─不完全な僕─
神童。
僕は所謂それらしい。
周りより優れた子供らしい。
愚鈍。
彼は所謂それらしい。
周りよりも愚かな子供らしい。
決められたことをして、僕は褒められる。
敷かれたレールの上を
完璧に歩くだけで利口らしい。
決められたことができず、彼は叱られる。
敷かれたレールの上が窮屈で、
抜け出したらしい。
心の底で僕は彼を見下していた。
学校からの帰り道。
朱色に染まる公園で、彼の姿を見た。
地面に、何かをかいている。
今日も学校に来なかった。
朝からずっと、ここで過ごしていたのだろうか。
少しすると彼は、軽い足取りで去って行った。
何をかいていたのだろう。
近くに行き、眺める。
瞬間、時が止まった。
理解できなかった。
見たことのない世界が広がっていた。
僕より劣っているはずの彼が、世界を創っていた。
ここを去ろうとするけれど、足は動こうとしない。
見なければよかった。
知らなければ、こんな思いはしなかったのに。
初めて感じる劣等感。
怖い怖い恐い…!!
社会に出れば、僕はきっとただの歯車なんだ。
歯車は一人じゃ動けない。
動かすのは誰だ?
他の人間と違う独創性を持った奴だ!!
嫌だ嫌だ嫌だ!
僕は神ではなかったのだ。
人でしかない。
誰もが知っていることを知っていたって、
何も偉くない。
全ての生命体は不完全だ。
それなら、人間である僕も不完全だ。
お前は劣っていたんじゃない。
見せていなかっただけなんだな?
そうなんだな?
爪を隠していたな!
陰で僕を笑っていたな!!
溢れる気持ちを抑えられない。
地に落ちた木の枝が目に入る。
利き手で持ち、彼の世界を真似てみる。
お手本のような世界が出来上がった。
個性も何もない。
僕と彼に何の違いがあるのか?
挙げだしたらキリがなかった。
でもわかる。
一番の違い。
【才能】
『神は不平等だよなぁ』
いつの日かの同級生の言葉を思い出した。
─突然の君の訪問。─
夏ももう終わりが近い。
いつだって、僕の隣には君がいた。
本当なら、今日だって隣に居るはずだった。
思い出したって、虚しいだけなのに。
何処にでもいたはずの君が、
何処を捜しても見当たらない。
もういいだろ。
いくら苦しくとも、どうしようも無いんだから。
分かってる。分かってるけれど。
頬を伝う涙が地に落ちたとき。
ピンポーン
チャイムの音がする。
「 」
僕を呼ぶ声がする。
『出ちゃダメだ…!』
そんな声が聞こえたけれど、
僕の足は既に動きだしていた。
「久しぶり」
そう言ったのは僕だったか、アイツだったか。
意識が、曖昧で。
何だかふわふわしていて、心地良い。
その時の僕はきっと、世界で一番しあわせな顔をしてたと思うんだ。
『本当に?』
「うん、本当に」
だって、やっと出逢えた。
僕がこの手で仇をとるんだ。
─やるせない気持ち─
ぼくの大好きな親友へ。
退屈な日々が続いているだろう。
寂しい思いをしているだろう。
ぼくも君との日々が遠ざかっていくのが、寂しい。
ぼくが消えた海。
ぼくらの街は何処に行くにしても海が見える。
君は海に、僕の面影を感じているだろう。
その面影だけを頼りに、日々を過ごしている。
ぼくの為に生きようだなんて思わなくていい。
ぼくのことなんて、忘れていい。
そう言いたいのに、ぼくの声は、想いは。
君のもとに届かない。
1年に一度君はぼくに会いに行く。
そこにぼくなんていないのに。
ぼくが消えた8月24日。
ぼくに会いに、海へ。
─海へ─
退屈な日々が続いていく。
君との日々が遠ざかっていく。
君が消えた海。
僕らの街は何処に行くにしても海が見える。
いつも君の面影がある。
でも、その面影すら、月日が経つと薄れていく。
だから、忘れてしまわないように、
1年に一度君に会いに行く。
君が消えた8月24日。
君に会いに、海へ。
─空模様─
ぽつぽつと雨が降る。
けれど、僕の心は躍っていた。
だって、今日は
向日葵くんに会いに行く日だから。
向日葵くんはちょっと遠くの街に住んでいる
10歳年下の男の子。
母さんの友人の子供で、
最初こそツンツンしていたけれど、
最近は僕に懐いてくれていて、弟みたいな存在だ。
履き慣れた靴を履いて外に出る。
僕が「いってきます」と言うと、「いってらっしゃい」と返ってくる。
『ボクも連れていって』
そんな声が聞こえた気がして、振り返る。
そこには青色の小さな長靴が居た。
僕が向日葵くんぐらいの時に履いていたものだ。
今は亡きじいちゃんが、一生懸命選んでくれた。
当時は凄く気に入って、何処に行くにもこれを履いていた。
「懐かしいな」
僕にはもう小さい長靴。
その存在に気がついたのに、
置いていくのは可哀想だ。
大切に使っていたから、
使い古したようには見えないほど綺麗な長靴。
ああ、そういえば。あの子は青色が好きだったけ。
そう思いついてからは早かった。
綺麗に包装したそれを両手でしっかりと抱える。
「今までありがとう」
先程まで雨が降っていたはずの空は晴れ、
太陽がにっこりと僕達を見守っていた。