しるべにねがうは

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7/21/2024, 1:52:32 PM

たんじょうび。たった今目の前の人物から発せられた言葉を脳内でなぞる。いや流石に意味くらいは知っている。

「欲しいものとかありませんの?」
「だからなんでそうなるんだ」
「誕生日と言ったらプレゼントですもの」
「なんで」
「一年元気で生き延びたのですからお祝いですのよ」
「いやそんなん言ってたらキリがないだろ」
「来年生きてる保証はありませんですのよこの仕事」
「若年層をもっと大事にしろ」
「してるから私たちの年まで回ってきましたわ」

以前は15まで生存していた陰陽師は稀だったとか。
そう続いた言葉に背筋が冷える。改善されてこれかよ。
呪いも祟りも続いていますし。表立って言えませんが今年で卒寮する子達は過去最多だとか。白咲も安泰ですわね、油断はできませんけれど。

「とにかく誕生日を迎えるんですからプレゼントを用意しなければいけなくて、それは貴方が喜ぶものでなくてはいけませんのよ」
「はぁん…?」
「手っ取り早くお金でもと思ったのですけれど」
「5000兆円ほしい」
「未成年が受け取るプレゼントとして不健全だとご指摘を頂きまして」
「誰だ余計な事言った奴はよぉ…」
「我らが上司の矢ツ宮殿が」
「流石矢ツ宮殿ご慧眼!惚れる痺れる憧れる!」
「とりあえずもう本人に聞いてしまえと」
「5000兆円ほしい」
「却下ですわ不健全なので」

学校帰り。下校中の生徒や帰宅途中のサラリーマン、買い物帰りの主婦や主夫。ありふれた風景の中紛れる会話は微妙に非日常だ。言い切れないのは知らなかっただけでずっとそこにあったのを知ってしまったからなのか、非日常だと思っているだけで自分の中の日常に組み込まれてしまったからなのかはわからない。
現代まで続く陰陽師の系譜に自分が組み込まれてしまったなんて話、去年の自分にしたら笑われるだろうなとは思うが。

「健全なプレゼントってなんだよ…」
「レースのハンカチーフとかでしょうか…?」
「お前も分かってねぇんか」
「私がいただいて嬉しかったものなら沢山ありますわ、でも貴方が喜ぶイメージが全く浮かびませんの」
「5000兆円くれ」
「もう喜ぶならそれでいいとすら思えてきますけれど、ダメですわ不健全なので」

だいたいそれで何をしますの、と聞かれたのでガチャで溶かすと伝える。経済回すんだぞその顔をやめろ。不健全でNG入ってるだけなら用意はできんの??5000兆円用意まではいけんの??したところで何?って感じではあるよな。コイツが用意したわけではないし。つまり俺はコイツがなんか苦労しながら用意したものがほしいのか。はん。

「……お前、バク転できる?」
「できますわ」
「バク宙は?」
「できますわ」
「ムーンサルトキックは?」
「なんですのそれ」
「矢ツ宮殿から組み手で一本取れるか」
「無理ですわ」
「じゃあそれ」

あ、初めて見るな、その表情。

「矢ツ宮殿から一本とったお前みたい」
「……………………承りましたわ」
「なーんて、いやマジかお前」
「二言はありませんの」
「流石に冗談だよな…?」
「ふ。自分で言い出しておいて怖気付いてませんか貴方。目の前にいる私を一体なんだと思っていらっしゃるのかしら」
「猪突猛進狂戦士似非お嬢様」
「拳を一発プレゼントするのが先になりそうですわね」
「そういうところだぞお前」
「現金よりは健全でしょうし。それに私も見てみたくなりました」

私の誕生日には貴方にも用意してもらうとしますから。
自分が貰っておいて出来ません、なんて言いませんわよね?

