いみがないこと
「うふ。それはまた、おかしな話ですのね」
『返す言葉もない。柳子さん、』
「いいんですの、そんな気がしていましたので。ええ、お気になさらず」
にこやかに和やかに穏やかに朗らかに。
しかしお嬢の声色は硬く冷たく氷点下である。
表情も感情が抜け落ちたひどいものだ。
『この埋め合せは必ず』
「……物を贈るのはもうやめていただいて結構ですのよ。無理をさせているでしょう。高価なものは扱いに困りますし、持つべき人は他にいますわ」
『私は、君に似合うと思ったから、君につけてほしいと思って』
「うふ。戦場で?」
『柳子さん』
「戦場は言いすぎました、訂正します」
『そんな事はない、ですよ』
「でも冥土には持っていけませんのよ」
モノも、お金もいらない。
心一つしか持って行けない。
「なんて、これが最後の会話になるのはいけませんわね」
『……申し訳ない』
「良いんですの、この日の為に用意したサンドイッチもケーキもお紅茶も、みーんなうちのもので食べてしまいますので!京志郎様はのど飴とみかんと生姜湯でも飲んで健康に備えてくださいまし。体は資本ですわよ」
『あれ、まだそんな兆候ないんですが。声とか風邪っぽいですか』
「少しだけ鼻声かと。忙しさも立場もあるとは思いますが、ご自愛くださいな」
『敵いませんね』
「女性の洞察力を甘く見てはいけませんわよ」
『肝に銘じます』
「よろしい。では息災で。愛していますわ、京志郎様」
『柳子さんも怪我や病気に気をつけて。僕も愛しています、柳子さん』
ツーツー、と通話終了の音がする。
ガチャリ、とお嬢はそこで受話器を置いた。
「さて尾上君、オヤツの時間ですわよ」
「いや食い辛いわ」
「数時間前まではあんなに食べたがっていましたのに…」
「昨日の夜からなんかウキウキで準備してたから…ローストビーフのサンドイッチとかあるし…」
「メインのお客様が欠席ですからね、片付けませんと」
「…………いつもこうなのか?」
「そうですね、ざっと10年ほどですわよ」
「最後に会ったのいつ!?!?」
「10年以上前ですね」
「そんなサラッと……」
「事実ですもの」
「悲しくねぇの?」
「悲しいし寂しいですわ。今度こそ会えるかもと期待しながら準備しますし。」
「浮気とかじゃねぇの」
「昼ドラの見過ぎでは…?」
「だって10年て、同年代だよな…?何でそんな忙しいんだよ」
「椿財閥の直系ですし、忙しさはお互い様ですので。」
「どこの何?」
「興味ない範囲の話と自分に関係ない話って本当に知らないで生きてますよね。椿財閥は医療系への出資や研究を主に経済を回す財閥です。柳谷も傘下ですわ。」
「……結構デカいとこ?」
「それなりに」
「なんでお嬢がその…椿の直系の婚約者に、って話になんの?」
「父同士の仲が良かったそうで。現代だと家同士の格とかそこまでありませんし」
「……勝手に自分の将来の相手を決められるの、嫌じゃない?」
「私達お互いが初恋の相手ですので。」
「都合良すぎだろファンタジーかよ」
「顔合わせの時ダメならまた考えよう、程度の事だったと思いますわよ、今回はうまく行ったというだけで」
「はーん…」
「ピンとこない顔をしていますわね……」
「ピンとこないから……」
「さ、石蕗と笹本も呼んでお茶会です、今回も自信作なのできっと喜んでくれると思いますわ」
「めっちゃ準備してたもんな」
「ええ、次回はもっと美味しく作ります」
「……嫌いになんねぇの?」
「運が悪かっただけですので。それに京志郎様の心を信じていますから」
寂しさの翳りをまったく見せない笑顔でお嬢は言う。
「例えずっと来れなかったとしても、私はずっと待つだけですし、その期間は無意味なモノではありませんのよ」
あなたとわたし
後日書きます!!枠だけとらせていただきますー!
