「僕と一緒に」
いつも
僕の足元には、クロがいる。
黒い小さなかたまり。
日光を浴びて、毛がキラキラする。
朝、僕が目を覚ますと、もう彼はそこにいる。
じっと、ベッドの横で待っている。
顔を洗うときも、パンをかじるときも、
彼は影のように、
僕の後ろについてくる。
公園まで散歩に行く。
クロは僕の歩くペースに合わせて
軽やかに走っていく。
まるで、僕の足が伸びたみたいに。
たまに、他の猫に気を取られて、
リードを引っ張る。
それも、愛おしい。
楽しそうに揺れるクロのしっぽを見て、
僕も、笑顔になる。
家に帰って、ソファに座る。
クロは静かに、
僕の膝に頭を乗せる。
その重みが、心地いい。
言葉は交わさない。
でも、お互いの存在は確かめ合っている。
僕の世界のすべてを、
彼は知っているかのように、
じっと、僕を見つめている。
クロがいるから、
僕は一人じゃない。
僕といっしょにいる時間が、
クロにとって、かけがえのないものだといいな。
そして、僕にとって、
クロがいる日常は、
なにものにも代えがたい宝物だ。
「cloudy」
曇りの日…。
空は薄いグレーのキャンバスみたいで、
太陽は、見えないけれど、そこにいる。
光は柔らかくて、
時間がゆっくりと流れているような気がする。
犬のクロと散歩に出かけた。
涼しいからか、クロの足取りは軽やかで、
いつもの場所も、少し丁寧に匂いを嗅いでいる。
なんだか、いいな、と思った。
ふと見上げたら、雲の隙間から
一瞬だけ、青空が顔を出した。
クロに目を戻すと、クロも空を見ていた。
そして次の瞬間、クロと目が合った。
言葉なんてなくても、
お互いにこの静かな時間を、
わかちあっているのがわかった。
家に帰ってからも、
その静かな楽しさは続いていて、
ベランダの小さな椅子に座って、
ただ、雲が流れていくのを眺めた。
足元では、クロがすやすやと眠っている。
こんな曇りの日だからこそ、
日常の中にある、
小さな幸せを、
より強く感じられるのかもしれない。
そんな、ただそれだけの、
とても穏やかな一日。
既読がつかないメッセージ
メッセージを送って、
既読がつかない。
そういうのが、少しこわい。
たぶん、どうでもいい人には、
気にもならないことだろう。
でも、こわい。
クロは、
私が帰ってくると、
しっぽを振って喜んでくれる。
既読なんて関係ない。
ただ、そこに、いる。
それが、どれだけ、
安心できることか。
返信がなくてもいい。
ただ、読んでくれた、
それだけでいいのに。
既読がつかないメッセージは、
私だけの宇宙に、
いつまでも、いつまでも、
漂っている。
「もしも世界が終わるなら」
もしも、今日が世界最後の日だとしたら。
朝起きて、クロの顔を見る。
いつものように、嬉しそうに尻尾を振ってくれる。
コーヒーを淹れて、マグカップに注ぐ。
その湯気は、ふわりと立ちのぼって、消えていく。
いつもと何も変わらない、ごく普通の朝。
ただひとつだけ違うのは、
今日という日が、永遠に終わらない、
永遠に続く一日であること。
そんなふうに想像すると、
世界が終わるって、
案外、静かで、
そして、とても優しいことなのかもしれない。
なぜなら、
クロのぬくもりも、
窓から差し込む光も、
コーヒーの香りも、
ぜんぶ、ぜんぶ、
永遠に、そこに、あるのだから。
靴紐のこと
靴紐は、
ときに、私を惑わせる。
ちゃんと結んだはずなのに、
気づけば、ほどけている。
それは、まるで、
心の中の、
整理しきれない感情みたいだ。
突然、ほどけて、
地面に、だらりと、垂れ下がる。
朝、急いでいるときほど、
なぜか、うまく結べない。
焦れば焦るほど、
指はもつれて、
結び目は、かたくなになる。
けれど、
それでも、私は、
毎日、靴紐を結ぶ。
一歩、踏み出すために。
旅に出るときも、
新しい場所へ向かうときも、
足元には、いつも、靴紐がある。
それは、
私が、私であるための、
小さな、印。
ほどけても、いい。
また、結び直せば、いい。
何度でも。
そうやって、
私たちは、
今日を、
明日を、
生きていく。
靴紐は、
きっと、
そんなことを、
教えてくれている。