にこり、と。自分がとんでもない事を言ってしまったと気づいたが後の祭り。

「さぁ善は急げといいますもの、早速予定を汲みますわよ」
「おいまてやっぱさっきのナシ!!飴ちゃんとかにしようぜ!!」
「何を仰います、自分の発言には責任をおもちなさいな」
「つか本当にとんの!?とれんの!?」
「取れるかどうかではなくとるのですわ」
「…………………マジで?」

この後、本当に何の仕込みも作戦もなく実力真っ向勝負の324戦目で矢ツ宮殿から見事一本とってみせたお嬢様から、やはり同じように矢ツ宮殿から一本とってみせろと言われる俺なのであった。
口は災いのもとである。南無南無。

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一番ほしいもの 値千金の。すこし解説するなら、自分でもいつのまにか諦めていた壁を越えようとする意思と、ひねくれつつも婉曲的でも、自分と共に壁を乗り越えようとしてくれたその心。

7/16/2024, 1:30:25 PM

「七夕って梅雨ど真ん中だけどよ」
「天の川が氾濫してお二人が会えなくなる話ですの?」
「ちげぇよ。彦星も織姫も星の話だろ?じゃ日本の天気なんか関係ないって思ったんだが」
「宇宙では晴れ説ですわね」
「俺もそれならハッピーエンドじゃんって思ったんだが」
「毎年普通に会えるなら…いえ愛し合う2人、一年に一度の逢瀬ですもの、ロマンチックは変わりませんわ!」
「星換算すると一年てのは体感3秒程度らしいんだよな」
「めちゃくちゃばかっぷるですわ」
「2秒離れてるの辛い…って言ってんだよな」
「…………結婚した後仕事に影響が、の所の説得力が…!」
「そんなに思い合える相手と結ばれたんならまぁ、スゲーよな」
「どう転がってもロマンチックと奇跡になりますわね」
「巡り合わせと時の運、そのものだな」

7/15/2024, 12:15:31 PM

執着というのは、どうにもこうにも、面倒だ。
諦められず。手放せず。前を向けず。
どこにも行けなくなってしまう。

どこにも行けないものたちは。
どこにも行けず、滞る。

濁って、沈殿して、留められる。
泥の様に沼の様に、新たに落ちてきたものを呑み込んでいく。

どろどろとでろでろとしたモノが、べたべたとぐちゃぐちゃと混ざっていく。

「なぁ、きっとこんな所にいてはいけない」

知ってるよ。

「明るい場所にいこう?最初は慣れないかもしれないがいつかきっと、大丈夫になる日がくるから」

それっていつだよ。

「きみは綺麗だ、美しい。君は私の言葉を否定するだろうけれども、」

わかってるなら言うなよ。

「私は君を尊いと思う」

お前に何がわかるんだよ。

「君の優しさが君をこんなふうにするのなら、私はその優しさを否定しよう。君が自己犠牲を続けるならそんなのは間違っていると断罪しよう。君が他人に許しを得たくてそうしているなら、他ならぬ君自身が君の生存を守りなさい」

生きている事を許されたいと思うようになったのはいつからだろうか。
生きていてごめんなさいと思うようになったのはいつからだったろうか。

7/14/2024, 6:46:09 PM

笹の葉が重なり合う音に紛れ短冊が揺れる。
緑の群れにきらめく色とりどりの願い事はどれもこれも切実だ。
受験に合格しますように、病気が治りますように、恋が無事に成就しますように。中でも一際多いと感じるのは。

『世界平和』『戦争がなくなりますように』『犯罪がなくなりますように』『仲直りできますように』『また会えますように』

「は。タナバタ様に願うことじゃねぇだろ、こう言うの」
「貴方はいつも夢がありませんわね」
「本当のこと言って悪いか?手前の芸事の上達宣言しろって言ってんのに自分以外のどうしようもない事言いやがってよ」
「まぁ七夕様もできなさそうなら流してくれるのではないですかね、天の川とかに」
「結局聞いてくれるわけじゃねぇのか」
「それこそ現実の私達にしかできませんもの、あまり怠惰になるべきではありませんわ」

元々叶える話などあったのかどうか。この手の行事に詳しくないので全くもってわからない。近年のとある妖怪もそうだ、元々の話に無いものが加えられて信仰されていく。
今生きている自分達さえ、時代に残らない一般人だ。きっとあってもなくても同じような、最初からいなかったか、その程度。
永遠に変わらないものは、それこそそう言う星のもとにあるのだろう。