柔らかい雨
あめにもまけずかぜにもまけず。
あの詩を全部読んでいる人はどれほどいるだろう。
まだであるなら是非ご一読を。
最後の一文が、僕に一つ勇気をくれる。
あめにもかぜにも負けそうな僕だけれど、
どんな僕になりたいか、そうなりたいと願い努力する事、それは誰にも否定できない僕の財産だ。
やさしいひとになりたい。
つよく、やさしいひとでありたい。
鏡の中の自分
観音開きの三面鏡。がっしりとした木製の鏡台には、笹本が揃えてくれた基礎化粧品や傷薬、私の肌にあうハンドクリームやリップクリームなどが収まっている。引き出しには石蕗から貰った押し花の栞、そして京史郎様からいただいた爪紅、髪飾り。
幼い頃は苦労して登っていた椅子も、今では普通に座ることができる。お母様も、ここでお化粧したりしたのでしょうか。
お母様は私が生まれた時に体を悪くして、そのまま言葉を交わすことなく儚くなってしまった。
そうして生まれた私も体が弱かった。
せめて男児であればと思ったことが一度や2度ではなかったのではないでしょうか。
せめて男児であれば跡を継げたでしょう。
せめて健康であれば繋がりを持てたでしょう。
せめて母だけでも生きていれば未来があったでしょう。
生まれたのが病弱で女の私でなければ何か変わっていた。
何かもなにも、何もかも違っていたでしょう。
しかしお父様に直接聞く機会はもうなくなってしまった。
お父様も既にお母様と同じ場所にいる。
愛妻家であったから、きっと幸せに暮らしていらっしゃると思う。
鏡に映るは小娘1人。荒れた唇にリップクリームを塗って、豆が潰れて硬くなった手に軟膏を塗る。
私が普通の女の子であれば、きっと母親と笑い合いながらこのドレッサーを使っていたでしょう。髪を結ってもらって、何色のリボンが似合うとか、合わせていたのでしょう。
けれど今鏡に映っているのは、暗闇で刀を振り回し、泥と血と土に塗れた子供である。
お母様。きっと私は死ぬまでこの鏡台に、幸せな親子を映す事ができないです。私では。
どうしようもなく胸の内が空っぽに思えて、堪らず三面鏡を畳んだ。最後に見えた鏡の中には、泣きそうな顔の少女が映っていた。
永遠に
「とある宗教じゃ永遠の愛を誓うらしいやん」
そんなものは存在しない、と吐き捨てる。
幻想だ。空想だ。ありえない。大体のやつが誓っておいて別れるし。随分短い永遠だ。
湿気でうねる髪が鬱陶しい。
「随分ご機嫌斜めですわね……クッキー食べます?」
「あんたがいると電子機器が狂うんよ、どっかいけや」
「残念ながら尾上君が此処にいるといって聞かないもので」
「そりゃ現代日本人がゲームテレビパソコン無しジャンクフードも菓子も無しの生活いきなり強いられりゃそうなるわ!!」
蛸嶋家は外見こそ日本家屋だが、家の中はかなり魔改造というか現代的や。近未来化してるといってもええやろう。
所狭しとコードが走り、空調完備。パソコンのために。
ついでにドリンクバーと片手で食えるカロリーバーと糖分補給の菓子とカップ麺やレトルト食品なんかが死ぬほどある。
災害に見舞われようが3年ほど生きられる程度の備蓄がある。
点検も欠かさない。Wi-Fi完備。
対して柳谷邸。蛸嶋邸と同じく古き良き日本家屋。
内装も日本家屋。エアコン無し。ストーブはある。
こたつもある。キッチン周りが最近すこし使いやすくなった。
テレビがない。スマホは辛うじてある。何代前かは知らん。
その程度である。石蕗はんも笹本はんもレトルト食品に対してあまりええ顔せえへんから柳谷柳子もあまり買わへん望まへん。
おやつは和菓子である。お茶とよく合う。
圏外。
