しるべにねがうは

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8/13/2024, 7:26:11 AM

「ヘッッタクソ」
「昨日よりは上達してますわよ」
「ヘタクソには変わらないんだよな」
「指運びと息継ぎが上立つしましたので」
「楽器は得意っつってたの嘘か?」
「弦楽器ならできるんですのよ……肺活量関係ありませんもの…」

ごじつ加筆します

8/11/2024, 2:45:20 PM

古びたバス停。真新しい忘れ物の傘があるものの、他に客はない。
ここで待っていればバスが来ますわ、と案内したのはお嬢だ。
こんな辺鄙な所よく分かったなと思って聞けば以前来た覚えがあるらしい。お嬢前にもここ任務で来てんの?つまり前にも怪異あったのかよ。お嬢が派遣されるレベルのやつが。

数時間前まで野を山を崖を駆け回っていたご本人は別人の如く静かである。血やら泥やらで汚れた一式は全て俺が背負ったバッグの中だ。一刻も早く帰って洗いたい。一般家庭や川で洗うと色々ダメなんだとよ。わからんでもない。

清潔な服に着替えたお嬢はマジで普通の女子にしか見えない。
それどころか。
田園風景をバックに立っているだけでどこか漂う気品。

「絵に描いたような、ゴレイジョー!って感じだよな」
「悪意を感じますわ」
「いや褒めてんだけどよ」
「なら国語力の欠如ですわね。本を読みなさい本を」
「本読んだらどうなるんだよ」
「今よりは賢くなりますわ」
「なぁ本を読んでる御令嬢、悪意を感じるんだが」
「隠し味ですわ」
「隠れてねぇよ!!」

そして悪意の否定はしないのかよ。
まぁ俺も自分の言葉が悪かったことは認めるが。
ツバの広い麦わら帽子に涼しげな紺のワンピース。
傍らに荷物を持った従者、という構図だけなら大体誰がみてもどこかの御令嬢だろう。お嬢は完全にお嬢だが、従者の俺の服装が夏バテ対策した大荷物一般人なので「お嬢様とその従者」より「夏休みに遠出する兄妹」のほうがまぁ、見えやすいか。

「バス二時間後だってよ」
「…………暇ですわね」
「おいやめろ、絶対嫌だからな」
「まだ何も言っていませんのに……」
「『走った方が早いですわね』って言おうとしただろ」
「従者見習いから順調に成長してますわね、石蕗に伝えておきます……主人の思考の先読みができて初めて靴を舐める資格がある、と以前言っていた気が……」
「おい待てそんなん知らんが?俺靴舐めさせられんの?誰の?お嬢の?ヤだよ?人権とかあるだろ?」
「暇ですわ」
「話聞いてる?」

お嬢時々全然人の話聞かない。俺は聞いて欲しい。
なぁ今日帰ったらお嬢様の靴舐めさせられんの?
うとうとし始めたお嬢に慌てる。この人一回寝始めるとマジで起きないんだよ!!!この人1人背負うだけならいいが今日は荷物が多いから絶対ヤだ。ちょっと曇ってきたし。バスが来るまで寝かすわけにはいかねぇ。そのバスさっき逃したっぽいけど。

「しりとりでもすっか」
「会話の墓場と噂の?」
「のんびりしてて良いじゃねえかよ。俺は嫌いじゃない」
「今これ以上のんびりしたら寝そうですわ」
「割と面白いだろ?」
「路上でできる暇つぶしが少ないだけですのよ」
「夜までにはくるだろ、バスも」
「もし来なかったら走りますから」
「……ら、来週までには来るだろ」
「露骨とまでは行きませんがアウトでは?」
「は?ギリギリセーフだ」
「ダメですわ!明らかに不自然ですもの!再審を要求します」
「……………お二人、何をやっていらっしゃるので?」
「やった、石蕗さんちース、あざーす、トランク失礼しまーす」
「石蕗、ジャッジを!さっきのしりとりアウトですわよね!?」

天の助けとばかり通りかかった石蕗さんである感謝感激雨霰。
話を聞けばこの路線バスはとうに廃止していたらしい。
おいお嬢、バスありますって言ったよな?バス会社も仕事しろ撤去しろバス停。廃止ってデカく書いとけ。ちょっと綺麗だったし真新しい傘とか忘れてあったし普通に待っちゃったじゃねえかよ。