「紙が勿体ねぇ」
「何事も願うことから始まりますわ、全てを否定しないでくださいまし」
「……一理あるか」
「ふふ、欲望は進化のはじまりですのよ」
「お前なら何を書くんだ」

問えばキョトンとした顔で。まぁお前も他者に願い事を叶えてもらうってタイプじゃねえし。それこそある程度の「お願い」なら聞いてくれる人間がいつも隣にいたわけで。何も思いつかないって流れも勿論、言うだけ言っておこうと山のような願い事をしてもわからんでもなく。さてコイツは一体何を願うのか。

「『世界平和にします』ですわね」
「……宣言だな」
「そういうものでしょう七夕って」
「圧があるんだよな、裏に」
「神様に宣言するのですから嘘はダメですわよ」

貴方は?と返される。これ俺も言う流れかよ面倒くさい。
「あー、風邪をひきません、毎日早起きします、誰かさんの髪結いのために」
「殊勝な心がけですこと」

では是非明日から、と続けられて仰天する。した。

「七夕は一週間先だろ!?そこまで待てよせっかち!」
「神様に宣言するのですわよ、そんなゆっくりでどうしますの!」
「お前だって今から世界平和できねぇだろ、いやまて今のは失言だった俺が悪かった今からやろうとするな行動力の化身かお前」
「ちょっと長にお電話してきますわ、今すぐ協力できそうな任務があるかどうかの確認を」
「やめろやめろお前がいくなら俺もセットだろもうちょい休ませろ大体そんなうまいこと任務があるかどうかわからんだろ」
「長、今お時間よろしいでしょうか、ええ、お仕事をさせていただきたいのですわ、何でもそして今すぐにでも」
「おい長聞くな、頼む俺まだ休みたいんですけど!」
『丁度いい所に電話してきたなガキども。今からスイカ食うから超特急で帰ってこい、全員分はないから取り合いが起きる前に食い切るぞ』
「………まぁこれも一つ世界平和の為だな」
「急ぎますわよ、私達が着く前に人が集まったら取り分がなくなります」
「もう譲り合えよそれはよ」
「馬鹿な事を言いますのね、譲れないものがあるから争いがおきるのですわ」
「スイカで消費するには勿体無い名言だな」

後日、まぁ有言実行という事で早起きして誰かさんの髪を毎日2時間かけてセットした。
七夕の翌日、つまり7月8日。朝起きたら枕元にちょっと良いタオルとリラックスグッズが置いてあった。

多分それ、七夕じゃねぇんだけど。

7/9/2024, 11:38:21 AM

泥まみれ枝まみれ枯葉まみれのお嬢様。
聞けば登って降りられなくなった猫を助けていたらしい。
結果今度は自分が降りられなくなって頭から落ちたと聞いた。
馬鹿だ。大馬鹿だ。

「貴方はどうしていつもそうなのですか、全く」
「せっかく元気満天、健康健全、傷も病気もすぐ治る体になったのですもの、全力で使い倒すのが正しいと思うのだけど」
「それにしたって限度があるでしょうが」
「欲を言えば腕力がもう少し欲しいところですわね……膂力と言い換えるべきかしら、握力脚力……あらゆる筋力が欲しい……」
「私としては無くて良かったと思っています心から」
「そうね、もしあったら子猫さんに怪我をさせていたかもしれないし」
「できれば貴方自身の怪我も考えて欲しいんですけど」
「治りますのに」
「……痛くはないんですか」
「あ、えぇと…そうですね、痛いですね」
「ならいいんですけど」

痛いのは誰だって嫌じゃないですか、と続けたが複雑な顔を返される。

「ひょっとしてお嬢様まさか痛いのが気持ちいいとかそういう……いや個人の趣味は否定しませんけど」
「決してありませんわ!!そうではなく、あの、笑わないって約束をしてくださる、なら」
「私がお嬢様の事を笑うわけないでしょう」

