小石川梢子

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9/19/2024, 10:18:03 PM

『時間よ止まれ』

「ふふっ」
 自然と笑みが溢れる。昨日から口角上がりっぱなしだ。なぜなら、今日は先輩と帰る約束をしているから!先輩と同じ部活ができて良かった。今日ほどそれを思ったことはない。何事にも全力で取り組む様子はとてもかっこよくて、たまに抜けてたりふざけたりするのが可愛くて、後輩にも優しくて、最高の憧れの先輩だ。
「あ、ごめん。待った?」
「いいえ、全然!」
 噂をすれば、だ。待ってなんかいないけれど、気遣ってくれるのが嬉しい。先輩を前にしても笑顔が止まらない。楽しい、楽しい、楽しい!この幸せな時間が永遠に続けばいいのに。時間よ、止まれ!

9/19/2024, 7:51:56 AM

『夜景』

「あ、」
 気がつくと十五夜はとうに過ぎ去っていた。毎年のように見ていたのに、今年に限って忘れていた。だけど、満月は今日らしい。久しぶりに見上げた空は綺麗で、子どもの頃の気持ちを少し思い出した。

9/18/2024, 10:35:34 AM

『花畑』

「花が見たい」
 それが彼女の口癖だった。
「地平線まで続く花畑を見せてあげる」
 僕がそう返すのがお決まりだった。そう言って二人で笑う時間が幸せだった。
「花は太陽の光がないと育たないのよ?無理するより今を大切にしなさいな」
 知ったふうでそんなことを言う偽善者たちもいたが、僕は決して諦めるつもりなどなかった。太陽の光が浴びれない彼女に、地上いっぱいの花を見せてやることが僕の生涯の夢だった。
 そのために僕は医学、薬学、植物学、果てには錬金学まで、役に立ちそうなものは片っ端から学んだ。彼女の太陽病は治せないのか。太陽が必要でない花は無いのか。図書館の隅から隅まで本を読んだ。国の端から端まで専門家を探した。世界の果てまで手がかりを求めに行った。
 だが、成果はなかった。もう時間も少ないというのに、僅かな手がかりすら得られない。正直、疲れていた。イラついていた。彼女の容態は徐々に、しかし着実に悪くなっているのに、僕には何も出来ることがない。無力だった。彼女の明るい笑顔を見てもその気持ちは晴れなかった。だから、そう言い訳をしても許されやしないが。僕は、彼女がいつものように
「花が見たい」
 と言った時に思わず、
「見れるわけないだろ」
 そう呟いてしまった。絶対に言ってはいけない言葉を吐いてしまった。一億回悔やんでも悔やみきれない。一兆回謝っても謝り足りない。とにかく言ってしまったのだ。視界の端では、彼女が驚きとも悲しみともつかない顔をしていた。僕がその部屋にいる間、彼女は明るい顔を取り戻すことは無かった。
 僕は罪悪感から彼女を訪ねるのを控えるようになった。自分自身を苛むことに耐えられなかった。彼女に合わせる顔などないと思い込んでいた。僕はよりいっそう研究に身を捧げた。いつしか手段が目的にすり変わっていた。いつしか彼女に会うことは無くなっていた。
 やっと研究の成果が出始めたとき、ふと思い出して彼女に会いに行った。だが、彼女はいなかった。もう数ヶ月も前に死んだらしい。誰のための研究だったのだろうか?僕は何をしていたのか?酷いものだ。そこからの僕は死んでいるようだった、らしい。僕にはその時期の記憶がない。覚えているのは、暗くて、胸が痛かったことだけ。
 そんな状態の僕は、ある一冊の本を手に取った。研究の亡者時代に集めた本の中の一つだ。集めたはいいがまるで関係が無さそうだったので、一度も開くことなく部屋の隅に放置していた。はらりと頁が風に捲られた。それまで風なんて一切吹いていなかったのに。
 『天国』と題されたその挿絵には、色鮮やかな花畑が描かれていた。そして、花に囲まれて少女が座っていた。僕にはそれが彼女に見えて、天国では花畑が見れたのだと少し救われたような気持ちになった。頁を捲った風がまるで彼女の意思のように思えた。その本は彼女が死ぬより先に持っていたものだし、そんなことはありえないのだが、それでも僕は救われたのだ。また、風が吹いた。

9/17/2024, 9:59:18 AM

『空が泣く』

 この国では雨が降らない。気圧だか風だかの関係で雨雲が出来づらいのだ。ずっと晴れていて青空が清々しいと観光客は言うが、暑いだけで嫌になる。
 とある国では晴れのことを「空が笑っている」、雨のことを「空が泣いている」、と表現するらしい。
 ではうちの国のお天道様は、何があって笑顔なのだろうか。何もかも飲み込んで我慢しているのだろうか。年に数回しか『泣いて』いないけれど、そんなんで大丈夫なのだろうか。笑ってばっかじゃつまらないし、大変だ。だからちょっとぐらい泣いてもいいのに。そんな空想をした。

9/14/2024, 3:08:51 PM

『命が燃え尽きるまで』

「命を燃やせ!」
 そう言った漫画のキャラクターは、誰だっただろうか。何はともあれ、私はその言葉が嫌いだ。命の灯なんて燃やすことを望んだわけではないのに、生きているだけで勝手に消えてしまうものなのに、何故わざわざ燃やしてやらないといけないのだろう。生きることは楽しいことだと純に信じられる楽天家ならいいかもしれないが、私の様な厭世家にとっては馬鹿馬鹿しいにもほどがある。命を燃やすことをみな望んでいる訳でも無いのに、何故この世のものはみな命を与えられているのか。私なんて常々か細くて憎いこの灯を消してしまいたいと思っていたというのに。
 だけど灯を消してしまうのは難しい。人に迷惑をかけるわけにはいかないから自死はできない。他殺なら迷惑にはならないかもしれないが、限りなく可能性が低い。事故?狙って起こせるものじゃない。だから、か細くて憎いこの灯が燃え尽きるまで私は何もしないことにした。燃やしてあげないし、燃え尽きさせてもあげない。それが私の生き方、命への復讐。

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