「え、石蕗さんマジでよく通りかかってくれましたね?」
「お迎えに行きますと連絡した所既に出たと言われましたから急いで出てきたんですよ。お嬢様ならこのバス停を目指すだろうと思いましたので」
「流石勤続50年!柳谷家の思考を読める仕事のできる男!」
「ふふん、うちの石蕗は優秀ですので!朝飯前ですことよ」
「あ、お嬢その傘さっきの忘れ物だろ、パクッちゃダメだぜ」
「行くべきところに届けませんと。これも縁ですからね」
「バス廃止してんだもんな。うん」
「石蕗、あとはお願いしますわね」
「わかりました、では10分後に」
「5分で充分ですわ」

お嬢は俺に傘を押し付けて、自分は1人バス停に残った。
石蕗さんは5分間、とんでもないスピードで野を超え山越え崖を越え、乗っていた俺はめちゃくちゃ吐いた。

5分後、また同じバス停の前にお嬢がいた。
あんなに走ったはずなのに。

「お疲れ様でした、お嬢様」
「この程度、なんとも。この方も行くべきところに行けますし」

お嬢が車に乗り込む直前、向こう側に見えたバス停。
植物に呑み込まれたその姿は、俺達が来た時より何年も何十年も過ぎてしまったかのように変わり果てて。

「あのさお嬢」
「なんですの」
「…………なんか見えてた?」
「何も」

もう俺田舎のバス停近寄らない。
絶対に近寄らない。

「今日もノルマ達成ですわね」
「お嬢明日もあるみたいに言ないでねぇちょっと」


お題・麦わら帽子
忘れ物が麦わら帽子のほうがお題に沿っていそうだけど
お嬢に被って欲しかったから……

8/10/2024, 1:03:39 PM

終点。

しゅうてん。おわり。打ち止め。打ち切り。行き止まり。
どこにもいけないどこにもつながらないどこにもいきつけない。

物事にはいつだって何だって終わりがあるが人生の終わりとなると早々ない。抗いようのない終わりとくれば『死』以外の何物でもないが人生は死んだって終わらないというのが昨今の定説の様な気がする。自分のことを覚えていてくれる誰かがいるなら終わりではないと。忘れられても時折思い出してもらえるなら蘇るのだと。
半分永遠と化した人間は死んでさえも終われない。

終わりたくても終われない。死さえ俺を終わらせられない。

ウーン後日加筆します

8/9/2024, 11:39:01 AM

お題「上手くいかなくたっていい」

いや上手く行った方がいいだろうまくいかなくて良いわけあるか。
そんなの諦めるための言い訳だ。
本当は諦めたくなんかないのに、諦めなければいけなくて。
諦めさせなければいけなくて、だから苦し紛れに口から出た出まかせだ。上手くいかなくたっていいだなんて、そんなのは。

上手くいくように頑張ってきた奴の努力が無駄だったみたいな。
努力こそ価値があるのだみたいな。
結果を出すために努力した。確かに努力自体は何かしら身についただろう。

後日かひつします

8/8/2024, 3:06:46 PM

「お前、箱入りだよな」
「……脈絡もなくなんですの本当」
「果物って大体箱に入ってる?」
「表面の保護や運搬の楽さも考えると箱が妥当でしょう…?」
「だよな…!?やっぱお嬢様だよなお前安心した、ました」
「今更雑に取り繕っても遅いと思いますわよ」
「ところで水って何飲んでんの」
「中庭の井戸水」
「井戸水だよな〜!!」
「謎のニヤケ顔が無性に苛つくので一発ど突きます、えい」
「掛け声からは想像つかない音が今俺の鳩尾から」
「安心しなさい、峰打ちです」
「どう見ても拳だったが!?」

人体からしちゃいけない音だったろ今。ゴキャって言った。
俺は聞いた。アイツの骨格何でできてんの?鉄骨?