さっさと白状しなさいよ。促せば顔を真っ赤にして視線があっちこっちに泳ぎ出す。おい約束しただろ。吐きなさいて。

「……私は生まれてから先日まで、ほとんど布団の中にいました。調子のいい日は邸内のお散歩をしましたが、庭に出た事はありませんでした」
「存じております」
「部屋の空気とお庭の空気って、あんなに違うものだと私は知りませんでした」

枯れ木のような腕を天井に伸ばす。包帯に包まれた腕を伸ばした先にあるのは、部屋から出られなかったお嬢様のために旦那様が職人に造らせた特別製の水槽。鯉や金魚、見目麗しい観賞魚が生き生きと泳ぎ回っている。水槽のない場所には妖怪やら幻獣やらの生き物が所狭しと描かれている。

「土の匂いも草木の匂いも雨の匂いも初めて知りました」

お嬢様は細い。そして軽い。力もない。数歩歩けば息が切れ、走る事など夢のまた夢。全身を病魔に蝕まれ、15まで生きられないだろうと言われていた。全ては過去の話だ。現に今日お嬢様は庭を走り回り木に登り頭から落ちた。はしゃぎっぷりが馬鹿である。この人こんなに色々やりたかったんだなと改めて思った。
いつも寝ているか本を読んでいるかの姿しか知らなかった。
当たり前である。それ以外出来なかったのだ。

日に当たることも風に当たることも誰かに触れることも体調が崩れるきっかけになった。水さえ飲めない日があった。果物ならどうだと食べさせれば吐き戻し、喉の血管が切れたのか血が混じることもあった。この世の全てがこの方を殺そうとしていた。

「いつもお父様や貴方や、いろんな方が私によくしてくださいます、私は何も出来なかったのに。本当に、何も」

この方が今日まで生きていられたのは純粋に運が良かったから。
何不自由ない家に生まれたこと。子供を愛する親に恵まれたこと。病弱で何も出来ない娘を虐めたり乱暴する人間に巡り会わなかったこと。親の手掛ける事業が成功していること。その中で優しくうつくしく育てられたこと。他人に陥れられたりしなかったこと。吹けば飛ぶような体躯で、災害に見舞われなかったこと。
この世の全てがこの方の味方をしていた。

「何も出来ない事を知っていました。ですがこの通り、今ならなんでも出来ますわ」
「うーん、とりあえず両腕の包帯が取れてからにしましょうかね」
「大体この下だってもう無傷ですのに……痛みもありませんわ、もっとこの包帯を必要とする方がいらっしゃると思うけれど」
「直近ではいません」
「打った頭だってもう痛くありませんわ!」
「カチ割った頭の間違いなんですよね」
「もう元気です!」
「危なっかしいんですよアンタ!!もう今日は寝ていなさい!」
「むぅ、治りますのに」
「なんでそう色々やりたいんですか……午前は飯炊きで火傷したって聞いたし、日中は畑手伝ったって言うし、好きなんですか、そういうの」
「……ずっと、助けてくれるあなた方の助けになりたかったと言ったら、笑いますか?当主の娘がやる事ではないと言われました。ですが知りたかった。あなたがたが当たり前とする事は私にとって全く当たり前ではなかった。私はあなたがたに何を返せば当たり前になるのか、わからなかった」
「元気になったんですからそうですね、いい娘さんになっていい婿連れてきてもらって、尻に敷いて、ついでに私らの給金が上がればいう事なしですかねぇ」
「でもすぐは無理でしょう、お見合いは来週からですし」
「まぁ1人目がいい人とは限りませんからねぇ…あの旦那様の眼鏡に叶う相手ならまぁよっぽど変な人では無いんでしょうけども」
「結局私からあなたがたに直接返せるものでは無いし」

私達使用人とてお嬢様にお仕えしているわけでは無い。厳密に言えば旦那様、ひいてはこの家だろうか。まぁ代が変わっても仕えつつける所存である。新しい旦那様がクソ野郎の場合再教育も視野に入れている。その程度にお嬢様は好かれている。まぁ半数以上、お嬢様がお生まれになる前から仕えている。つまりずっと成長を見守ってきた人ばかりである。幸せになって欲しいと、思っている。
「私から直接返したかったんです、いままで頂いた心を」

