古びたバス停。真新しい忘れ物の傘があるものの、他に客はない。
ここで待っていればバスが来ますわ、と案内したのはお嬢だ。
こんな辺鄙な所よく分かったなと思って聞けば以前来た覚えがあるらしい。お嬢前にもここ任務で来てんの?つまり前にも怪異あったのかよ。お嬢が派遣されるレベルのやつが。
数時間前まで野を山を崖を駆け回っていたご本人は別人の如く静かである。血やら泥やらで汚れた一式は全て俺が背負ったバッグの中だ。一刻も早く帰って洗いたい。一般家庭や川で洗うと色々ダメなんだとよ。わからんでもない。
清潔な服に着替えたお嬢はマジで普通の女子にしか見えない。
それどころか。
田園風景をバックに立っているだけでどこか漂う気品。
「絵に描いたような、ゴレイジョー!って感じだよな」
「悪意を感じますわ」
「いや褒めてんだけどよ」
「なら国語力の欠如ですわね。本を読みなさい本を」
「本読んだらどうなるんだよ」
「今よりは賢くなりますわ」
「なぁ本を読んでる御令嬢、悪意を感じるんだが」
「隠し味ですわ」
「隠れてねぇよ!!」
そして悪意の否定はしないのかよ。
まぁ俺も自分の言葉が悪かったことは認めるが。
ツバの広い麦わら帽子に涼しげな紺のワンピース。
傍らに荷物を持った従者、という構図だけなら大体誰がみてもどこかの御令嬢だろう。お嬢は完全にお嬢だが、従者の俺の服装が夏バテ対策した大荷物一般人なので「お嬢様とその従者」より「夏休みに遠出する兄妹」のほうがまぁ、見えやすいか。
「バス二時間後だってよ」
「…………暇ですわね」
「おいやめろ、絶対嫌だからな」
「まだ何も言っていませんのに……」
「『走った方が早いですわね』って言おうとしただろ」
「従者見習いから順調に成長してますわね、石蕗に伝えておきます……主人の思考の先読みができて初めて靴を舐める資格がある、と以前言っていた気が……」
「おい待てそんなん知らんが?俺靴舐めさせられんの?誰の?お嬢の?ヤだよ?人権とかあるだろ?」
「暇ですわ」
「話聞いてる?」
お嬢時々全然人の話聞かない。俺は聞いて欲しい。
なぁ今日帰ったらお嬢様の靴舐めさせられんの?
うとうとし始めたお嬢に慌てる。この人一回寝始めるとマジで起きないんだよ!!!この人1人背負うだけならいいが今日は荷物が多いから絶対ヤだ。ちょっと曇ってきたし。バスが来るまで寝かすわけにはいかねぇ。そのバスさっき逃したっぽいけど。
「しりとりでもすっか」
「会話の墓場と噂の?」
「のんびりしてて良いじゃねえかよ。俺は嫌いじゃない」
「今これ以上のんびりしたら寝そうですわ」
「割と面白いだろ?」
「路上でできる暇つぶしが少ないだけですのよ」
「夜までにはくるだろ、バスも」
「もし来なかったら走りますから」
「……ら、来週までには来るだろ」
「露骨とまでは行きませんがアウトでは?」
「は?ギリギリセーフだ」
「ダメですわ!明らかに不自然ですもの!再審を要求します」
「……………お二人、何をやっていらっしゃるので?」
「やった、石蕗さんちース、あざーす、トランク失礼しまーす」
「石蕗、ジャッジを!さっきのしりとりアウトですわよね!?」
天の助けとばかり通りかかった石蕗さんである感謝感激雨霰。
話を聞けばこの路線バスはとうに廃止していたらしい。
おいお嬢、バスありますって言ったよな?バス会社も仕事しろ撤去しろバス停。廃止ってデカく書いとけ。ちょっと綺麗だったし真新しい傘とか忘れてあったし普通に待っちゃったじゃねえかよ。
「え、石蕗さんマジでよく通りかかってくれましたね?」
「お迎えに行きますと連絡した所既に出たと言われましたから急いで出てきたんですよ。お嬢様ならこのバス停を目指すだろうと思いましたので」
「流石勤続50年!柳谷家の思考を読める仕事のできる男!」
「ふふん、うちの石蕗は優秀ですので!朝飯前ですことよ」
「あ、お嬢その傘さっきの忘れ物だろ、パクッちゃダメだぜ」
「行くべきところに届けませんと。これも縁ですからね」
「バス廃止してんだもんな。うん」
「石蕗、あとはお願いしますわね」
「わかりました、では10分後に」
「5分で充分ですわ」
お嬢は俺に傘を押し付けて、自分は1人バス停に残った。
石蕗さんは5分間、とんでもないスピードで野を超え山越え崖を越え、乗っていた俺はめちゃくちゃ吐いた。
5分後、また同じバス停の前にお嬢がいた。
あんなに走ったはずなのに。
「お疲れ様でした、お嬢様」
「この程度、なんとも。この方も行くべきところに行けますし」
お嬢が車に乗り込む直前、向こう側に見えたバス停。
植物に呑み込まれたその姿は、俺達が来た時より何年も何十年も過ぎてしまったかのように変わり果てて。
「あのさお嬢」
「なんですの」
「…………なんか見えてた?」
「何も」
もう俺田舎のバス停近寄らない。
絶対に近寄らない。
「今日もノルマ達成ですわね」
「お嬢明日もあるみたいに言ないでねぇちょっと」
お題・麦わら帽子
忘れ物が麦わら帽子のほうがお題に沿っていそうだけど
お嬢に被って欲しかったから……
8/11/2024, 2:45:20 PM