礼しました」
少女は激しく降り続ける雨の中、去っていった。
ざあざあ。ざあざぁ。
そういえば、仲間たちはどこへ行ったのだろうか?もう随分とたった気がする。まぁ、いい。よくある事だったろう。
ざあざあ。ざあざあ。
僕は誰を、待っているんだっけ?誰か大切な人を、ここで待ち続けてる気がするんだけど、どうにも思い出せない。この雨が止む頃には、思い出せるだろうか。
ざあざあ。ざあざあ。
なんだか、眠たくなってきた。
ざあざあ。ざあざあ。
もう、待たなくても、いいだろうか。
ざあざあ。ざあざあ。
………。
ざあざあ。ざあざあ。……ざあざあ。ざあざあ。
手を繋いで
手を繋いで欲しい。それが彼女の最後の願いだった。
その願いを叶えたら消えてしまう彼女を消したくなくて、僕は最期まで彼女の手を握らなかった。
「そろそろ、いいでしょ?貴方の手で終わらせて欲しいの」
ベッドの上、横たわる僕に差し出された彼女の手を握ろうとして、力が抜ける。遠のいていく意識の中、不思議と後悔はない。
「酷い人。またこうなるのね」
何度死んでも、必ず逢いに行く。迎えに行く。そう約束して、これで何回目だろう?いつかは彼女を、解放してあげられるのだろうか。
「ずっと、ずっと待っててあげる。だからちゃんと、迎えに来てよね」