そう言ってお嬢様は花のように笑った。
ああ、この人は。本当はこんなふうに笑うのか。
「は、そんなのはこれからずっと時間があるんですから、ゆっくりでいいんですよ」
「こうしてる間にも時間は過ぎていきますのに……」
「大丈夫ですよ。明日も明後日も、ずっと私たちはいますから」

そうしたらまたくすくすとお嬢様が笑う。

「そうですね。明日も明後日も、私きっと元気ですから」

新しい当たり前。目が覚める事、明日があること。
お嬢様が14になったあの日からずっと脅かされてきた明日。
これからはずっとある。当たり前にそこにある。
これ以上のしあわせは、きっとどこにも存在しない。

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私は馬鹿だった。お嬢様のことも言えない出来ない大馬鹿者だ。
知っていたのに。あの方が嘘つきであることを。
自分が何も出来ない事を苦にしていたことも、いつも私達に気を遣っていたことを、知っていたのに。
我慢はいけないと、あんなに口を酸っぱくして言っていたのに、また貴方は1人でそうやって我慢をしていたのですか。

「いつも貴方が最初ですわね、私の嘘を見抜くのは」

血の気の失せた顔でお嬢様が笑う。口元に赤が滲む。吐き出された血の中に小さく浮かぶのは歯だろうか。目を見張るうち赤は蒸発し、お嬢様の歯も砂城のように崩れて消えた。

「何が起きて、いるんですか」
「多分あまり良く無いことが起きてますわね」
「そんなの言われんでもわかりますよ!!」
「使用人全員にすぐ逃げるように伝えてくださる?何も返せなくて本当にごめんなさい。最後まで何も上手くできませんでしたね、本当に……ごめんなさい」
「お嬢様、やめてくださいそんな事を言わないで」
「ほら早く、私は平気ですから、ね?」

新たに口から流れる血を拭う。歯を食いしばって、耐えている。血と流れるこれは、唾液か?なんで、どうして、唾液なんか。
まるで目の前の獲物に食らいつかないように待てを言い渡された獣のような、

「うぅあ、うううう、」
「お嬢様、どうかしっかり、」
「気の持ちようでどうにかなるものじゃねェよ、それは」

この家に支えて12年、ただの一度も聞いた事ない声が響く。

「病にかかっていた娘が突然元気になっておおはしゃぎ、まではまぁわかるにしてもよ、骨折しても頭蓋骨陥没でも瞬きのうちに元通り、はおかしいだろ——-もてよ違和感をよ」

涼しげな目元、背負うは大太刀。真っ赤な組紐を靡かせて振り下ろされたそれが、お嬢様を真っ二つに切り裂いた。 

ばらばらと、びちゃびちゃと生暖かく降り注ぐそれが先程までお嬢様を構成していたと信じられずに固まる。その血液も内臓も瞬きのうちに元通り。それを見た男は機嫌が悪そうに舌打ちを一つ。

「選べ。今ここで死ぬか、化け物として永遠に死に続けるか」

そんなのどう違うんだ。目の前で最も容易く行われた殺害が再び行われるかもしれない恐怖、どちらにせよ幸せな未来などあり得ないと理解した悔しさ。がちがちとなる奥歯がうるさい。
どうして。どうして奪われなければならない。

何か不相応を望んだわけではないはずなのに。
どうして、当たり前に生きることがこんなに難しい。
どうしてこんなに、この方が生きるだけのことが難しい。

「突然何なんだよ、なんで何が起きてるかだってわからないのに、何を選べって言うんだよ!」
「こういうのは、突然起きるモンなんだよ」

日常が日常のまま機能し続ける保証なんてどこにもない。

「それともお前は永遠に変わらない平和が続くとか思ってたのか?こんな、いつ死ぬかもわからない娘ッ子を見ながら?」

思っていた。元気になってほしいと思いながらこれ以上悪くならないでくれと願いながら、明日も明後日も続くものだと思っていた。騒ぎを聞きつけた使用人の足音がどんどん増えてきたのを遠くに聞きながら、私の意識はどんどん遠くなっていった。

当たり前。当たり前など。どこにも存在しなかった。

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