結論。現代日本男児にはちょっと、いやかなり、たりひん。娯楽が。ジャンクが。雑味が。
蛸嶋邸が理想的すぎたとも言う。
「尾上君の行動を制限する権限は私にはありませんわ」
「悪いこと言わへんからテレビ買ったれ、ゲームとかさ…」
「石蕗に聞いてみないとなんとも……」
「やからて此処に居座るな」
「Wi-Fiもよくわかりません」
「お前本当に現代人か…?」
「あと20分程度で気が済むと思うので…」
「此処はキッズお遊びスペースやあらへんぞ」
てっきり尾上だけやと思っとった。この家に来るのは。
普段の生活の話を聞いて出てきた『これ現代人には辛いだろ』の羅列で憐れんだらそうなっとった。ええわうち遊びにこい、から〇〇日みに行っていいすか…みたいなLINEがきて、都合がつく日は漫画を読んだりしとる。あいつ漫画読むの初めてっつって本棚に食いつく勢いやった。そういや柳谷邸にも漫画の類はない。両方厳しい家だったんやな。絵本も読んだことねぇっつてよ。
今は妖怪人間読んどる。スポンジが水を吸収するが如くで読み慣れないにしてはスピードがはやい。次何に食いつくか楽しみである。
にしても、書斎というか本スペース。あそこなら作業部屋からもそこそこの距離があるし柳谷女史の電気混乱体質(適当命名)もマシか?
「アンタはなんか読まへんの」
「漫画は頭が悪くなると止められていまして」
「何時代の人間だよ」
「夢中になると護衛ができませんし」
「…たまには息抜きせぇ、倒れるやろ」
「お気遣いありがとうございます、ですが無用ですわ」
ざわり、と空気が揺れる。
嘘だろこの家そこそこ強い結界はってあんだぞ。
「早速仕事のようですので」
見れば書斎方向の空間が歪んでいる。いやいやいや空間支配系かよ面倒くさい。地味に貴重な書物から資料からあんだぞうち。
そこからか。そこから漏れたか呼んだのか読んだのか。それだって油断なく封殺の術が施してあったろうが。
オバケ吸引体質とは聞いてたが厄ネタ吸引体質の間違いじゃねぇんか。今から収集かけて対空支人員と結界解除と厄ネタ封印人員手配してもらうとしてその間にあいつが喰われない保証がない。
とにかく連絡を、と思えば既に鯉口を切る柳谷女史。
おい待てまさかそれを今から振り回す気じゃ、
「そういえば永遠の愛についてでしたっけ」
そんな話してたなそういや!!今どうでもいいけど!!
「私はあると思いますわ。あると信じていると、それだけで力が湧いてきますし、素敵ですし」
穏やかに笑う。目を伏せたまま、視覚以外の感覚で相手を捉える。
一呼吸。
「何度挫けそうになっても、心が折れても、立ち止まって動けなくなっても。また立ち上がった人がいる。その人達が繋いだ道が私達に繋がっている。だから、既に永遠の愛は証明されている。私はそう思っていますのよ」
ごとり、と書斎の方から何か重いものが転がる音がした。
続いて「いってぇ!!」と尾上の声。無事か。
それはそれとして。
「柳谷女史、家の中で刃物を抜くな」
「緊急事態でしたし」
「しかもそれ四儀以上の術師しか携帯許可でえへんやつやろ!!んなもんぶんぶん振り回すな!うちかて結界あんやぞ!真っ二つだわ!」
「だ、だって尾上君の安全と事態の収集にはあれが一番てっとりばやかったんですの!!」
「問答無用や、そこに正座ァ!!」
2時間後。
「蛸嶋君お邪魔しました〜、なんか銅像?これ落ちてきたけど大丈夫なやつ……何してんのお嬢」
「お説教は終わりましたが足が痺れて立てません」
「漫画貸すからお前らしばらく来んな」
結界が修復された頃、「もう大丈夫だから遊びにこい」ってライン貰うまでしょげる2人がいたりする