「で、本題は?」
「クラスの奴と話しててお嬢って育ちがいいだろうって」
「それで?」
「じゃあ生まれてきてから食べてる果物全部箱に入ってんだろって」
「大体わかりました、何となく」
「んじゃお嬢は果物は箱から生えてくると思ってんじゃねーのって」
「人を馬鹿にしすぎでは?」
「いや絶対そう言う時期あった、絶対ある」
「ありませんわよ」
「笹本さんに聞いてみようぜ」
「嫌です私が覚えていない失態がありそうで嫌です」
「大丈夫俺もなんか失態言うから」
「自分が覚えていて自分の意思で相手に話すのと自分の知らない失態を目の前で暴露されるのって大分重みが違いますけど!?平等を気取らないでほしいのですけど!?」

大丈夫大丈夫、と適当な事をいいながら勝手知ったる邸内を行く。笹本さん何処だろう。夕方だから商店街まで買い物か、それとももう帰り着いて晩飯の支度か。いやはや普段あれだけ怖がらされている分反撃ができるとなればワクワクが止まらない。まぁコイツとてわざとじゃないのはわかっているが。淑女に恥をかかせるとか男としてマジで無いです、と脳内のお嬢がげんなりしている。本物隣にいるけど。邸内にはいない様だ。門を出たところで商店街の方向から丸々膨らんだ風呂敷を背負って歩いてくる笹本さんが見えた。

「やった笹本さんいた!お帰りなさい、荷物持ちます」
「笹本逃げてください!ソイツ今悪の権化です!荷物は私が持ちますので!」
「お二人ともどうなさったのですかや、荷物持ちはありがたいですけんども…」
「笹本さんお嬢のなんか恥ずかしい話ない!?具体的には果物は全部桐の箱から生まれてくるって勘違いしてたとか!!」
「ありませんわよね!?ありませんわよね!?あっても無いと言ってください笹本ぉ!!」
「…………そうですねぇ」
「う、裏切りですか笹本…!」

嘘だ!と絶望するお嬢に対して笹本が鋭い目を向ける。珍しいな、いつも大体お嬢の味方なのに。厳しいけど。
お嬢が生まれた時から一緒の長い付き合いらしい。
乳母的なやつ?お嬢やっぱお嬢だよな。お嬢の身の回り全般と護衛、武術を嗜むスーパー女性、笹本さん。
味方ならありがたいがマジで敵に回られたくない人。
今目の前でお嬢裏切ったけど。

「お嬢様、先日怪我をなさった時ご自分で手当てなさいましたね。あれだけ呼んでくださいと言っておいたのに…」
「だって夜遅かったですし、縫うくらい私にも出来ますし」
「お嬢様」
「す、すみませんでした!!ね、謝りましたから笹本、いいですよね」
「あれはお嬢様が…6つくらいの頃でしたかね」
「笹本ぉ!?」
「それこそ果物の箱の話です。お嬢様はあの木箱の中には大体果物が入っているのだと思っていたのでしょう、実際間違いではありませんでした」
「まぁ実際スーパーとかだとパックの方が多いんだよな」
「木箱は珍しいですよね。ダンボールならわかりますが。マお嬢様は果物が入っている所を見る機会が多かった。ここまではいいですね」
「え、私なんかやらかしましたか…?覚えがありませんが…?」
「チビすぎたんじゃねぇの?」

俺だって一番古い記憶は6歳とか5歳だ。それも鮮明に覚えているわけじゃ無い、朧げで、断片的で。
心当たりが全く無い分自分の失態というより他人事に思えたのか、続きが気になりだしたらしい。
妨害されるよりマシだ、流石笹本さん。

「当時柳谷邸をよく使っていた陰陽師、七竈さんと言います。かの方は偉大な人形使いであらせられまして、十より少ないですがそれでも多くの形代様を持っておいででした」
「…………めちゃくちゃやべー人じゃん」
「その方私達の上司ですわよ」
「めちゃくちゃやべー人じゃん」
「そうですわよ」

形代。陰陽師の武器。一つ作れる様になるまで10年、扱える様になるまで8年、使いこなすまで15年、壊れるときは一瞬。矢ツ宮殿、昔は七竈って名前で人形遣いだったのか。イメージつかないな。組み手やってる所と書類仕事してるところしか知らない。ガタイいいし。頭脳派と言うか技術派というか。階級が上がると呼び名が変わるらしい。
ややこしい。

「で?なにかあったんですか昔の矢ツ宮殿」
「当時七竈様は子供が苦手でありました。何もしていなくとも近くにいると怖がられ泣かれ親を呼ばれ警官が来るなど日常茶飯事」
「強面だもんな」
「不憫ですわ……」
「そのままでも強面の上、笑顔も不得意でいらっしゃった為、基本近寄らなかったそうです」
「ガキの方から寄ってくるんだよな……そう言う人に限って……」
「その頃のお嬢様は基本周りが大人でしたし、とりあえず七竈様を怖がる様なことはありませんでした」
「同年代の方が少ない環境でしたからね」
「…………かと言って特別親しいわけでもなく。石蕗センサーも普通でしたし。そんなある日、七竈様は沢山の真新しい桐の箱を持っていらっしゃいました」
「……ありましたっけ!?」
「七竈様には歳の離れた妹御がいたそうです、その縁で度々出張先からお土産を買ってきていただいた事がありました」
「え、意外……めっちゃ意外」
「全く思い出せないんですけれど……笹本それ本当にありましたっけ……!?」
「お嬢様が忘れてしまっても無理もないと思いますよ、本当に小さかった頃の話ですし……心なしか途方に暮れる彼に、お嬢様は尋ねました『ななかまど様、任務お疲れ様です』『お荷物おもちいたします』『表の箱はいかがなさいますか』」
「めちゃくちゃ流暢に喋りますね」
「続きは…?」
「いつもならその流れで「箱は柳谷さん達へのお土産です、美味しいうちに召し上がってください」と続くんですがね、その日は違ったんですよ」
「…………ほうほう?」
「『私の部屋に運んでください、形代様は重量があるので2人以上でお運びしてください』」
「あ—————」
「普段もっと立派な箱に入っている形代さまでしたが、その時は任務の途中で大破してしまったらしく。幸い形代さまは傷もなく無事でしたが」

そう言うことはよくある。しかし結果無事だったからと言ってそこから裸で運ぶかといえばそんなわけもなく。
出先がなんとか空き箱を調達し、それが桐っぽい箱だった。元は素麺が入ったでかい箱だったらしい。漢字読めなかったんだろうな。6歳じゃな。そして当時任務に出た陰陽師を玄関先で出迎えに行く責任感ある幼子が「お土産の気配を察知した顔」から「考えが至らず形代様を荷物だと思い込んでしまったことに対する後悔の顔」になってしまったのは。

「その時のお嬢様の顔がよっぽど堪えたんでしょうねぇ……次の日、美味しそうな果物をいくつも買ってきてくださって。我々使用人、みんなで美味しくいただきました」
「七竈様の果物のお土産話は回数が多すぎてどれだかさっぱりわからないんですけど……」
「そのせいじゃねぇか忘れてんの。6歳だし」
「というわけで、『お嬢様が大きな桐の箱をみてお土産だと勘違いした話』でしたが、如何でしょう」
「どっちかって言えば『矢ツ宮殿の不憫な話』ですかね」
「本当に覚えていません……ありましたっけ……かと言って矢ツ宮様に直接聞くほどの話でも……しかも聞いたところでなんともならないですし!矢ツ宮様私に気を遣って何も言わなさそうですし!」
「古傷っぽいよな。あの人お嬢に対してかなり甘いし」
「……今度、日頃の感謝を込めて何か贈り物でもしましょうか……」
「何の日にするんだ?父の日?勤労感謝の日?敬老の日?」
「失礼ですわよ!!」

数ヶ月後。矢ツ宮殿の43回目の誕生日、豆大福と万年筆をプレゼントに持って行くお嬢と笹本さんの姿が見られた。俺?部屋で素麺食ってた。

ついでにお嬢のフォロー。
Q.いつもの立派な箱が見当たらない時点でクソデカ木箱に形代様がある事に気づかなかったんですか?

A.後で知ったのですけれど、その形代様を運んでいた箱もいろんな術式が仕込まれていまして、なんと手のひらサイズまで圧縮?とにかく小さくできるらしく。
それで着物の袖口などに入れていらした事が多かった、らしいです。まぁ楽ですし。私の中であの立派な箱と形代様はセットで記憶に結びついていました。そして矢ツ宮様はよくお土産をくださる方で、そこそこの頻度で私は大きな木箱と手ぶらの矢ツ宮様という組み合わせを目にしていました。そしていずれも大きな木箱はお土産だったのです。おそらく。刷り込みです。
であればどこで私が矢ツ宮様の形代様を見たのだという話になるかと思います。
任務で怪我をされ、お部屋でご飯を食べることは珍しくありません。そのご飯を届ける際や怪我の手当をさせていただいた時見ていました。
気がつかなかったのはそういうわけです、たぶん。

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